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グローバル社会のリーダーには
現場の“実践知”が必要である

フォト鈴木 勝喜さん

全体を見ないと仕事はできない

田中 鈴木さんより多大なご寄付をいただき、今年度から経済支援型の「鈴木勝喜奨学金」を創設することとなりました。ご厚志に心より感謝申し上げます。

鈴木 東京六大学で初めての女性総長ということで田中総長には大いに注目しておりました。さらに、法政大学が文部科学省からスーパーグローバル大学に採択されたと伺い、グローバルな展開をよりいっそう進めるという意味で、私や私の会社とも共通した目標があると感じ、是非支援したいと思いました。

田中 鈴木さんはまさにソフトウェア開発を手掛け、グローバル展開もしている株式会社プロシップの会長としてご活躍されています。法政大学在学時はどのような学生でしたか。

鈴木 私は政治家をめざしていたこともあり、法学部の政治学科に入学しました。地元で昔からお世話になっていた方から「文武両道でなくては一人前とは言えない。東京に行ったら合気道をやりなさい」と強く勧められ、上京と同時に合気会(現 公益財団法人合気会)の道場に入門。大学でも法政大学合気道会の3期生として活動しました。当時は活動場所が少なく、靖国神社の砂利の上や大学の屋上に畳を敷いて練習する日々。学生時代は合気道一色でした。

田中 卒業後も法政大学合気道部のサポートをされているとか。

鈴木 長年幹事長を務めさせていただき、現在は顧問をしております。私が入学した昭和35年当時は3、4人くらいしかいない小さな同好会でしたが、徐々に人数も増えて歴史ある部に発展したことを大変嬉しく思っています。

田中 合気道はその後の鈴木さんの人生にどのように影響していますか。

鈴木 合気道の極意は「必要な時に必要最大限の力を出す」こと。これができれば免許皆伝レベルですが、私もある程度は自分で自分をコントロールすることを学びました。こうした姿勢は仕事にも相当役立っています。

田中 大学卒業後はどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。

鈴木 卒業時も政治家になる夢を捨てきれずにいましたが、合気道の師範に「政治家になるなら10年は仕事をしてみないと世の中のことはわからない」と言われました。そこでまず一般企業で社会勉強をしようと、ご縁があった工作機械メーカーの株式会社宮野鉄工所(のちの株式会社ミヤノ、現シチズンマシナリー株式会社)に入社して10年間勤務し、労務から営業、製造まで一通りの経験をしました。そのうちの3年間はアメリカのシカゴ駐在です。三鷹の工場で労務担当をしていた時、「誰か英語のできる人はいないか?」と言われて即、手を挙げたんです。

田中 積極的ですね。

鈴木 今思えば、新しい環境に飛び込んでいく気概のようなものを大学時代に身に付けることができたんだと思います。アメリカ行きが決まると、当時長野県上田市にあった工場で1年2カ月の間、全製品の製造過程を猛勉強しました。ビジネス全体を理解しないことには自分の仕事はできないと考えたからです。

田中 若いうちから「全体を見る」視点があったことが本当に素晴らしいと思います。

鈴木 机上の勉強だけをしても、現場の知恵と実行力がないと意味がない。高い成果を出すには「実践知」が必要です。その意味で、田中総長が発表された法政大学憲章「自由を生き抜く実践知」という言葉に、私は非常に深い感銘を受けています。

「実践知」が自由を生み出す

田中 アメリカではどのようなお仕事をされたのですか。

鈴木 アメリカでの3年間は、自社の工作機械を売るセールスエンジニアをしました。1960年代のその間、コンピューターシステムが機械を制御する最先端の現場を目の当たりにし、これからはコンピューターシステムの時代だと確信し、コンピューターソフトとコンサルティングを組み合わせたサービスを行う会社に参加することを決意。ミヤノに入社して10年で転職しました。
新しい会社では、しばらく営業担当を務めた後、会社の経営権を買い取ってオーナーになりました。そして、固定資産の管理ができるシステムのパッケージを作成。今では日本でトップシェアを占める固定資産管理システムを提供するまでに成長しました。

田中 このような会計管理システムというと、個々の会社に適した形でゼロからシステムを作り上げるというイメージがあります。パッケージでできるものなのでしょうか。

鈴木 まさにおっしゃるように、従来から日本では相手先の会社にエンジニアを派遣したり、オーダーメイドでシステムを構築したりするのが一般的でした。でもそうすると、システムの知的所有権としてのライセンスは相手先の会社のものになってしまう。それでは、いつまでたってもソフトウェア会社は下請企業のままです。私はその慣習を変えたいと考えました。実際に1970年代のアメリカでは、ソフトウェア会社がシステムの使用権を設定してビジネス展開するのが一般的になりつつありました。いわゆる、今でいうライセンスビジネスです。弊社は独立系ソフト会社としては日本で初めて会計管理システムをパッケージ化したライセンスビジネスを展開したのです。

