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※掲載の肩書は取材当時のものです。

学習院における中等教育のあり方について

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学習院の中核を担う学校として、130余年の長い歴史を持つ学習院中等科・高等科。多様性を尊び、人生を歩む上での“ベースキャンプ”としての役割を果たす中等教育のあり方について、林知宏・学習院中等科・高等科長が語った。そのインタビューの模様をお届けする。

明治以来、多様性を受け入れてきた伝統

——学習院中・高等科の成り立ちについてお聞かせください。

林 知宏(学習院中等科・高等科長)

 1847年(弘化4年)に京都で開講した公家の学問所を祖とする学習院で最も長い歴史を持つ学校である学習院中・高等科は、1877年(明治10年)に神田錦町において、今でいう小学校、中学校、高校に相当する学校として発足しました。

 その後、キャンパスは1890年(明治23年)に現在初等科がある四ッ谷に移り、1908年(明治41年)にはこの目白に移転しましたが、その長い歴史のうちには実に多様な卒業生を各界に送り出してきました。

 開校以来、学習院中・高等科は流行り廃りとは一線を画してきた学校であり、多様性を受け入れる懐の深さを持った学校であるとも思います。たとえば目白キャンパスに移転した当時の学習院院長は陸軍大将の乃木希典であり、その前後の院長も軍人が多く質実剛健を旨とした硬派な教育を実践してきましたが、当時でさえそうした方針に反発した生徒もいたようです。文学や音楽を愛好する者もいて、その中から後に日本の文壇をリードすることになる白樺派の志賀直哉や武者小路実篤、あるいはその影響下に戦後に入ってからも三島由紀夫を輩出するなど、特徴のある文学者たちが数多くここから巣立っていきました。そうかと思えば、実は現存している全国の中学、高等学校の中で、最も多く総理大臣を輩出したのが、この学習院中・高等科でもあります。社会の中枢で活躍する人材も反骨精神も育む幅の広さが伝統のひとつとなっています。

―独自の中高一貫教育を通して、世に送り出したい人材像についてお聞かせください。

 

 明治の頃から一貫して変わらないのは、生徒の自主性、自発性を尊重しながら、その成長をじっくりと見守っていくという方針です。そして在学中の6年間で生徒たちの人格的な核を形成する助けになるものとして、「語学力」「論理的思考」「情報分析・発信力」「体力」そして「人間関係」という5つの項目を重要視しています。

 まず「語学力」「論理的思考」「情報分析・発信力」を高めることは、将来的に生徒たちがどのような分野に進もうとも必須です。グローバル社会を視野に入れながら、世の中にあふれる情報を正しく吟味し、また自分の主張をきちんと伝えきることのできる知的な能力の有意義なつながりを、あらゆる教科を通じて形成したいと考えています。

 4つ目の「体力」は、先に触れた質実剛健な気風ともつながるものです。たとえばクラスマッチ、長距離歩行、沼津游泳、ボート大会、柔道納会など、授業以外にも心身を鍛える伝統行事が6年間を通して数多くあります。社会に出た後に、基本的な体力が備わっていることは、必要な条件であると考えています。

 最後の「人間関係」とは、学習院における人間のつながりのこと。同級生との横のつながりはもちろん、クラブ活動や行事を通じて培う世代の超えた縦のつながりは、より外側に輪を広げていく上で大事な足がかりになるはずです。彼らの人生にとって最大の宝になるのではないでしょうか。

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