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石川 敏行さん

石川 敏行さん【略歴

大学から「霞ヶ関」に転じて――事故調査機関での日々

石川 敏行さん/運輸安全委員会委員(元中央大学法科大学院教授)

1.はじめに

自己紹介
 学部と大学院を中央大学駿河台キャンパスで終えた筆者は、1976(昭和51)年に法学部助手として採用され、以後、助教授・教授と多摩キャンパスで過ごしました。次いで2004(平成16)年4月、市ヶ谷キャンパスに移り、法科大学院の創立から6年間の激動期を体験することになりました。
転職話
 そこへ、ひょんなことから、「霞ヶ関」への転職のお話を頂いたわけです。アラカン(アラウンド還暦)を迎えたものの、当時、定年まで12年を残していましたから、迷いはありました。しかし熟考の末に、受諾を決断した次第です。
霞ヶ関へ
 結局、衆参両院(国会)の同意を得、かつ教授会等の議を経て、2010(平成22)年3月14日に大学を辞職し、翌日から「霞ヶ関」に異動したのです。当時は、鳩山由紀夫政権(民主党)(首相官邸ホームページ)でした。以来、早いもので、8年余の歳月が経過しました。
職場の紹介
 さて、今の職場は、運輸安全委員会といいます(Japan Transport Safety Board、略称:JTSB)。「国の行政機関」(国家行政組織法3条2項)の1つで、国土交通省(本省)とは独立した組織、つまり外局(「子会社」)です(同別表第1)。業務内容としては、陸海空の交通機関で起きた事故等(注1)の原因を解明し、かつ再発防止策を提言します(「運輸安全委員会設置法」参照)。
(注1)事故「等」とは、事故(アクシデント)のほかに準事故、つまり「一歩間違えば事故につながりかねない事態」(重大インシデント)を含む。
事故等の傾向
 筆者が着任してからの8年間で見てみると、陸海空の事故等の件数は、着実に減ってきています。これは各モードの関係者の地道な努力のたまものだと思います。しかしながら、なかなかその数が減らないのが、プレジャー関係の事故だと言えます。

