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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【世界の今】 米中関係をどうみればよいのか

末廣 昭 (国際社会科学部教授、学部長)

 現在のトランプ大統領(米国)と習近平国家主席(中国)の関係をどのように捉えたらよいのか。一般的な見方は、「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領が、米中貿易で膨大な黒字を計上する中国に対して、貿易不均衡の是正を迫るという構図であろう。

 実際、2015年の米中貿易の数字をみると、米国の中国からの輸入は4830億ドル、中国向け輸出は1160億ドルで、米中間の貿易赤字は3670億ドルに達した。これは米国の世界全体の赤字7500億ドルの49%に相当する。一方、中国に目を転じると、米国向け輸出は4100億ドル、米国からの輸入は1500億ドルで、中米間の貿易黒字は2600億ドルに及んだ。これは中国の世界全体の貿易黒字5500億ドルの47%を占める。香港経由の貿易を含めるかどうかの問題があるので、両国の数字にはギャップがあるが、双方の国にとって貿易の最重要国であることに変わりはない。トランプ大統領が貿易不均衡の是正を中国に迫るのは、当然至極のことであった。

 しかし、トランプ大統領の要求は、日本に対する貿易不均衡是正の要求と違って、中国政府にとってはそれほど大きな圧力にはならないだろう。というのも、第一に、中国から米国に向かう工業製品の多くは雑貨類で、日本の乗用車輸出のように、米国の雇用問題に直接影響を与える産業ではないからだ。第二に、仮に米国の企業と競合する製品であっても、じつは中国で製造し輸出している企業は外国籍、とくに米国企業であることが多い。その結果、トランプ大統領が強い姿勢に出ようとすれば、自らの首を絞める結果になりかねない。中国側が対米交渉に自信を持っているのは、こうした背景があるからである。

 むしろ注目しておきたいのは、オバマ大統領時代に遡る、米中間の世界戦略面での対立のほうであった。オバマが大統領に就任したあとにまず構想したのは、中国首脳との「米中戦略的経済対話」であり、「2つの超大国時代」(2G体制)の構築であった(2009年4月)。つまり、中国が米国と並ぶ超大国であることを容認するのである。一方、中国政府に対しては、「世界の普遍的ルール」(自由、人権、民主主義など)を認めさせる。「中国には世界のルールを描かせない。描くのは米国である」。これがオバマ大統領の基本戦略であった。

 ところが、この基本戦略は中国側の拒否であっけなく崩れてしまう。その結果、オバマ大統領は、経済的には環太平洋戦略的経済連携協定(TPP、メンバーに中国を含まない)の枠組みを使って、中国に貿易自由化を迫る包囲網を構想し(2010年3月)、軍事的には太平洋を改めて米国の権益と主張することで、「アジアへの復帰」「軍事戦略のリバンランス」の方針を前面に掲げた(2010年9月)。

 これに対して、中国は経済的には、「一帯一路(One Belt One Road)構想」の提唱(2013年)と「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の立ち上げ(2015年)で、軍事面では南シナ海での実質的な領土の強引な拡大で、それぞれ米国のアジア戦略(権益拡大)を牽制しようとした。「一帯一路構想」やAIIB創設の背景には、中国が抱える「2つの過剰問題」(鉄鋼産業などの生産能力過剰と外貨準備の過剰)への対応や、中央アジア・東南アジアが保有する資源確保といった、別の要因ももちろん存在する。しかし、最も重要な契機は、オバマ大統領の「中国の経済的包囲網」にどう戦略的に対抗するか、その点にあったと私は考える。

 ところが、トランプが大統領選挙に予想外にも勝利し、TPPから離脱することで、「中国の経済的包囲網」という脅威は遠のいた。同時に、トランプ大統領の軍事戦略も南シナ海よりは北朝鮮に向かっている。その結果、中国側は自分にとって有利な環境づくりを、以前にも増して積極的に進めるようになった。私が「地域の中国化(Sinicization)」と呼んでいる政策がそれである。ASEAN諸国に対する積極的な働きかけや、2017年5月に北京で開催された「一帯一路の国際会議」(100カ国以上が参加。首脳の出席は29カ国)は、そのひとつの現れであろう。中国は国内に目を向ける米国を見て、自らの世界戦略を一気に加速させているのである。

 普遍的な価値(経済的自由主義)の遵守を主張したオバマ大統領。これに対抗して「米国第一主義」を提唱するトランプ大統領。これに対して、習近平国家主席は、「一帯一路の国際会議」で、世界貿易の自由体制を推進しているのは中国であると宣言した。なんと言う皮肉であろうか。そして、あちこちで起きているこうした「皮肉」を、『世界の今』できちんと説明することが、国際社会に関わっている私たち研究者の責務であると思っている。

[2017.6.26]
プロフィール

末廣 昭 (国際社会科学部教授、学部長)

末廣 昭 (国際社会科学部教授、学部長)
1951年鳥取県出身。76年東京大学大学院経済学研究科修了後、アジア経済研究所、大阪市立大学をへて、92年より東京大学社会科学研究所助教授、95年から教授。2009年~2012年、同研究所所長。91年経済学博士(東京大学)。タイ国チュラーロンコン大学客員研究員(81~83年)ほか、ベルリン自由大学、メキシコのコレヒオデメヒコ大学院大学の客員教授、フランス Collegium de Lyon の客員研究員。アジア政経学会理事長、日本タイ学会会長などを歴任。2010年紫綬褒章受章(東南アジア研究)。最近の著作として、『新興アジア経済論』(2014年)、『南進する中国と東南アジア』(共著、2013年)、『タイ―中進国の模索』(2009年)、Catch-up Industrialization (2008年)など多数。2016年4月より学習院大学国際社会科学部長。

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