オピニオン

「プレミアムフライデー」は定着するか?
―これからの日本社会を考える―

井上 寿一 (学習院大学長)

 「プレミアムフライデー」が始まった。毎月末の金曜日には午後3時に仕事を終えて、ショッピングや旅行を楽しむことが推奨されている。政府と経済界が主導する個人消費喚起のキャンペーンであり、働き方改革への波及効果も見込まれている。この「プレミアムフライデー」は定着するのだろうか。

 政府のキャンペーンは、たとえば「クールビズ」のように定着したものもある。しかし定着しなかった方が多いのではないか。1970年代の石油危機の時には「省エネルック」が登場した。首相や閣僚の半袖のスーツ姿は珍妙で、あとに続く人は少なかった。

 さらにさかのぼると、1950年代には「新生活運動」が提唱された。この官製国民運動は、「プレミアムフライデー」とは異なって、消費の抑制と簡素な生活を目標に掲げた。年末年始の宴会や虚礼の廃止、クリスマスツリーや門松の自粛などが推奨された。

 ところが当時の新聞報道によれば、東京のデパートはクリスマスプレゼントとお歳暮商品が「飛ぶような売れ行き」で、「虚礼廃止の新生活運動など吹っ飛んだかたち」だった。1950年代の日本は高度成長が始まろうとしていた。大量生産・大量消費社会が到来するなかで、政府主導の「新生活運動」は空振りに終わった。

 以上の歴史は今日的な意味を持つ。先月、社会学者の上野千鶴子氏が新聞紙上でこれからの日本社会は「平等に貧しく」なるべきだとの趣旨の主張を展開して、議論を巻き起こした。批判の急先鋒に立ったのは、同じ社会学者の北田暁大氏だった。自分は豊かな生活を享受しているのに、「平等に貧しく」を求める立場の欺瞞を突いた。

 ここにはこれからの日本社会がどうなるべきかをめぐる対立軸が顕在化している。成長か分配か、自由か平等かの対立軸である。

 これからの日本は経済成長が望めないから、限られた富を平等に分配することで「等しく貧しく」生きるべきなのか。それとも自由な市場経済の活性化による成長の拡大をめざして、豊かさを追求するのか。前者の考え方は「一国社会主義」と揶揄されることがあるように、日本の「鎖国」化につながりかねない。他方で後者の考え方は「開国」路線と言ってよいだろう。移民政策をめぐって前者が否定的、後者が肯定的な態度を示していることも、このことの例証の一つである。

 多くの人々は両極端のどちらかを選択しようとはしないだろう。民間セクター主導の自由な経済活動が日本社会の持続的な発展をもたらす。政府はもたらされた富の再配分を適切に行う。これからの日本が成熟した先進国になるには、このような成長と分配、自由と平等の均衡保持が重要なのである。

[2017.3.13]

編集部より

学習院大学井上寿一・学習院女子大学石澤靖治両学長によるオピニオンは今回が最終回です。
3年間に渡りご愛読いただきましてありがとうございました。
4月からは新企画として、学習院の教授・教員陣がニュース解説や書評、スポーツや文化など多様なテーマを論じる新オピニオンが始まりますのでご期待ください。

プロフィール

井上 寿一 (学習院大学長)

井上 寿一 (学習院大学長)
1956年東京都出身。81年一橋大学社会学部卒業。86年一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得。89年・法学博士(一橋大学)、同年学習院大学法学部助教授。93年より同教授。研究テーマは近現代日本政治外交史。95年『危機のなかの協調外交』(山川出版社)で吉田茂賞、政治研究櫻田会奨励賞受賞。近著に『第一次世界大戦と日本』(講談社現代新書)がある。2014年4月に学習院大学長に就任。

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