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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【cultura animi】 エドワード・ゴーリーと小さきものたち ―こども、架空の小動物、そして猫!―

田辺 千景(学習院大学 文学部英語英米文化学科 教授)

 日ごろ目にする広告には、しばしば猫や犬のような小動物、あるいはこどもが登場します。文学作品でも、『ハックルベリー・フィンの冒険』や『吾輩は猫である』の例を挙げるまでもなく、こどもや小動物といった小さきものたちは、作品の中で大切な役割を果たし、小さいながらも大きな存在感を示してきました。

 小さきものは、まずその生命力溢れる愛らしさや無邪気さで、私たちを虜にし、癒してくれます。と同時に、大人のように社会的な制約や境界線を意識しながら生きなくてもよいので、異なる社会階層や世界を行き来することが可能となります。だから小さきものは、作家が世界を相対的に描こうとする際に非常に便利な存在となるわけです。19世紀末から20世紀にかけての英米文学を代表する作家ヘンリー・ジェイムズ(Henry James)が少女を視点人物に据えることで、大人の社会の醜さや欺瞞を浮き彫りにした小説『メイジーの知ったこと』(What Maisie Knew,1897)は、その好例です。

 この小説の表紙画(1954)を描いたエドワード・ゴーリー(Edward Gorey,1925-2000)は、小さきものを描き続けたアメリカの絵本作家であり芸術家です。とはいえ、ゴーリーの描く小さきものは、しばしば生命の輝きとは無縁の暗く不気味でグロテスクな存在として描かれています。先ほどのメイジーも、ゴーリーの表紙画ではじっと異界をのぞき込むような横顔の少女として描かれています。ゴーリー自身の作品である『ギャシュリークラムのちびっ子たち』(The Gashlycrumb Tinies,1963)はアルファベットの学習書のような体裁でありながら、こどもたちが次々と死んでいく様を描いた絵本です。実際の連続殺人事件からヒントを得て描かれた『おぞましい二人』(The Loathsome Couple,1977)や、『不幸な子供』(The Hapless Child,1961)も、生命力や希望の象徴といったこども像を一気にうち砕く内容になっています。

 その一方で、気の遠くなるような細かいペンの一線一線で作り出されたゴーリー特有の寒々しい閉塞感や、グロテスクな小さきものたちは、ときにユーモアへと昇華されます。『うろんな客』(The Doubtful Guest,1957)の架空の小動物は、不条理なものへの恐怖や諦念を超越した先に笑いがあることを伝えてくれる存在です。これらのゴーリーの作品の数々を、日本語では柴田元幸の名訳で読むことができますが、確かに「胡乱(うろん)な」と訳す以外には名状し難い小動物の闖入者は、それが小さな存在であるからこそ、日常と非日常、現実と虚構、愛らしさと不気味さ、の境を交錯させることを可能にしています。

 ゴーリーの独特の世界を一度体験すると、足抜けできなくなるような強い引力を感じますが、とくに猫好きの方にはその魅力をおわかりいただけるかと思います。ゴーリー自身は(人間とではなく)五、六匹もの猫と暮らしていた大の猫好きとして知られています。彼の誕生日「2月22日」が日本では「猫の日」であるという奇遇はさておき、猫を描くときのゴーリーは、なぜか残酷さや陰鬱さとは無縁の伸び伸びとしたお気楽な筆使いなのです。ミュージカル『キャッツ』のベースにもなったT. S. エリオット(Eliot)の子供向けの詩集Old Possum’s Book of Practical Cats(1939)の表紙や挿絵(1982)にゴーリーが描いた猫や、ゴーリーの猫画集『キャッテゴーリー』(Cat E Gory,1973)の猫は、みな憎めない表情や愛らしいポーズで、まさに私たちに笑顔や癒しを与えてくれる小さきものとして描かれています。

 このように、小さきものたちを通じてゴーリーが描いた世界は、ときに寂寥として、ときに不条理で、ときにくすっと笑ってしまうような、そしてとにかく私たちをひきつけてやまない世界なのです。

注 本文中のゴーリー作品の邦題はすべて柴田元幸訳(河出書房新社刊)による

[2018.2.19]
プロフィール

田辺 千景 (学習院大学 国際社会科学部)

田辺 千景(学習院大学 文学部英語英米文化学科 教授)
聖心女子大学文学部外国語外国文学科英語英米文学専攻卒。東京大学大学院人文社会系研究科欧米系文化研究専攻英語英米文学専門分野修士課程修了、同大学院博士課程単位取得満期退学。The Claremont Graduate University, Dept. of English 修士課程修了(日米教育委員会フルブライト奨学生)。千葉商科大学商経学部専任講師、成城大学文芸学部専任講師を経て現職。
専門分野はアメリカ文学。主な研究テーマはアメリカ感傷/家庭小説の系譜。主な業績に『アメリカ文学のアリーナ:ロマンス・大衆・文学史』(分担執筆、平成25年松柏社)、『抵抗することば―暴力と文学的想像力』(分担執筆、平成26年南雲堂)、『マーロン・ブランド』(翻訳、平成16年岩波書店)、『コケット―あるいはエライザ・ウォートンの物語』(翻訳、平成29年松柏社)など。

サムネイル写真:「キャッツ ポッサムおじさんの実用猫百科」(エドワード・ゴーリー 著、T.S.エリオット 著、小山 太一 訳、2015、河出書房新社より)

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