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南波 裕樹

南波 裕樹【略歴

真のコンプライアンス企業への長い道のり

南波 裕樹/大成建設株式会社 管理本部 法務部長

本稿は、JSPS科研費15K03220の助成を受けたものです。(広報室)

 ・・・アスランが、人間たちのほうをむいて、こういいました。

「あなたがたは、わたしが幸せになってもらいたいと思っているほどには、幸せな顔をしていないようだな」

 ルーシィがいいました。「わたしたちは、送りかえされるのをおそれているんです、アスラン。あなたはいままでもう何度もわたしたちを、わたしたちの世界へ帰しておしまいになりましたもの」

「それをおそれる必要はない」とアスラン。「いったい、気がつかなかったかね?」

 人間たちの心臓がどきんとうち、強いのぞみがもえあがりました。

「じっさいに、鉄道事故があったのだ」とアスランがやさしくいいました。「あなたがたのおとうさんおかあさんも、あなたがたみんなもー影の国で使うことばでいえばー死んだのだよ。学校は終わった。休みがはじまったのだ。夢はさめた。こちらは、もう朝だ」

(C.S.ルイス/瀬田貞二訳『ナルニア国物語』(岩波書店 2005年)524頁)

1.はじめに

 私は、中央大学法科大学院の遠山信一郎教授が主宰されている「企業価値向上コンプライアンス」をテーマとする科研費研究(JSPS科研費15K03220)に参加させて頂いています。

 これまでの研究活動を通して、あらためてコンプライアンスについて、いろいろと考えさせられました。まだまだ研究途上ですが、私なりの現時の到達点を述べてみたいと思います。

2.一言で「コンプライアンス」というけれど

 私たちは、コンプライアンスというもの、その対極をなすコンプライアンス違反(不祥事)というものを、一括りにして良い・悪いといった二分法的に考えてしまいがちです。

 しかし、「コンプライアンス違反」といっても類型はさまざまです。

 ひとつは「悪意によるコンプライアンス違反」。悪いことと知りながら一線を越えてしまう悪質なケースです。個人の判断で悪に堕ちる場合もありますし、組織ぐるみの場合もあります。これは端的に道徳や倫理、あるいは良心の領域の問題です。

 もうひとつは「甘えによるコンプライアンス違反」。確信的な悪意はないが、まぁいいか、うっかり、巻き込まれ、脇甘く、冗談のつもりが調子に乗ってなどなど、自己管理の甘さ、認識の幼稚さを原因とするケースです。組織ぐるみの場合もありますが、どちらかというと、個人レベルの場合が多いと思います。

 更には「いわれなきコンプライアンス違反」。陰謀、スケープゴート、立場上の責任など、コントロール不能にもかかわらず、詰め腹を切らされる、言い訳したいが、そういう機会がない、泣き寝入りするしかない、といったケースです。

 ところが、コンプライアンスの啓蒙にあたって、例えば最も悪質なコンプライアンス違反に焦点を当てて、コンプライアンスの重要性を説いてしまったりすると、聞き手は「私はそんな悪人じゃないし、度胸もないよ。全く別世界の話だ」としか受け止められず、そのうちだんだんと瞼が重くなりzzz…となってしまいます。

 このように「コンプライアンス違反」にいろいろなレベルがあるのだから、その対極の「コンプライアンス」も相応していろいろな類型があることになります。「企業価値向上型」や「従来型・管理型」などの類型がまさしくその一例であり、並び立つものと考えます。

 こういった類型的・並立的な考え方は、「コンプライアンスは利益をもたらす」という命題についてもあてはまります。例えばB to Cの会社であれば、コンプライアンスという化粧をして企業イメージを良くすれば、売上げに直結するのでしょう。方やB to Bの会社の場合は、コンプライアンスという化粧をしても競争入札の加点要素ではないので、なかなか効果が見えにくい、だから指名停止などのペナルティによる損失リスク予防の見地からコンプライアンスを頑張らないといけないと言うほうがわかりやすいことになります。

 もちろんB to Bの会社にとっても「コンプライアンスは利益をもたらす」ことは当てはまります。ただ、その「利益」の意味がB to Cの会社とは違います。B to Bの会社にとっては、直ちに目に見えるような「利益」ではなく、中長期的に「善い会社」となってサステナビリティを実現し、社員一人ひとりを幸せに導くという意味での「利益」なのではないか、ということもできるでしょう。

3.どうやってコンプライアンスを行き渡らせるのか

 大体の会社のコンプライアンスの推進部門は、数名といった小さな陣営で、悩みながら、四苦八苦しながら、日々頑張っています。

 しかし、大抵、そういった部門は必ずしもメインのラインではありません。社長直轄というケースもありますが、直轄だからといって、末端までコンプライアンス施策を行き渡らせることができるといった単純なことでは済まないのが現実です。

 トップの強力なリーダーシップが大事と云われます。しかし、それが全てではないし、それはある意味、コンプライアンス推進部門に力がないことの裏返しとも思います。

 かといって、他には集合研修、車座・膝詰めの小集団研修、E-Learning、マニュアルやチェックリストの励行といった方策が関の山で、妙案はありません。

 会社全体の一人ひとりにコンプライアンスを啓蒙することは容易ではありません。まさしく「言うは易し。行うは難し。」です。

 コンプライアンス違反というものは、どの類型であっても、具体例を挙げるまでもなく、とても人間臭く泥臭いものです。その事件に関わった、あるいは巻き込まれた一人ひとりの人生が掛かっているからです。罰せられ、非難され、懲戒されるのですから。

 会社は、法人という抽象的な概念です。「コンプライアンスを理解し実践する会社になる」といった言い方自体、そこにすでに抽象化が行われてしまっています。

 一方、コンプライアンスを実践するのは、その会社という舞台に人生を賭けている一人ひとりです。だからこそ、コンプライアンスの啓蒙を一人ひとりに効かせるには、どうしても人間臭く泥臭く時間をかけることが必要になります。綺麗ごとばかりでは済まないのです。

4.大成建設グループへのあてはめ

出典:大成建設ホームページ

 私が所属する大成建設グループのキャッチコピーに「地図に残る仕事。」という言葉があります。

 自分たちは世の中の土台を作る仕事をしているんだ、だからこそ、作った印が地図に刻まれる、そして「これ、ウチの会社が作ったんだよ」と思わず恋人や家族に自慢したくなる、そういったプライドを持つことによって、自ずと、世の中から後ろ指をさされるようなことや、先人たちの業績を汚すようなことはできない、という意識が身に付くようになる。これぞコンプライアンスではないでしょうか。

 そして、そういったプライドを一人ひとりが持つことにより、自ずと「善い会社」の高みに昇っていく、そして「企業価値向上」に連なっていくと考えます。

 もちろん、これは一朝一夕でできることではなく、長い道のりを要します。

 まずは目の前の企業損失を防ごうと取り組むものの、その効果は限定的で、再び不祥事が起きてしまうかもしれません。しかし、そのような挫折と反省を繰り返しながらも、やがて「真のコンプライアンス企業」になることを夢みて継続するしかありません。

 ナルニア国のチリアン王とルーシィ女王が「影の国」での幾多の困難を克服し「黄金の門」から美しいナルニアに辿り着いた時、アスランから、元の世界に戻る心配はいらないと告げられたように。

南波 裕樹(なんば ひろき)/大成建設株式会社 管理本部 法務部長
新潟県出身。
1961年生まれ
1984年 新潟大学法学部法学科卒業
1984年 大成建設株式会社入社
1995年 東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了
1995年 大成建設株式会社法務部配属 (2017年6月から現任)