トップ>研究>契約社会の歩き方―平成の民法(民法債権関係)大改正―

研究一覧

遠山 信一郎

遠山 信一郎【略歴

契約社会の歩き方

―平成の民法(民法債権関係)大改正―

遠山 信一郎/中央大学大学院法務研究科教授・第一東京弁護士会会員
専門分野 企業コンプライアンス、現代契約法、不法行為賠償法(交通事故・医療事故・原発事故等)、家事法、労働法、倒産処理法、金融法務、独占禁止法、個人情報保護法、裁判外紛争解決システム(ADR)、法経済学

1 契約社会の歩き方

 私たちは、契約社会の中で、それぞれの人生を歩んでいます。家族関係の出発点は、「婚姻」という終生の共同生活を目的とした家族法上の身分契約ですし、多種多様な商品(財貨)や役務(サービス)の財産法上の取引契約は、私たちの消費生活、労働活動、事業活動などの社会的活動の基盤(インフラ)になっているからです。

 このような契約社会を、つまずいたり、落とし穴に落ちたりすることなく、安全・安心に歩くためには、その「道具(行為規範)」としての「契約法の基本知識」の理解は、不可欠なものといえます。

 この大切な道具を、より使いやすくするための改良が、2017年5月26日成立し、6月2日公布された「契約を中心とした民法債権関係改正」(民法の一部を改正する法律:平成29年法律44号)で、2020年4月1日から施行されます。

2 民法大改正の眼目  ―民法の現代化と透明化―

  1. 1896年(明治29年)に、民法が制定されたのち、契約を中心とした債権関係の規定は、約120年間にわたりほとんど改正されずにしっかり持ちこたえてきました。
  2. 今日に至るまで、もちこたえられてきたのは、制定当時の最先端の海外立法例をじっくり参考にして、私法関係の基本的枠組みや基本的ルールをかっちり規定し、こと細かな規定はあえてもうけず、また各条文内容を抽象的でシンプルにしてあるため、その解釈・補充により、社会・経済の変化に柔軟に法的対応できてきたからです。これは明治人の偉業のひとつです。
  3. 現在、経済取引の複雑高度化・クローバル化、情報化社会の急進展、超高齢化など、社会・経済状況はさらに大きく変化し、その変化への法的対応の社会的要請(民法の現代化要請)及び長年に渡るあまたの判例や法解釈論が実務に蓄積・定着してきた中での「国民一般に分かりやすい民法」への社会的要請(民法の透明化要請)に応えようとしたのが、今回の改正です。

3 民法改正のザックリ全体骨格

「社会・経済の変化への対応」― 民法の現代化の観点からの主な改正項目

  • 消滅時効に関する見直し
    職業別短期消滅時効の廃止と時効期間の統一などの制度の整理・シンプル化
  • 法定利率に関する見直し
    「法定利率の引き下げ」と「緩やかな変動制の導入」など
  • 保証に関する見直し
    個人保証人の保護の拡充など
  • 債権譲渡に関する見直し
    将来債権の譲渡が可能であることを明らかにする規定の新設など
  • 約款(定型約款)に関する規定の新設
    約款取引の法的拘束力と根拠要件など示すなど
  • 債務不履行による損害賠償の帰責事由の明確化
  • 契約解除の要件に関する見直し
  • 原始的不能の場合の損害賠償規定の新設
  • 債務者の責任財産の保全のための制度(債権者代位・債権者取消)の整備
  • 連帯債務に関する見直し
  • 契約の成立に関する見直し
  • 危険負担に関する見直し
  • 消費貸借の成立要件(要物性)の見直し
  • 賃貸借に関する見直し
    賃貸借終了時の敷金返還や原状回復に関する基本的ルールの明記など
  • 請負に関する見直し
    請負人の担保責任の整理など

