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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【世界の今】 笑顔の南北首脳会談を内政から読み解く

磯崎 典世(学習院大学 法学部政治学科 教授)

 4月27日に板門店の韓国側施設で開催された南北首脳会談は、軍事境界線での握手や冒頭の対話が日本でも生中継され、金正恩国務委員長の「残虐な独裁者」からの豹変と、南北の和解が強く印象づけられた。会談後の「板門店宣言」には、朝鮮半島の「完全な非核化」や、米・中も交えた多国間協議で朝鮮戦争を終結させる方針が明記されたが、どれも具体的ではない。朝鮮半島危機の懸案は、6月12日にシンガポールで開催される「史上初の米朝首脳会談」に先送りされた感が強い。それでも、今回打ち出された韓国と北朝鮮の和解ムードの背景に、それぞれの意図を確認することは、今後の展望を探るうえでも意義がある。

 まず、問題となるのは北朝鮮の豹変である。2011年12月、父親の死去により20代で権力を継承した金委員長は、昨年末までの6年間、一度も外国を訪問せず、国内体制固めと核・ミサイル開発に邁進してきた。叔父の粛正や兄の殺害事件は恐怖政治を彷彿させ、批判を無視して繰り返される核実験とミサイル発射は、中国との関係も悪化させた。ところが今年になって、平昌オリンピックへの選手団派遣を皮切りに、北朝鮮は怒濤のような対話攻勢に転じた。金委員長は、韓国の特使を通じて米朝対話を呼びかけ、それにトランプ大統領が応じると、電撃訪中で中国との関係を改善して後ろ盾を確保し、南北首脳会談では「笑顔の若い指導者」イメージを打ち出したのである。

 では何故、北朝鮮は急に対話攻勢に出てきたのだろうか。体制の生存戦略の変化を、国内向けの正当化論理に探ってみよう。

 金正日政権は軍事優先の「先軍政治」を掲げたが、金正恩政権の方針は「経済建設と核武力建設の並進路線」であったが、並進といっても、まず核保有で核抑止力を確保することを優先した。とりわけ2016年1月の4回目核実験以降、核実験やミサイル発射を繰り返して、米国本土に到達する核兵器の開発に邁進した結果、昨年11月、ICBM・火星15を発射によって「核武力完成」を宣言するに至った。これを最後に核・ミサイル開発の動きを停止し、今年4月20日の朝鮮労働党総会で、「核武力建設は終結」させ「経済建設に集中」する決定書を採択したのである。この核開発から経済建設への方針転換は、対話攻勢と軌を一にしている。つまり金正恩政権は、敵対する米国からの体制保障と、内からの体制崩壊を防ぐ経済建設のため、核抑止力を確保した後に対話攻勢に出てきたということになる。経済制裁が苦しくて白旗を掲げてきたわけではなさそうだ。

 それゆえ、たとえ核実験を中止しても、北朝鮮が開発した核兵器を簡単に放棄するわけではなく、日米韓が求める北朝鮮の核の「完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄(CVID)」を実現するのは、決して簡単ではないだろう。

 次に、南北首脳会談をホストし、和解を正面に打ち出した韓国・文在寅政権の意図をみてみよう。

 金大中・盧武鉉政権を継承する約10年ぶりの左派政権として発足した文在寅政権は、「平和と繁栄の朝鮮半島」を国政課題に掲げ、北朝鮮との和解も提示していたが、その優先順位は高くなかった。優先課題は雇用など社会経済問題にあり、朴槿恵退陣を求める「ロウソク革命」から生まれた政権として、不正の温床となった権力構造の改革も重視していた。しかし、国会の過半数を野党が占める状況で国政運営は難航した。政治改革の要となる憲法改正は文大統領の選挙公約で、今年の年頭会見でも、6月の統一地方選挙と同時に改憲の国民投票を行うと表明し、3月末には大統領が改憲案を国会に発議したが、国会における関連法審議は進まず、予定通りの実施は困難になった。こうして内政が順調でない中、北朝鮮の対話攻勢を受け、国政の軸足を大統領府が主導できる外交に急速に移した感があり、首脳会談を生中継して南北和解をアピールしたのも、国内向けを意識した面が見られる。朝鮮半島における戦争の回避・「平和共存」の実現をめざす左派政権の政策が、保守政権の外交・安保政策よりも優れていると強調し、政権の支持率は会談後83%に達したが、国会の状況は次の総選挙までは変わらず、困難な国政運営が続く。共同宣言は「統一」を謳っているが、文政権は、北朝鮮とは正反対の方向への政治改革をめざしており、現実の目標は平和共存である点は押さえておく必要がある。

 以上のように、南北首脳会談の和平アピールには、自らの体制維持や国内統治での意図が働いており、外交を規定する国内要因に留意するのは重要である。また、首脳会談は象徴的なイベントであるが、会談での合意を実現するため長期にわたる交渉が必要となる点も忘れてはならない。任期や政権交代がある民主国家と終身権力の独裁国家の交渉では、良くも悪くも、時間の問題は大きく作用するだろう。今回の南北首脳会談が地ならしをした初の米朝首脳会談は、さらに大きな影響を日本に及ぼすことが予想される。朝鮮半島情勢に対する複眼的なアプローチは、一層重要になっている。

[2018.5.12]
プロフィール

磯崎 典世(学習院女子大学教授)

磯崎 典世(学習院大学 法学部政治学科 教授)
東京大学大学院総合文化研究科博士課程の在学中に、休学して高麗大学大学院政治外交学科に留学。東京大学大学院に復学後、単位取得中退して東京大学教養学部助手就任。学術修士。学習院大学法学部助教授を経て、1999年から現職。2004 - 2006年、UC Berkeley 訪問研究員。
専門は現代韓国政治・比較政治。最近の著書に、『戦後日韓関係史』 (共著、有斐閣、2017年)、『シリーズ日本の安全保障6 朝鮮半島と東アジア』(共著、岩波書店、2015年)などがある。

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