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柴田 憲司

柴田 憲司 【略歴

少年事件の実名報道と憲法

柴田 憲司/中央大学法学部助教
専門分野 公法学

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 現在、政府・与党内で、少年法の改正の議論が再燃しています。そのきっかけの一つは、今年の2月に川崎市で少年が殺害され、容疑者として三人の少年が逮捕された事件でした。少年法は、20歳未満の者を「少年」と定義し、その少年の立ち直り(社会復帰・更生)のためのさまざまな措置を定めています。与党内で主に議論されているのは、選挙権年齢を18歳にしたこととの関係から、この少年法の適用年齢も引き下げるべきではないか、という点です。

 さらに、ある週刊誌が、その逮捕された少年のうち一名を実名と写真付きで公表したことで、いま少年法61条も注目されています。この条文は、犯罪等を犯した少年の氏名・写真など、少年を特定できるような情報の報道(推知報道)を禁止しています。その主な目的は、少年の社会復帰のためだと一般に説明されます。犯罪事実が実名・顔写真等とともに公開されると、たとえば少年が少年院等で反省して出所し、新たな人生を歩もうとしている時に、世間の偏見(ラベリング)等により人生をやり直すことの妨げになるため、人格生成過程にあり可塑性のある少年の将来を考慮し、実名報道を禁止する必要があるのだといわれます。

憲法上の要請(1)社会復帰の利益

 筆者の専攻する憲法の視点から見た場合、この“社会復帰のために犯罪事実を実名で公表されない利益”というものは、究極的には憲法13条(個人の尊重と幸福追求権)で保障されている重要な基本的人権だと考えられます。最高裁判所も、少年事件ではありませんでしたが、平成7年の判決で、この利益を「基本的人権」だと捉えています(なお、ドイツの連邦憲法裁判所も、社会復帰の利益が憲法上の利益だと述べています)。

憲法上の要請(2)表現の自由・知る権利

 他方、憲法21条は、表現の自由・報道の自由を保障しています。そして、特に重大な犯罪事実についての報道は、国民の皆が知るべき大事なこと(社会一般の正当な関心事)であるため、国民の知る権利という憲法で保障されている重要な権利にも関わります。犯罪の原因や今後の防止策などについて、国民全体で議論していくためには、その犯罪事実について、事件の背景なども含め、できるだけ正確でくわしい情報が必要になるともいえます。そして、容疑者(被疑者)の実名は、報道の内容の正確さを保証する「犯罪ニュースの基本要素」の一つとして、少なくとも成人の場合の時事的な報道の際には、公表することも許されると一般にいわれています。

両者の調整は?

 かくして、実名報道を禁止することは、一方では社会復帰の利益にプラスになり、他方で報道の自由・知る権利にマイナスになります。どちらも憲法で守られている重要な利益であり、一般論としてどちらかが絶対的に優位するとはいえません。が、今の少年法61条は、一見したところでは、少年を特定できる情報を公表することを、例外なく禁止する規定ぶりになっています。つまり、表現の自由・知る権利よりも、少年の社会復帰の利益のほうを優先させるというかたちになっているようにも見えます。憲法の観点からみた場合、これに十分な理由があるかどうか、表現の自由への過剰な制約ではないか、という問題も提起され得ます(松井茂記『少年事件の実名報道は許されないのか』(日本評論社、2000年))。

実名報道は「絶対」に禁止?

 もっとも、実際の裁判例の中では、特に凶悪な重大事件などの場合には表現の自由に配慮し、実名報道しても違法ではないと判断したものもあります。この意味で実務上は、少年法61条は推知報道を「絶対的」に禁止したものではないという扱いがなされることもあります。しかしその例外を認める基準は、必ずしもこの条文からは読み取れません。

禁止されているのは「実名」報道だけではない?

 また、たしかに氏名・顔写真は、少年事件の報道について必ずしも不可欠ではなく、仮名やイニシャルでも十分に意味のある報道はできるため、少年事件の実名報道を禁止しても、表現の自由・知る権利へのダメージはさほど問題にならないと考えることはできます。 もっとも、現在の少年法は、実は氏名や顔写真だけでなく、年齢・職業・住居など、少年を特定できるあらゆる情報の公表を禁止しています。今回の川崎の事件では、容疑者の少年の氏名と顔写真を掲載した週刊誌が議論の対象になりましたが、しかし年齢・職業・住居などは、他のマス・メディアもほぼ一様に報じています。これらも形式的には、少なくとも少年法の条文には違反しているはずです。しかし、そこまで制限してしまうと、はたして少年事件について意味のある報道ができるのか、という疑問も提起されます。なお、「少年司法運営に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)」も、「少年を特定しうる情報」の公表を「原則として」禁止しているのみです。また、日本の最高裁判所は、平成15年の判決で、少年法61条が禁止する推知報道にあたるかどうかは、“少年と面識のない不特定多数の一般人”を基準にすると述べています。“少年と面識のある人でも少年を特定できないよう配慮せよ”ということまでは要求されていないようです。もちろん、そもそも少年事件の報道の必要があるかは、その事件の重大性等にも左右され得ます(公開の法廷で審理されるに至った重大事件であれば実名も可能という考え方も主張されています)。が、具体的にどこまでの情報をどのようなかたちで報道すると少年の社会復帰にどのように影響するのか、もう少し詰めて考え、場合によっては条文の規定ぶりを見直す必要もあるように思われます。

実名報道の禁止に違反した場合の法的な責任は?

 さらに、この少年法61条には罰則がついておらず、実際にこれに違反した報道機関等が、具体的にどのような法的な責任を問われるのか、刑罰は科されないとしても少なくとも慰謝料は支払う必要があるのか、この点も、必ずしも条文上は明らかではありません。もしこれが法的に強制力のない規定だとすれば、表現の自由へのダメージは少なくて済みますが、逆に少年の社会復帰の保護にとって不十分ではないかという問題も提起され得ます。

 実はそもそも、この少年法61条が、本当に上述の社会復帰の利益という憲法上の要求を実現するためのものなのか、また、同じく憲法で保障されているプライバシーや名誉という権利とどういう関係にあるのか、という点も、必ずしも条文上は明らかではなく、裁判例の間でも、この点の取り扱いがまちまちになっているという現状もあります。

その他の問題

 そのほか、ここでは立ち入ることができませんが、インターネット上で、少年と面識のある者などが実名や顔写真を「さらす」行為についても、対応を考える必要があります。ネット上の一般人の書き込みであれ報道機関による報道であれ、「私刑(リンチ)」行為は、憲法的・法律的にみて、正当化の余地はないところです。

 もし、少年法の改正作業が進むようであれば、上記の諸点についても、出来るだけ明確な指針を示す必要があるように思われます。少なくとも憲法的な視点からすれば、社会復帰の利益と表現の自由という、憲法が保障する重要な二つの利益の調整が要求されるところです。

柴田 憲司(しばた・けんじ)/中央大学法学部助教
専門分野 公法学
大分県出身。 1976年生まれ。 2000年中央大学法学部卒業。
2004年中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。
2012年中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了。 博士(法学)(中央大学)
駒沢女子大学・同女子短期大学非常勤講師、中央学院大学非常勤講師、和洋女子大学非常勤講師、東洋大学非常勤講師、青森中央学院大学非常勤講師等を経て、2013年4月より現職。
専攻は公法学(憲法学) 主な研究テーマは、憲法と国家との関係(政教分離、公共の福祉、国家目的)、裁判所による憲法解釈・違憲審査のあり方(違憲審査基準、比例原則)について、ドイツ法・アメリカ法と日本法とを比較しつつ検討すること。