田中 アメリカでのビジネス経験が大いに役立ちましたね。

鈴木 アメリカのソフトウェア会社の上位50社のうち、約9割がコピーライト(複製権,著作権)を主張できるビジネスを行い、いずれも高い収益率を誇っています。一方、日本のソフトウェア会社でコピーライトを保持している会社は全体の6分の1程度。日米ではビジネスの基本構造が違う。どうしてこうも違うかというと、日本の多くのソフトウェア会社はビジネスと業務の全体に対処する考えが欠けていると私は思っています。つまり、難易度の高い業務の上流工程に取り組んでいません。だから付加価値のある製品を作れずに受け身、下請け型になってしまう。

田中 先ほどのビジネスの「全体を見る」というお話とつながってきますね。

鈴木 そうですね。やはりビジネス全体が見えていないと、付加価値の高いシステムは作れない。ただ設計図を眺めているだけ、切り取った一部だけを見ているだけでも駄目なんです。更に、私はいつも社員には「臨場感」を持って仕事に取り組むように言っています。

田中 なるほど、「臨場感」という言葉は現場感覚につながるものですね。ほかに、アメリカのビジネスから学んだことはありますか。

鈴木 アメリカに根付いている競争原理というものからも大きな刺激を受けました。

田中 日本人は競争への意識が足りませんか。

鈴木 日本人はどうしても自己主張が不十分。自己主張しないと言われたままの仕事をしているだけになり、技術者の仕事もつまらない作業になってしまう。自分がやりたいことや信念を主張しないと、結果的に自由が少なくなるんです。その意味でも、これからの世界においては「自由を生きぬく実践知」が必要です。実践知が自由を生み出すともいえます。

より身に迫る仕事を体験してほしい

田中 日本では何においても従来のやり方に固執することが多いのかもしれません。

鈴木 そうですね。会計基準に関しても日本は遅れていると言われています。例えば、機械の減価償却方法は、日本基準において具体的・包括的な基準が存在しないため、日本企業の多くは税法に準じた償却方法を適用しています。アメリカでは目的や状況に応じて、購入した機械の償却方法を多くは独自で決めています。自分で物事を決められれば状況を変えられます。

田中 日本の大学も同じような状況かもしれません。改善できることはたくさんありそうです。

鈴木 また、アメリカはスピードを重視する姿勢もすごい。日本の会社は4、5回提案に行っても決まらないことが多いですが、アメリカでは1回の提案で即決する会社がほとんどです。
例えばシリコンバレーでは、1つのソフトウェアが新製品でいられる時間はなんと15分しかないと言われています。新製品を出しても、すぐに他社に追いつかれてしまう。15年前に現地に行った際に、IT業界の進歩の速さの例えとして、人間よりも7倍の速度で生きる犬に例えて、ドッグイヤー(dog year calendar)で日々動いていると言われていました。その状況を目の当たりにして、これじゃあ日本はかなわないと思いましたが、つい5年前に現地に行った際にはもっとスピードが早まり、人間よりも18倍の速度で生きるネズミに例えて、マウスイヤー(mouse year calendar)と言われていて驚きました。

田中 非常に象徴的ですね。学生にもそういう世界を体験させたいです。でも、単に留学させたからといって理解できることではないでしょうね。インターンシップもこれからもっと開かれていくと思いますが、より自分の身に迫ってくる仕事を体験してほしいです。例えば、年齢に関係なく仕事の現場経験を通じて自分の学ぶべきことを見極めてから、改めて高等教育で学ぶといった人生設計の方法もあると思います。

鈴木 私のアメリカ時代の合気道の友人は、高校卒業後に野球や日本で合気道を10年やって医学部に入りました。今では立派な医者です。アメリカではこうした経歴が珍しくないですね。

田中 そうですね。年齢的なことへ柔軟さも足りないですね。鈴木さんのような方でしたら、世の中の変化を見極めて対応していかれるのでしょう。これからの大学も企業と一緒に改革し続けていかなくてはならないと思います。

鈴木 確かに、大学も外部との連携が必要でしょうね。法政大学もいろいろな形でやっているとは思いますが、海外の大学と比較したらもう少し頑張ってもらいたいと思います。

田中 鈴木さんとお話をさせていただき、グローバル化が進む社会に向けて、大学がどのような学生を育てなくてはいけないかが見えてきました。今日伺ったお話は今後の法政大学の大きな財産になると思います。本当にありがとうございました。


株式会社 プロシップ 取締役会長 鈴木 勝喜(すずき かつよし)
1941年5月19日、愛知県生まれ。1964年、法政大学法学部卒業、株式会社宮野鉄工所(株式会社ミヤノ、現・シチズンマシナリー株式会社)に入社。同社にて米国駐在を体験し、本格的なコンピューターソフトの時代が到来することを予見し、1976年、日本エム・アイ・エス株式会社(現・株式会社プロシップ)入社。1987年、代表取締役社長に就き、 2006年に代表取締役会長に就任。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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