2.運輸安全委員会と5つの特徴

運輸安全委員会前にて

設立の経緯
 岩手県中部・雫石(しずくいし)上空で起きた自衛隊機と全日空機の空中衝突事故を契機に、まず1974(昭和49)年1月、常設の「航空事故調査委員会」が運輸省(当時)に設置されました。次に、地下鉄日比谷線乗り上がり脱線事故(中目黒駅付近)をきっかけに、航空事故調に鉄道部門が付け加わって、2001(平成13)年10月、「航空・鉄道事故調査委員会」が発足しました。
運輸安全委員会
 最後に、旧海難審判庁が行っていた業務のうち、船舶事故における原因究明手続の部分が、航空・鉄道事故調に合流し、2008(平成20)年10月1日に、運輸安全委員会(以下、「当委員会」といいます。)が設置されたのです。つまり、当委員会は今年の10月に創立10周年を迎えるのですが、その前身組織から数えれば、45年の歴史があります。では以下、当委員会の5つの特徴について述べましょう。
第1の特徴
 まず当委員会は理論上、「(独立)行政委員会」と呼ばれる組織です。通常の行政機関は独任制(Bureau-System)、すなわち単独者(大臣等)が国の意思を決定して表示するのに対して、行政委員会は合議制(Collegial System)、つまり複数者(「委員」)による専門的な見地からの討議を通じて、意思決定が民主的に形成される点に、その第1の特徴があります。当委員会は、委員長(常勤)のほか、7人の常勤委員と5人の非常勤委員の、合計13人で構成されています(目下、男9:女4)。
第2の特徴
 また、「大臣とは独立である」という点に注目すれば、これが当委員会の第2の特徴になります。この立場から、当委員会は事故調査の結果、必要があると認めるときは、事故等の防止又は被害の軽減のため講ずべき施策について、国土交通大臣に対して勧告する権限を持っています(設置法26条)。
第3の特徴
 他の行政機関には見られない第3の特徴として、当委員会は航空・鉄道及び船舶(これを「3モード」といいます。)に、それぞれ「事故調査官」というスペシャリストを置いています。その数は、各モードとも20人内外です。この、合計60人を超える事故調査官の数は、東京事務局(運輸安全委員会ホームページ)職員(約120人)の約半数にあたります(注2)。20代は皆無で、30代も極めて少なく、圧倒的多数は40代以上の方々です(つまり本省では、中堅から幹部職員にあたる)。
(注2)なお、これとは別に、当委員会には8つの地方事務所があり(函館、仙台、横浜、神戸、広島、門司、長崎及び那覇)、約70人の職員が勤務する。そのうち約40人が、「地方事故調査官」として活動している。
第4の特徴
 このことから第4の特徴として、当委員会は「工学系の職場」である、と言うことができます。委員(運輸安全委員会ホームページ)も同様で、13人のうち文系出身者は、筆者のみです。上述の事故調査官も、技術系・工学系の方々です。ですから転職当初は、航空・鉄道・船舶工学のコトバが分からず、慣れるのに時間がかかりました(後述3.中「空飛ぶモグラ」)。
第5の特徴
 当委員会の第5の特徴は、その業務内容にあります。すなわち、通常の行政機関は国民生活を守り、かつより良いものにするという、未来に向けた活動を行っています。これに対し、当委員会が行う事故調査は、「過去はどうであったか(事故の真相解明)」に向けられています。言葉を変えると司法、特に刑事裁判と類似の働きをしているのです。ここから、「調査と捜査の関係」という難問が生じてくるのですが、本稿では立ち入れません。
表について
 3モードを同じ基準で比較することは、至難の業です。とはいえ、何らかの「ものさし」がないと理解が進みません。そこで<表1>には、各種統計を基に、無理やり3モードを比べてみました。御参考までに。
<表1> 3モードの比較
  航 空 鉄 道 船 舶
法的根拠 航空法施行規則(省令) 鉄道事業法鉄道営業法+省令(注3) 海上交通3法(注4)+多数の海事法令
免許等 航空従事者技能証明(13種類)(法24条) 運転免許(12種類)(動力車操縦者運転免許に関する省令4条) 海技免状(4区分19種類)+小型船舶操縦免許(3種類)(船舶職員及び小型船舶操縦者法5条+同法23条の2)
事業者数 航空会社:23(注5)
参考:日本に乗り入れている外国航空会社105
鉄軌道事業者:216(鉄道:206、軌道:40。鉄軌の重複を含む)(注6) 内航海運実事業者数:3,040(注7)
個人利用 ○(自家用機等) ×(お猿の電車?) ○(漁船、プレジャーボート等)
登録件数 2,796機(飛行機1,335、回転翼航空機812、滑空機648、飛行船1) 64,212両(機関車1,034[JR828+民鉄206]、
旅客車52,693[JR25.192+民鉄27.501]、
貨物車10,350[JR9.881+民鉄469]、
特殊車135[JR83+民鉄52])
内航登録船:約2,900隻、
漁船:25万7千隻、小型船舶:約35万隻
輸送量(年) 旅客:9,520万人(国内)+6,849万人(国際) 旅客:279億8千万人(JR6社:172億4千万+民鉄:107億4千万人) 内航海運の輸送量:39億3千万トン(貨物船24億3千7百万トン+油送船14億9千2100万トン)
参考:国内貨物輸送中に占める内航海運の比率:43.4%(自動車51.3%、鉄道5.0%、航空0.2%)
貨物:92万9千トン(国内)+326万3千トン(国際) 貨物(JR貨物):1,961万トン(コンテナ)+1,022万トン(車扱)(注8)
従事者数 34,280人(JAL10,854人、ANA11,826人) 200,385人(JR各社116.924+民鉄83.461) 船員数64,351人(海運業29,827[外航2,188、内航27,639])+漁業19,055+その他15,469

 上表は各種統計を参照して作成したが、紙数の関係で、個別に出典は示すことができない。なお、基準の取り方が異なるため、上表中にうまく組み込めなかったが、参考までに「ニアリーイコール」の数値を示しておく。2014(平成26)年の日本の実質GDP(国内総生産)の値は、513兆8760億円であった。これに対して「運輸業」、すなわち航空運輸業、鉄道業、道路運送業、水運業等のGDPは、24兆3190億円であった(全体の4.7%)。また、同じ年の「水産業」のGDPは、7,072億円となっている。
(注3)ここにいう「省令」とは、鉄道営業法に基づき定められた「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」(平成13年国土交通省令第151号)をいう。
(注4)「海上交通3法」とは、①海上衝突予防法、②海上交通安全法及び③港則法の総称。
(注5)現在、定期路線を運航している日本の航空会社(エアライン)の数。
(注6)「軌道」とは、平たくいうと、路面電車がその上を走る線路のこと。
(注7)外航海運は、便宜置籍船をはじめ形態が複雑なので、比較の数値が挙げられない。
(注8)車扱(しゃあつかい)輸送とは、タンク車などの貨車を1両単位で貸し切って輸送する形態のこと。

