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※掲載の肩書は取材当時のものです。

2016年米大統領選異聞①
――お騒がせ候補者、躍進の裏側

石澤 靖治(学習院女子大学長)

 2016年米大統領選について、折をみて、このコラムでその状況にふれていきたい。そう考えていた矢先、アメリカの大統領選が大変なことになってきた。とはいっても、米大統領選が公式にスタートするのは、年が明けた2016年になってアイオワ州で党員集会、ニューハンプシャー州で予備選挙が始まってからである。しかしすでに多くの人が立候補を表明し、激しい舌戦が繰り返されている。

 大変なことになってきたというのは、そうした中で民主・共和の両党で本命候補を食う形で異色の人物が一気に支持を広げてきているからである。民主党の本命は、ご存じのヒラリー・クリントン氏(42代米大統領夫人)、共和党の本命と目されているのは、その家系や実績、そして豊富な資金力から41代米大統領の息子であり、43代米大統領の弟であるジェブ・ブッシュ氏である。それに上院議員のマルコ・ルビオ氏、ウィスコンシン州知事のスコット・ウォーカー氏などが続く。

 それら衆目の一致する「正統派」の候補者を現時点で脅かしているのが、民主党ではバーニー・サンダース上院議員、共和党では実業家のドナルド・トランプ氏である。両人が異色であるというのは、次のような点からである。サンダース氏は無所属だが、上院で民主党の会派に所属している。無所属であることも珍しいが、それ以上に目立つのは資本主義の大本山のアメリカにあって、同氏は自分自身を「社会主義者だ」と明言している点である。そんな極端さから最初は泡沫候補とみられていたが、最近行われた世論調査の一つには、最初に予備選挙が行われるニューハンプシャー州で本命のクリントン氏に肩を並べるものも出てきた。共和党のトランプ氏は名の知れた不動産王。ビジネスでこれまで浮き沈みを繰り返しながらも、派手な行動で常に世間の注目を浴びてきた。最近では「お前はクビだ!(You’re fired!)」の決め台詞で、テレビ番組で人気者にもなった。しかし政治の世界ではいうまでもなく素人。彼の立候補を誰も可能性のあるものとみなす人はいなかった。その彼もまた、突然共和党レースでトップに躍り出たのである。

 その2人が大躍進したのには、共通の理由がある。それは物議を醸す極端な主張を掲げたからである。サンダース氏はアメリカの社会に広がる所得の格差に対して徹底的な所得再配分を主張してきたが、さらには格差が是正されるなら経済成長を否定しかねない発言さえしているのである。格差是正は正論としても、そこまで言う米大統領候補者はこれまで存在しなかった。一方トランプ氏は、国境を越えてアメリカに密入国してくる不法移民について、その大半が麻薬をアメリカに蔓延させ、また強姦を行っていると言い放った。そしてそれを防ぐために両国間に万里の長城を築くことまで言及している。この発言は激しい反発を引き起こし、米ネットワークのNBCはトランプ氏が制作に関与しているテレビ番組の放送を取りやめたほどである。しかしながら、逆にトランプ氏の人気は急上昇して、共和党の候補者の中でトップに立ったのである。

 先に書いたように、選挙戦はまだまだ前哨戦の段階であって、本格的に火ぶたを切ったわけではない。多くの人はこのまま「お騒がせ」の2人の人気が持続するとは思っていない。私も同感である。

 注目すべきことは、これだけ極端で現実的ではない発言が、一時的とはいえ大きく支持を集めていることであり、それだけアメリカにおける格差の拡大と不法移民に対する不満が深刻な社会問題化している証左と言える。そしてそれを一気に解決してくれる救世主として、この2人が期待されているわけである。

 だが、彼らの言っていることは現実的ではない。困難からの脱出とは、結局はその解決のための努力を地道に積み上げていくことである。そしてその事例を、最近私たちが目にしている。それはギリシャである。債務返済に苦しむギリシャは、究極のポピュリストとも言えるアレクシス・チプラス氏を首相に選んだ。しかしそのギリシャはそのチプラス政権下で、最終的には以前よりも厳しい緊縮策を呑むことを欧州連合(EU)から余儀なくされた。

 国家においてリーダーシップをもつ指導者の存在は重要である。しかし混迷した経済問題も社会問題も、単に大衆受けすることを掲げる指導者を選んだからといって克服できるわけではない。問題が深刻であればあるほど、そのための具体的かつ現実的な政策を掲げ、たとえそれが一部の人にとって不利益をもたらすものであっても、一つ一つ辛抱強く改善していくことしか道はない。そんなことはアメリカ国民も承知しているはずだが。

[2015.07.24]
プロフィール

石澤 靖治(学習院女子大学長)

石澤 靖治(学習院女子大学長)
1957年生まれ。立教大学社会学部社会学科卒業。フルブライト奨学生として留学。ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(MPA)後、「ワシントンポスト」極東総局記者、ニューズウィーク日本版副編集長などを経て、2000年より学習院女子大学助教授、02年より同大学教授、2011年より現職。博士(政治学)。「日本はどう報じられているか」(編著、新潮社)、「大統領とメディア」(文芸春秋)、「戦争とマスメディア」(ミネルヴァ書房)、「テキスト現代ジャーナリズム論」(ミネルヴァ書房)など著書多数。

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