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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【世界の今】 習近平 長期政権への布石

中居 良文(学習院大学 法学部政治学科 教授)

 なんとも無駄で危険なことをしたものだ。今回の中国全人代における「憲法改正」の目玉は二つ。指導思想としての「習近平思想」、そして「国家主席」の任期撤廃だ。「習近平思想」とは何なのかはここでは問うまい。ただ、現代中国の「老百姓(庶民)」が求めているものが「新時代の中国の特色ある社会主義」などではないことだけは確認しておこう。今までだって、お上の指導思想は常に「正しかった」のだ。それでも党幹部は腐敗・堕落したのだ。この20年で国は豊かになった。一部の連中は特に豊かになった。だから、これからも国がどんどん豊かになればいい。多少の不自由は仕方ない。頑張って働いていれば、そのうちいいこともあるだろう。社会主義はどうなるかって?そんなことは党のお偉方に聞いてくれ。

 習近平が国家主席の座に居座ることも無駄だ。習近平は2012年10月以来、党と軍のトップであり、2016年10月からは「党中央の核心」である。つまり、習近平は既に中国の第一人者、現代版君主である。君主とは「何ものにも拘束されない」存在であり、その欲望を抑えることは誰にもできない。習近平は国内だけでなく、対外的にも中国のシンボルであり続けることを望んだのである。国際社会では、党と軍のトップであることは大きな意味を持たない。国家元首となると話は別だ。3月17日、国家主席への再選を決めた習近平には世界各国の元首から祝意が届いた。朝鮮の金正恩からの祝意は当初新華社通信の記事にはなかったが、奇妙なことにその後の訂正記事ではトップとなった。

 習近平の動きに対し、海外在住の中国人知識人らはネット上で異議を唱えた。国家主席の任期撤廃は、「皇帝制の復活、封建制への逆行」だというわけである。しかし、少なくとも現段階では君主習近平に対する「老百姓」たちのまなざしは暖かい。減速しつつあるとはいえ、中国経済は額面で6%強の成長を続けているし、戦争も飢饉も起きていない。トランプ大統領とも「うまくやっている」ように見える。大きな計画(一帯一路)を成し遂げるには強力な指導者が必要だ。そして、習大大(愛称)は何よりも党幹部たちの腐敗を摘発した。長く日中ビジネスに関わったある中国人経営者は春節のスピーチで「習近平さんは人気のなかった中国共産党を救いました」と語った。またある中国通日本人元外交官は中国トップの任期は10年ではなく20年であるべきだと主張する。中国は人が多く、土地も広いので、変化には時間がかかるというのがその理由だ。確かに、毛沢東も鄧小平もその実質的統治期間はほぼ20年である。

 それでもなお、君主制は中国にとって百害あって一利なしである。先ず、君主制は危険である。全ての権力を手中にした君主は、つい大きなこと、「うわべはだれの目にも利益を約束しそうな話(マキャアヴェッリ、『政略論』)」を始めてしまうからである。老百姓が君主にかける期待は大きい。20年でGDP4倍増という過去の輝かしい成果が今や君主の肩に重くのしかかる。君主は「中国の夢」を「偉大な中華民族の復興」を語らずにはいられない。「偉大な」計画の失敗の代償は高くつく。毛沢東の大躍進が数千万の餓死者を出したことは記憶に新しい。

 次に、君主制は不安定である。神ならぬ君主は必ず間違いを犯す。しかし、君主が失敗の責任をとることはない。責任をとれば、それは自己の権力の喪失を意味するからである。毛沢東が大躍進失敗の「責任をとって」国家主席を劉少奇に明け渡した結果何が起きたか?十年間の大災害、いわゆる文化大革命だったではないか。君主制では、失敗の責任をとらされるのは常に臣下であり、君主は神格化される。このような制度は臣下に強い不満と不安を植え付けざるを得ない。

 最後に、君主制の弊害は君主がつい「やり過ぎて」しまうことにある。君主は「よき統治」を行う名君でなければならない。しかし、世界の歴史が示す如く、名君は極めて稀にしか存在しない。功をあせる凡庸な君主は力にまかせてつい余計なことをやってしまう。現代中国のネット規制や言論弾圧が「行き過ぎ」と感じている老百姓は多い。昨今の中国は豊かにはなったが、なにか窮屈で、住みにくくなったと感じている老百姓はさらに多いようにみえる。今回の全人代における「投票」も「やり過ぎ」の一例である。3月13日の憲法改正案には2958票の賛成の他に、3票の棄権と2票の反対があった。3月17日の国家主席の再選案では棄権も反対も消えて、習近平が2970の満票を得た。勇気ある反対者は改心したのであろうか?金正恩から送られた祝意を中国の老百姓は複雑な思いで噛みしめていることであろう。

[2018.4.9]
プロフィール

中居 良文 (学習院大学 法学部政治学科 教授)

中居 良文(学習院大学 法学部政治学科 教授)
北海道出身。
最終学歴:ミシガン大学政治学科(博士)。
日本国在香港総領事館専門調査員、日本国際問題研究所主任研究員、アジア経済研究所主任研究員を経て、2003年より学習院大学法学部政治学科教授。
近著に「トランプ政権と米中関係」『国際問題』2017年7月、『ユーラシア国際秩序の再編』(共著)岩下明裕編著、ミネルヴァ書房、2013年など。

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