「国民一般に分かりやすい民法」 ― 民法の透明化の観点からの主な改正項目

  • 意思能力制度の明文化
    「意思能力を有しない者がした法律行為は無効とする」旨の明文化など
  • 意思表示に関する見直し
    錯誤の効果を「無効」から「取消し」に改めるなど
  • 代理人の行為能力に関する見直し
    代理人が制限無能力の場合の取り扱いなど
  • 売主の瑕疵担保責任に関する見直し
    瑕疵担保責任(法定責任)から契約不適合責任(契約責任)に分かりやすく整備など
  • 不法行為債権を受動債権とした相殺一律禁止の見直し
  • 弁済に関する見直し(第三者弁済)
  • 契約に関する基本原則(契約の自由)の明記

4 基本原則の明文化 ― 契約自由の原則

  1. 「契約自由の原則」とは、個人は、社会生活において、自己の意思に基づいて自由に契約を締結して私法関係を規律することができ、公権力(国など)はできるだけ干渉してはならないとする原則をいいます。
     世界の資本主義経済社会は、この「契約自由の原則」と「私有財産制度」を法的支柱として発達し、現在に至っています。
  2. 「契約自由の原則」の現行民法上の根拠条文は、現行民法91条です。
  3.  法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。

     法律行為には、「単独行為(例えば遺言)」「契約」「合同行為(例えば社団設立行為)」と3パターンありますが、本条を「契約」を中心に読み換えますと、

     任意規定(法令中の公の秩序に関しない規定)は、当事者の契約で適用を排除することができるので、契約当事者がこれと異なる契約を締結したとしても、その契約は有効である。

     となり、「契約自由の原則」を根拠付けるものと理解されています。

  4. これでは、法律専門職以外の人には全く不可解ですので、以下の通り、「契約自由の原則」を新たに明文化したわけです。
  5. 改正民法521条(契約の締結及び内容の自由)
     何人も、法定に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
     2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

    改正民法522条(契約の成立と方式)
     契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下、「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
     2 契約の成立は、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

5 「分かりやすさ」と「使いやすさ」

  1. 今回の改正は、定型約款に関するもの以外の大部分は、法技術的な整理整頓(シンプル化・短文条文の記述増量・確定した判例法理の明文化など)に関わるもので、現行民法に比してより平易になりました。
    今後は、さらなる平易化の工夫が期待されるところです。
  2. 日本社会の生活者たる「市民」や日本国の主権者たる「国民」ひとりひとりの生活道具であり、仕事道具である「民法」は、「分かりやすさ」だけではなく、その「使いやすさ」が強く社会的に要請されます。
  3. そのためには、その使い方についての「情報提供」「説明」「学修」のための支援システムの整備・充実が必要不可欠で、中でも、「法教育制度」は、いわば「法化社会(社会内の諸課題を法に基づいて解決を図るフェアな社会)の小学校」としての重要な役割を担っています。
関連リンク:
遠山 信一郎(とおやま・しんいちろう)/中央大学大学院法務研究科教授・第一東京弁護士会会員
専門分野 企業コンプライアンス、現代契約法、不法行為賠償法(交通事故・医療事故・原発事故等)、家事法、労働法、倒産処理法、金融法務、独占禁止法、個人情報保護法、裁判外紛争解決システム(ADR)、法経済学
1975年中央大学法学部法律学科卒業、2004年中央大学法科大学院特任教授、2014年より同大学同大学院教授、現在に至る。
中央大学ビジネススクールにおいて「現代契約法」講座を担当している。
主な公職として、文部科学省原子力損害賠償紛争審査会特別委員、国土交通省中央建設紛争審査会特別委員、最高裁判所民事調停委員、東京三弁護士会医療ADR仲裁人等を務める。
科学研究費助成事業(JSPS科研費15K03220)の研究代表者である。
主な著書・論文に、「くらしに役立つ独占禁止法」、「交通民事賠償の世界-その法理と実務-」、「個別労働関係紛争解決手続総覧」、「子どもの福祉と共同親権」、「JAコンプライアンス-不祥事防止態勢の作り方」、「企業価値向上型コンプライアンス態勢モデルの構築工程論(序説)」などがある。
なお、月刊JA(全国農業協同組合中央会)で、「契約社会の歩き方」シリーズを連載中。現代契約法入門<2015年>、現代契約法(実践編)-契約書作成のテクニック<2016年>、現代契約法-労働契約<2017年>、現代契約法-民法(債務関係)改正の要点<2018年>。