ホーム

特集

※掲載の肩書は取材当時のものです。

[対談]新・教育学科が目指すもの

2/2

本物に触れる“自然体験実習”を重視

諏訪
情報化社会、知識基盤社会への対応は教育学科の重要なテーマですが、これはともすると、情報機器やネットワークを使いこなす知識や能力を養うこと——すなわち情報リテラシーを充実させるということに議論が集中しがちです。確かに情報リテラシーを小学生レベルにまで落とし込むことはもはや不可欠といえますが、この20年でいわゆる仮想現実、バーチャルリアリティーがあまりに肥大化し、それらが子供の領域にどんどん踏み込んできていることには危険性を感じます。私もそういう意味では、学習院大学の教育学科では「いかに本物を体験させるか」という点を重視したいと考えています。
佐藤
アジアの先進的な情報通信技術を活用した教育に関していえば、ちょっと異常なほどにも感じられます。例えば台湾などではかなりデジタル教科書が普及していますが、実際の授業風景を見ると、まるでテクノロジーに支配されているような印象を受けます。私は現実が喚起する力、本物が喚起する力は、何より優れていると思っています。きちんと自分たちの身体感覚を伴わせた知識、思考を鍛えていかないと、本物の力は育たないのではないでしょうか。学習者が中心になってコンピューターを活用し、新しい知識を創造的に活用できなければ、むしろ情報リテラシー社会には対応できなくなると思います。
諏訪
学習院大学の教育学科では、より現実に即した授業の一環として「自然体験実習」を必修科目として設定する予定です。そこには、山で間伐をしたり、無農薬で米を作ったり、あるいは田んぼの中に入って“ぬるぬる”とした感覚を味わうなど、自然と触れあうことで得られる感覚を、子供たちに伝えていける教員を育成したいとの思いがあります。自然のすごさを感じ、一方でそうした体験を通して人間関係や社会とのつながりにまで意識を広げていく——。自然体験は、非常に良い意味での文理融合の出発点になるのではないでしょうか。
佐藤
まず、ものに触れ、それから人に触れる。そうした身体感覚がベースになった直接的な体験がないと、何も学びにはならないとは強く感じますね。

アジアをリードする教師育成を実践

諏訪
続いて「アジアの教育」に話題を広げましょう。2009年のPISA調査で上海が全分野(読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシー)でトップになって話題を集めましたが、私が実際に上海の学校を訪ねた時にまず強く感じたのが、現地の教師の熱心さと真剣さです。しかし考えてみると、日本の教員も非常に熱心であることは変わりません。ただひとつ、中国の教師の方が自己を研鑽するという部分で、相当意識が高いように感じました。
佐藤
上海の躍進ぶりでもうひとつ驚かされたのは、全体の成績が高いだけでなく、できない子もほとんどいなかったということです。ちなみに中国の教育は、受験一辺倒の競争主義の結果、高い成績を収めたように思われがちですが、これはまったくの誤解です。中国は2002年の教育改革で受験主義の教育からの脱却を図って、創造性や探求心を重視した学習者中心の授業に大胆に切り替えており、上海の躍進はまさにその成果なのです。中国では農村部と都市部の教育格差が問題視されていますが、上海や重慶、成都などの都市部では、小学校の新任教員の大多数が修士課程を修了しており、教師自体のレベルの高さも伺い知ることができます。いずれにしても、中国、韓国、台湾をはじめとした東アジアは、これまでの詰め込み教育からの脱皮、そして質の高い学びの追求という意味では、世界的にもかなり突き進んでいるといえそうです。
諏訪
実は学習院大学の教育学科では、第二外国語で中国語もしくは朝鮮語の履修を義務づける予定です。佐藤先生や私を含めた学習院大学の教育学関連の教員はアジアとの関わりが深いものですから、ぜひとも教師や学生同士が交流し合い、相互に研鑽し合えるような新しい挑戦をやっていきたいですね。また修士課程の話も挙がりましたが、我が国でもいよいよ教員免許の交付にあたり大学院修了など修士課程レベルを求める新制度を検討しているようですね。
佐藤
教師の教育レベルというのは非常に重要です。欧米各国が軒並み教員の採用レベルを修士以上に引き上げる中、今や日本だけが取り残されてしまったような状態です。実際、今後10年で日本の教師の半分近くが入れ替わることを考えると、この時期に日本の教師の教育レベルをグローバルスタンダードに引き上げることは、もはや必須の条件ではないでしょうか。学習院大学でも将来的には教育学の修士課程を立ち上げる予定であり、今後も時代の趨勢を見極めていくことは重要になってくるでしょう。
諏訪
様々な論点が挙がりましたが、学習院大学の教育学科としては、まさに今ここで話し合った視点をひとつひとつ実際のものとしていく必要があります。自然体験、アジアとの交流、より現実に即した専門性の高い授業をはじめ、学習院だからこそできる教師教育のカリキュラムを来春の学科設立に向けて練り上げ、またそれを外に向けてアピールしていきたいですね。
佐藤
近年、私立大学で立ち上げられた教育学科に類する学科は、どこも驚くべき倍率です。これが何を意味するかというと、若い世代の間で「未来の日本は教育によって支えるしかない」というコンセンサスが取れているような気がします。学習院大学の教育学科は私立大学としては規模が大きくありませんが、教師教育の質が問われている今、それはむしろ武器になり得ます。50人という少人数制ならではの手厚い教育で、日本やアジアの教師教育をリードする学科を作っていきたいですね。
[2012.06.01]
プロフィール

福井 憲彦(学習院大学長)

諏訪 哲郎(学習院大学 教職課程教授)
1949年生まれ。東京大学理学系研究科修士課程修了。専攻は地理学、理学博士。1996年より日中韓の環境教育交流に関与し、現在NPO日中韓環境教育協力会代表。日本環境教育学会企画委員長。主な編著『加速化するアジアの教育改革』『沸騰する中国の教育改革』(いずれも東方書店)。

佐藤 学(学習院大学 教職課程教授)

佐藤 学(学習院大学 教職課程教授)
1951年生まれ。三重大学助教授、東京大学助教授・教授を経て、本年4月より現職。教育学博士。日本学術会議第一部(人文社会科学)部長、日本教育学会前会長。

  • 1
  • 2

最近の特集

総合企画部広報課ブログ

このページのコンテンツには、Adobe Flash Player の最新バージョンが必要です。

Adobe Flash Player を取得

関連リンク