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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【世界の今】 トランプは「名大統領」なのか ――認めるべき点と否定すべき点

石澤 靖治(学習院女子大学教授)

 2016年11月、ドナルド・トランプ氏(以下敬称略)が米大統領選で勝利した際に、筆者はあるメディアからコメントを求められ思わずこう答えた。「がっかりしました」――その気持ちは今も変わりはない。そして就任直後からトランプ政権の混乱や政権の外部との激しい摩擦は続いた。就任式では前任者オバマのそれと比べて、明らかに観衆の数が激減していたことをトランプ政権側が否定して大論争になったことに始まり、その後は就任したホワイトハウスの側近や閣僚を次々に解任。その一方で政権の上位ポストが全く埋まらず具体的事務が滞った。政権内部のそうした混乱ぶりは、マイケル・ウォルフのFire and Fury: Inside the Trump White House(邦題『炎と怒り:トランプ政権の内幕』)の中でも如実に示されている。選挙中から問題視された女性スキャンダルの波紋は大きくなることこそあれ、収まる気配はない。トランプ選挙陣営とロシアとの不適切な関係の疑惑についても、モラー特別検察官による捜査がかなりの段階まで進行している模様だ(4月26日現在)。

 しかし政権発足から15か月目に入って、トランプは、むしろ「絶好調」であるといえるかもしれない。事実、トランプ支持者からみれば、選挙期間中の公約を同氏は着々と実行しているものと映るだろう。政権発足直後には環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱を表明したし(ただし今年4月には条件次第では復帰の可能性も示唆したが)、地球温暖化防止のパリ協定からも離脱。エルサレムをイスラエルの首都と宣言し、年末には大規模減税策を決めた。さらには北米自由貿易協定(NAFTA)や米韓自由貿易協定を見直した。今年3月には、アメリカの安全保障を損なうことや不公正貿易であるということを理由に中国製品に対して高い関税をかけることを発表し、さらに4月には追加制裁措置を決定した。これらは全て選挙公約としていた事柄である。

 また5月末あるいは6月上旬までに北朝鮮の最高指導者、金正恩との首脳会談が予定されている。まだとりやめの可能性も残されているが、実現すれば米大統領としては初めてのことであり、何らかの進展がみられるのかもしれない。だとすればこれまでの米大統領にはなかった快挙ということになる(先の日米首脳会談で日米の結束が確認されたものの、拉致、核、ミサイル問題で必ずしも日本にとって好ましい方向になるかは不明だが)。

 ただしこれらを注意深く見ていくと、減税策以外は議会を巻き込まずに大統領の決断だけでできる行政権限の範囲内の業績であり、不法移民の流入を防止するためにメキシコ国境に壁を設けるという公約は議会を説得することができず実現できていない。それでも見た目には、支持者にとってトランプは「約束を守る指導者」であり、名大統領だということになるのだろう。事実、昨年夏ごろには30%台後半まで低下した支持率だったが、それ以降は下げ止まり、4月には40%台、調査によっては50%に乗ったものもある。トランプ支持者だけではこの水準の数字まで押し上げられない。トランプは現在自信満々であるという。またホワイトハウスの混乱ぶりにしても、1993年にスタートした民主党ビル・クリントン政権でも、やはり当初からスキャンダルが続出して混乱の極みだった。したがって、それを政権発足時につきものの混乱とみる人もいるだろう。

 ところが、トランプに批判的な日本、あるいは日本以上に批判的な欧州各国などで、トランプ支持者たちの状況が十分に伝えられていないという指摘がある。それには選挙戦中から、そして政権発足後も、トランプに批判的な米ニューヨークタイムズ紙、ワシントンポスト紙、CNNなどの論調を柱として、日本や欧州にはトランプに関する情報が伝えられていることが大きな理由として挙げられている。そうした中では、トランプへの肯定的な評価は入ってこないし、たとえ入ってきても耳に入って来にくい。それは情報の歪みであることは事実だし、私たちは情報を多面的に入手し受容することを改めて認識する必要がある。だとするならば、私たちはトランプを「名大統領」だとして受け入れるべきなのだろうか。

 だが私は全くそうは思わない。これまでアメリカは単に経済と軍事の超大国であるだけでなく、あるいはそれ以上に、世界に対して「自由」「民主主義」「人権」それに加えて「自由貿易」の理念の提唱者であったからこそ、ある程度の反発はあっても敬意をもたられて世界に君臨してきた。だがトランプは、周知のようにそうした理念を投げ捨て、「アメリカファースト」という孤立主義を掲げて当選した。だからこそ、日本も欧州も否定的な視線でトランプをとらえているのである。

 だとするならば、そうした目で他国からみられていることに対して、トランプを支持する層のアメリカ人は、改めて世界の視線を認識すべきだということになる。しかしそれは難しいことかもしれない。だからこそトランプは大統領になったのだから。

 むしろ、アメリカにおいて「トランプ名大統領論」が今後主流になるのであればあるほど、アメリカはこれまでのアメリカではなくなったのだという現実を、私たちは冷徹に受け止めるべきである。そしてそれを前提とした新たな世界秩序にどう対処し、どう構築していくのかを考えていかなくてはならない時代に入ったのだということを、改めて認識するべきなのかもしれない。

[2018.5.1]
プロフィール

石澤 靖治(学習院女子大学教授)

石澤 靖治(学習院女子大学教授)
1957年生まれ。立教大学社会学部社会学科卒業。フルブライト奨学生として留学。ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(MPA)後、「ワシントンポスト」極東総局記者、ニューズウィーク日本版副編集長などを経て、2000年より学習院女子大学助教授、02年より同大学教授、2011年4月から2017年3月まで学長。博士(政治学)。「トランプ後の世界秩序」(共編著、東洋経済新報社)、「日本はどう報じられているか」(編著、新潮社)、「大統領とメディア」(文芸春秋)、「戦争とマスメディア」(ミネルヴァ書房)、など著書多数。

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