3.委員としての生活

委員会の雰囲気
 転職当初、「ここ(=委員会)は、研究所か法律事務所みたいなだな」と思いました。オフィスには、委員の個室(委員室)が並んでいた(いる)からです。ですからよく、「思い切った決断をしましたね」と言われますが、筆者の主観としては、転職の前と後とで、大きな変化は感じません。
理論と実践
 振り返れば若い頃、「そのうち霞ヶ関に『国内留学』できたらいいなぁ」と、漠然と思ったことがありました(学者時代の専門は行政法)。ですから今の生活は、ある意味、昔の夢が実現したものだと言えます。また、直前まで勤務していた法科大学院は、「理論と実務の架橋」がスローガンでしたから、それを実践していることにもなります。
3モード
 当委員会には、モードごとに3つの部会、つまり航空部会、鉄道部会及び海事部会があります。常勤委員各2人が各部会に属するのですが、委員長と筆者は、3モード全ての部会に出席します。その意味で筆者(法制担当委員)は、「共通委員」と呼ばれています。法律は、全ての分野に共通するからです。
報告書読み
 今ではすっかり慣れましたが、当初は3部会の報告書案を読むだけでも、大変な作業でした。モノによっては、修士論文並みの分量の報告書もあるからです。それらを読んで、事前に意見があれば書面で指摘した上で各部会の審議に臨み、他の委員と討議しながら最終の報告書に仕上げ、公表するのです。
報告書の件数
 部会によってバラつきはありますが、年平均、各モード20件前後の事故報告書を審議し、公表しています(注9)。ただし1件につき、審議が1回で済むことはありません。ですから1件あたり数回、報告書案を読むことになります。
審議のこと
 各部会での審議は、前述のように、技術的・工学的な内容が中心になります。ですから、文系出身の筆者にとっては、フォローが大変ではある反面、「知らないことを知る」という喜びがあります。
空飛ぶモグラ?
 以前、航空部会で「モグラが空を飛ぶ」と聞き、わが耳を疑いました。実は「モグラ」とは、モーターグライダー(動力滑空機)の略語だったのですね(笑)。また、鉄道部会では「力行」を「かぎょう」(あ行、か行…の)と読んだら「りきこう」(注10)だったり、海事部会で「船橋」を「ふなばし」(千葉県の地名)と読んだら「せんきょう」(=ブリッジ)だったり…。当初は、恥ずかしい思い出の連続でした。
(注9)ただし船舶については、重大事故など東京案件を扱う海事部会のほかに、地方事務所が処理する事案(地方案件)を扱う「海事専門部会」があり、後者は年平均で、800~900件前後の報告書を公表している。
(注10)「力行」とは「惰行」の対概念。力行は動力を入れて、また惰行とは動力を切っての車両の運転のこと。

4.むすび

 短い紙数で当委員会を紹介することは、不可能です。何か知りたい点があれば是非、委員会のサイト(運輸安全委員会ホームページ)を訪れてみてください。

 事故調査機関に勤務する者として、今後も事故のない平穏な日々が続いていくことを心から祈りつつ、また本稿執筆の機会を与えてくださった関係者の方々に感謝しつつ、本稿の結びの言葉といたします。

石川 敏行(いしかわ・としゆき)さん
1951年、東京生まれ。1974年3月、中央大学法学部法律学科卒業。大学院修士課程を修了後、1976年4月、同法学部助手。同助教授(1980年4月)及び同教授(1987年4月)並びに同法科大学院教授(2004年4月)を経て、2010年3月15日より現職。 大学時代の著作には、『はじめての行政法new window』(共著、有斐閣)、『ドイツ語圏公法学者プロフィールnew window』(単編著、中央大学出版部)などがあり、実務家になってからは「航空事故等調査と若干の国際比較」(『公法の理論と体系思考new window』[信山社]所収)など、また学生向けには野村修也教授(中央大学法科大学院)との対談「法律を学び始める人へ」(法学教室2013年4月号new window[有斐閣])がある。1991年4月、法学博士(独フランクフルト大学)。