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現代の住宅に通じる江戸の知恵は人間関係をも変える

竹中 宣雄

自由と自主性の大切さを心から感じた在学時代

田中 竹中さんと私は、学部は違いますが同じ時期に法政大学で学んでいました。大学ではどのような4年間を過ごされましたか。

竹中 生涯で、あれほど自由や自立というものの素晴らしさを感じた時期はありません。発想も自由、行動も自由……。

田中 私は規律の厳しいミッション系の女子高からその自由な空気の中に飛び込んで、落差にびっくりしました。そして竹中さんと同じ社会学部の友人たちは、とりわけ自由だった印象があります。先生たちとの関係もフランクでした。

竹中 そうですね。実は70年安保の学生運動がいちばん盛んな時期で、大学はロックアウトされてほとんど学内に入れず、8回あるはずの試験のうち2回しか受けていません...。そのかわり、当時学外のビルにあった先生方の研究室にはよくお邪魔しました。いろいろお話しをしていただくなかで、私の意見を厳しく指導されたことも良い思い出になっています。

田中 先生方の中に、授業外でも学生とつき合おうという気質があったわけですね。そうした中で得たものはありますか。

竹中 自分で考えて自主的に行動しろということはよく言われまして、その部分は今では私の強みとなっている気がします。そしてなにより、多くの先生や友人たちと話して、視野を広げ、大きく成長できた4年間でした。どうしてこんなことを考えるのか、と思うような人を含めて、本当にいろんな人がいましたからね。

田中 法政の「自由」の根本は、どんな価値観を持った人でも受け入れる、この場所にいられる、ということだと思います。つまり「ダイバーシティ(多様性)」ですね。これは現在の法政にも感じますし、大事にしていかなければなりません。

竹中 その意味では、女性として法政初、いや六大学初の総長に就任されたことは大きいですね。

田中 実際、職員の中で女性管理職が増えるなど、新しい動きにつながっています。

竹中 六大学野球ファンの私としては、是非総長に神宮で、これまた女性初の始球式をやっていただきたい(笑)。

江戸時代に生まれたエコの知恵が現代に

田中優子

田中 ダイバーシティもそうですが、法政はいま、現代社会の抱える様々な課題に対して責任をとる大学に生まれ変わろうとしています。
とりわけ、エネルギー政策を中心とする環境サステイナビリティ(持続可能性)の問題については、2009年8月から学内で活動を展開していた「サステイナビリティ研究教育機構」を引き継ぎ、昨年「サステイナビリティ研究所」を設立し、本学の核のひとつにしていこうと考えています。この点、ミサワホームのご活動と重なる部分もあるかと思います。

竹中 はい、1974年にいち早く「エコエネルギー計画」を発表して以来、弊社が力を入れてきた、そして業界の先頭を走っていると自負している分野です。
東日本大震災の直前に発表した「エコフラッグシップモデル」には、現在考えうる省エネ・創エネ技術を結集し、生活にともなって排出されるCO2だけではなく、住宅の建設・解体、装備する発電機器などの製造過程で排出されるものを含め、トータルでマイナスにする「LCCM(Life Cycle Carbon Minus)」を実現しています。簡単にいえば、住めば住むほどCO2削減に貢献できる住宅です。
そこで取り入れているのが「微気候デザイン」、家とその周囲のミクロな気候をコントロールすることで、快適な住み心地を手に入れようという考え方です。
従来の高気密・高断熱一辺倒ではなく、「風の通り道」「光の路地」を作るなど、外の環境をうまく取り込むことがポイントとなるのですが、これは江戸時代以来の日本の家づくりの発想ですよね。

田中 たしかに江戸時代には、風や光をコントロールして、真夏でも室温の上がらない家が存在していました。そこでは、空気を冷やしてくれる植物の力も借りるのですが、江戸のような都市で周りに木を植えられない場合は、中庭・坪庭を設けるなど、工夫していました。

竹中 その方法も、私どもはロの字形・コの字形の設計で活かしていますよ。

田中 環境ということでは、城下町が急速に発達した江戸時代の初期に、森林の過剰伐採が行なわれ、下流で洪水が頻発するという問題が起こりました。それで、幕府や藩が法令で伐採を制限、後には植林が義務づけられたのです。

竹中 切ったら植える。私どもも当然大切にしていることですが、それも江戸時代に生まれた知恵だったんですね。

竹中宣雄 田中優子

家の形がつくり出す人間関係

竹中 もう一つの日本の伝統的な住宅の特徴として、和室が寝室にも居間にもなって多機能であると同時に、仕切りが固定されておらず柔軟かつオープンだということがありますね。
戦後のわが国では、欧米文化の強い影響もあって個室化が進んできましたが、昨今の青少年問題の深刻化などから、これを見直すべきという声も高まっています。私どもは、センターリビングなど、家族同士の触れ合いを促進する場所や子どもの成長に合わせて学びのスペースを最適な場所に移動させる「ホームコモンズ」を設けるなど工夫をしています。間取りの面でも、和の知恵を取り入れているのです。

田中 外の人との関係も変わりましたよね。かつての長屋は、風通しのために表と裏の引き戸を半開きにしていた、つまり常にオープンだった。だから、近所の人は勝手に入ってきて、上がり框に腰をかけて話をするのだけれど、そこから先へは踏み込まない。必要とみれば干渉するが、干渉しすぎることはない。この人間関係こそがコミュニティで、それを住まいのあり方が作っていたのでしょう。

竹中 適切な「間」を設けつつ結びつく人間関係が、いまの住宅では作りづらくなっているということですね。
そのことと関係しているかどうか、先ほど多様な価値観を受け入れる法政大学の特徴をお話しいただきましたが、日本社会全体をみると、それとは逆方向の変化が起こっているように思うのです。とくに若い世代には、自分と同じ価値観を持つ者同士でかたまり、異質なものは排除する傾向が強いのではないか心配しています。
彼らは、守られすぎているのかも知れません。少なくとも大学では、もっと外のもの、異質なものに触れるいろんな体験をさせたほうがいいのではないでしょうか。

田中 留学や海外ボランティアへの参加を促進するプログラムを実施しているのですが、参加者が帰ってくるとたしかに考え方が変わっていますね。

竹中 宣雄

竹中 グローバル人材というのは、海外で働く人のことではなく、異文化を受け入れる広い視野を持った人のこと。法政大学には、それを育てる土壌があるわけですから、大いに活用しつつ、アピールもしていただきたい。OBとして協力できることがあれば是非協力させていただきたいと思います。

田中 在校生にも、是非そうしたお話を伝えたいと思います。本日はありがとうございました。


ミサワホーム代表取締役社長
竹中 宣雄(たけなか のぶお)
1948年、和歌山県生まれ。1972年法政大学社会学部卒業、ミサワホームに入社。
1995年、ミサワホーム取締役就任、1999年に千葉ミサワホーム(現ミサワホーム東関東)社長に就任する。 2004年4月からミサワホーム東京社長、2007年ミサワホーム専務執行役員を経て、2008年に同社代表取締役社長執行役員に就任、現在に至る。

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