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※掲載の肩書は取材当時のものです。

ソフトパワーは日本の強みか

石澤 靖治(学習院女子大学長)

 日本のソフトパワーが絶好調の感がある。ソフトパワーとは、簡単に言ってしまえばその国の魅力のようなものである。それは多くのものを含むが、最近日本で使われているのは、ポップカルチャーや伝統文化、和食などの文化的なことをさすことが多いようだ。そのソフトパワーが評価されてか、街のいろいろなところで外国人の観光客を見ることが多くなった(円安やビザの緩和などの制度的な変更もあるが)。そして彼ら彼女らが観光を楽しんでいる姿を見ていると、こちらも嬉しくなってくる。約1年ほど前に2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まったときから、より使われるようになった“omotenashi”が彼らにアピールしているようでもある。

 繊細さとか優しさといった日本文化を打ち出すことは、素晴らしく、また有意義なことだと思う。そしてそこには、相手を敬うことで相手とのコミュニケーションをより円滑にするだけでなく、関係をより豊かにするという思想がある。それは摩擦を生じさせず包み込んでいくという日本のソフトパワーの原点であろう。

 しかしながら、そうしたアプローチだけが外国人あるいは外国との付き合い方だと考えるのは、大きな誤りであることを本欄であえて指摘しておきたい。

 外国とのコミュニケーションで、このところ重視されている考えに「パブリックディプロマシー」というものがある。パブリックディプロマシーは「文化外交」「対外広報外交」などと訳される。この本来の意味は、政府間外交のみならず民間が国際的な交流の担い手になることであり、単なる広報活動にとどまらず、人的な相互交流を図るなど、幅広く長期的な視野に立った海外とのコミュニケーションの手法のことだが、現在は政府による国際的な広報活動という意味で使われているのが一般的であるようだ。

 その意味でのパブリックディプロマシーにおいて、同様に日本のソフトパワーであるomotenashi精神で、笑顔で日本からのメッセージを伝えればいいと認識しているとしたら、それは改めたほうがいいということである。なぜなら、対外的な広報では単にこちらからのメッセージを発信すればいいのではなく、いかに相手にこちらの立場を理解させるかが重要であるからだ。外交的に利害が対立するような問題になれば(具体的には中国・韓国との様々な問題など)、情報発信の場で相手からの反論があり、それを直接・間接的に論破する必要がある。例えば中韓との問題については、残念なことに先方の行動の方が早く、また物量でも日本はすでに負けているので、それを打ち破るにはコミュニケーション上のかなりのエネルギーとパワーを要する。そこでは摩擦を生じさせないのではなく、言葉のパワーで生じている摩擦を突破して押し切っていかなければならない。

 パブリックディプロマシーとは、物理的な武器をもたないものの、言葉という武器による現代的な「戦争」である。omotenashiは日本の貴重なソフトパワーだが、日本はある意味でそれと相反するパブリックディプロマシーの現実を十分に認識しておかなければならない。

[2014.10.24]
プロフィール

石澤 靖治(学習院女子大学長)

石澤 靖治(学習院女子大学長)
1957年生まれ。立教大学社会学部社会学科卒業。フルブライト奨学生として留学。ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(MPA)後、「ワシントンポスト」極東総局記者、ニューズウィーク日本版副編集長などを経て、2000年より学習院女子大学助教授、02年より同大学教授、2011年より現職。博士(政治学)。「日本はどう報じられているか」(編著、新潮社)、「大統領とメディア」(文芸春秋)、「戦争とマスメディア」(ミネルヴァ書房)、「テキスト現代ジャーナリズム論」(ミネルヴァ書房)など著書多数。

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