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鹿島 茂

鹿島 茂 【略歴

適当な移動時間ってあるの?

鹿島 茂/中央大学理工学部教授
専門分野 交通工学・国土計画

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移動の高速化

 1月ほど前に、東京(品川)-名古屋間を今の新幹線と同程度の料金で40分で結ぶ中央リニア新幹線の整備が2027年開業を目指して始まるとの報道に触れた方は多いと思います。

 現代社会においては、移動は衣食住と並んで必要不可欠なものの1つですが、移動自体が目的ではありません(観光やレジャー活動を行うために移動する場合には移動自体を楽しむこともありますが)。ですから、移動時間はできるだけ短いことが良いとされてきました。基本的には私もその通りだと思います。それではリニア新幹線を名古屋に行くときには是非利用したいと大半の方が感じたでしょうか? 私は早すぎるのではと感じました。皆さんはどうでしょうか。

 通勤時間より短い40分では乗車中に名古屋での仕事に備えて資料を確認したり外の景色を見て気分を転換するには短すぎると感じたのです。そこでこの機会に、移動に必要な時間は短ければ短いほど良いのかを改めて考えてみることにしました。

移動の価値

 19世紀の後半から現在までに実に多くの移動手段が開発され実用化されてきました。新幹線もその1つです。移動手段を開発した人達はそれ自体に意味のない移動の価値をどのように捉えていたのでしょうか。私たちが移動するのは移動先でしかできない何らかの活動があり、移動することでできるようになることから得られる満足だというのが一般的な捉え方です。開発者は利用者の移動手段の選択の結果の観察からもこうした捉え方が妥当であることを確認しました。

 中央リニア新幹線での移動に違和感を持った私はこの利用者モデルには当てはまらないことになります。移動の価値が移動先の活動によって得られる満足にのみ基づくと考えると移動にかける時間はできるだけ短くし、短縮した時間を移動先での活動に使って満足を増やすことが合理的ということになります。でも移動の途中で何かして満足を得ていたらどうでしょうか。同僚の人と仕事のうえでの意見の違いを埋めるために話をする時、会社の会議室でするのと電車の中でするのは同じ効果でしょうか。電車の中でも意見交換は会議室でのそれとは違った効果を生むのではないでしょうか。更には移動する前に目的地に行くのにどの移動手段で行こうか迷っていることそのこと自体を楽しんでいてそこからも満足を得ているとしたらどうでしょうか。

機械的利用者と選択する利用者

 移動時間を短縮することで生み出した時間から利用者が得られる満足の増加分は、移動時間を短縮することで失ってしまう、あるいは短縮することに夢中のあまり気が付いていなかったり、もう得られないのだと諦めてしまったことで失った満足の減少分よりも多いと言えるのでしょうか。労働時間が短縮され余暇の時間が増えている、さらには自由な時間を多く持つ高齢者の方が増えつつある今日でも言えるのでしょうか。

 高度経済成長時代の移動手段の利用者のように、移動を早く済ませ短縮した時間を仕事に振り向けより多くの収入を得ようと考えていた時代と現在も利用者は同じように考えていると考えることは妥当なのでしょうか。

 勿論同じように考えている利用者も多くいると思います。でも違う考えを持つ利用者もいるのではないでしょうか。そして違うと考える利用者が増えつつあるのではないでしょうか。こうした変化が生じている現在これからの移動手段としてどのようなものを整備していくことが適切なのかを考える時に、これまでのような容易に観測できる利用者の移動行動の結果から導いた利用者モデルを用いることは適切なのでしょうか。

 異なる移動手段をその時々の状況に応じて選択している利用者を同じ判断基準を持つ機械のような利用者であると考えるのではなく、一人一人が異なる知識や経験を持ちそれらに基づいて様々な条件を考慮して移動手段を選択しているとして見ていく必要はないのでしょうか。

意思決定メカニズムの配慮

 幸い人間の脳の働きに関する研究が多方面で進んでいます。こうした分野での成果も生かし、「早い」移動から一歩踏み出し、利用者の脳の中で行われている移動手段選択の決定メカニズムに迫りそれを基に移動手段を考えるべき時代になったのではないでしょうか。

 通勤電車の混雑を一両の乗客数を車両の定員で割って表すことで満足するのではなく、利用者一人一人が混雑をどう感じそれを移動手段の選択の時にどう判断に用いているのかを、表せるように工夫することが必要と考えます。

 1つの移動手段を社会で実用化していくためには、多くの資源を用います(中央リニア新幹線では、東京大阪間の整備に9兆3000億円かかると言われています)。また新たな移動手段の実用化で今利用可能な移動手段が消えてしまうこともあります。

 実用化する移動手段の選択を社会が誤らないようにするために、新たに実現できる満足やそのために必要な資源だけでなく、その移動手段の実現で失われてしまうものや忘れられてしまうものなどの副作用も併せて示す謙虚さが今こそ求められるのではないでしょうか。

鹿島 茂(かしま・しげる)/中央大学理工学部教授
専門分野 交通工学・国土計画
1971年早稲田大学理工学部卒業後、1976年に東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了。
その後、東京工業大学工学部助手、東京大学生産技術研究所講師、同大学同研究所助教授を経て、1981年より中央大学理工学部助教授。
1989年に同大学教授となり、2005年からは同大学大学院公共政策研究科教授も兼務し、現在に至る。
【最近の著書】
『グローバライゼーションの中のアジア』(2013年、弘前大学出版会、共著)、『乗合バスに見る政府間関係-地方バスを中心に-』(2013年、日本交通政策研究会、共著)