蜷川幸雄×野田秀樹 写真

蜷川幸雄×野田秀樹 「フェスティバル/トーキョー」を語る

 芸術文化の創造・発信を目指す「東京文化発信プロジェクト」の一環として、26日から来月29日まで、舞台芸術の祭典「フェスティバル/トーキョー(F/T)」が開かれる。2016年の五輪招致を目指す首都にふさわしい演劇祭のあり方とは。演出家の蜷川幸雄氏と、劇作家・演出家・俳優の野田秀樹氏が語り合った。

(聞き手・文化部 多葉田聡)

あちこちの神社 野外劇どう? / 若い才能発掘の場に

―― 蜷川さんが東京芸術文化評議会の評議員として提案した演劇祭が実現しました。

蜷川

これだけの大都市で優れたフェスティバルを持っていないのは文化に愛情がない。外国のいいフェスティバルに行くと、いろんな人や新しい観客と出会ったりして楽しいよね。

野田

英国のエディンバラ国際演劇祭は街中が演劇のためにあるかのようだった。普通の店や銀行でさえも、劇場として貸してくれるぐらいの勢いでした。

蜷川

東京には神社がいっぱいあるから、各神社で野外劇をやればいい。花園神社や増上寺、築地本願寺……。それぞれで演劇が上演され、人があっち行ったり、こっち行ったりしてるとか、ウキウキするよね。

野田

それはいいなぁ。エディンバラはお城を中心に固まる感じがあるけど、東京は広いから神社とかお寺とかは面白いですね。

―― 蜷川さんは今回、高齢者劇団「さいたまゴールド・シアター」を率いて参加しますね。

蜷川

お年寄りの集団で埼玉から東京へ遠征するのが野心的だと思った。というのは、高齢者がいつセリフを忘れるか分からないから、通常の演劇では、やれないわけ。演出家が常に準備をして、つっかえたら「頭からもう1回やらせて下さい」と謝ったりする。そういう普段見られない演劇が東京のフェスティバルに来るというのがいいなあと思った。

―― 海外の演劇祭での思い出は。

蜷川

僕はエディンバラで「われわれはニナガワを発見した」と言われた。雨の中を歩いてると、街の人が傘をさしてホテルまで送ってくれたよ。そういう演劇の波及効果が、すごくいいと思った。

野田

僕は海外なんて興味がなかった劇団夢の遊眠社時代に、エディンバラの委員長が声をかけてくれた。「この作品を持って来ないか」って。あの心の広さにはびっくりしましたね。

蜷川

東京の地下鉄の駅で、エディンバラのアートディレクターにばったり会うわけ。「新しい作品を探しに来ている」って。東京のフェスティバルもやがてそういうことにも投資して、世界中の優れたものを呼んでくれるといい。まずは場を作って動き出し、いろんな知恵と批判を浴びながら進んでいくことだね。

野田

公のお金の使い方がバラバラというか、もうちょっと集中させると面白く使える気がする。

蜷川

情報をヨーロッパに限るなってことも言いたい。ヨーロッパの前衛劇への目配りは利くんだけど、そうじゃない、さまざまな可能性を持った作品やアジアにも、きちっと目を注いでほしい。

野田

フェスティバルはお祭りだから、まずワクワクしなくちゃいけない。本当にワクワクする作品を作ると同時に、参加する人間にも、いろんな人が見に来てくれる、海外の人と出会えるということを見せなければいけない。それには、まず実績。海外発信と言うのはたやすいけれど、実績を積み上げるしかない。

蜷川

主要な招待作品以外に、若者たちが自由に参加できる部門を豊かにすることも大事。刺激し合い、新しい才能を発見する喜びを、招待作品と同時に考えておかなければ。

野田

若い層に発信することは大事だと思う。「F/T」というものを、まず知らないだろうし。