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自ら考えること、そしてそれを伝えることを通して
日本と世界、さらに自分自身と対話する力を磨こう
社団法人アスリート・ソサエティ代表理事 為末 大 2002年/経済学部卒

為末 大

法政大学から一般企業へ。
そしてプロ陸上選手という道を選択

僕が大学で陸上競技を続ける際にこだわったことは、「コーチをつけない」ということ。スポーツの世界では、監督が練習メニューや目指すべき大会を決め、競技内容の分析まで行うのが一般的ですが、僕はそんな監督の「役割」の方に強い関心を持っていました。選手として監督に動かされるのではなく、自ら自分を動かしてみたい。そのため、陸上界のなかでも自由な雰囲気があり、自分で練習内容や目標を設定できる環境にあった法政大学への進学を決めました。

大学を卒業後、一度は企業に所属して実業団として陸上競技を続けたものの、半年ほどで退社し、「プロ陸上選手」という道を選択することになりました。その選択に関しては今でも「リスク」と表現されることがありますが、当時の僕はそうは思いませでした。大企業に所属していると「この会社にいるうちは安泰だ。大丈夫だ」という声を聞くことがあります。そんな時、ふといつも練習の時に目にしていた、陸上競技のスタートで使うピストルの雷管(らいかん)の箱に書かれた言葉が頭をよぎりました。そこにあった「危険であると認識しているうちは安全である」というメッセージに込められた意味をじっくりと考えてみたら、恵まれた環境に慣れ、一歩外に出たら勝負できないという状況に留まることこそがリスクであるとともに、「安心感が危機を生み、危機感が安心を生む」ということに気付いたのです。加えて、プロになりたいという思いも強かったため、プロ選手としての道を歩んでいくことを決めたのです。いま思えば、「自由と進歩」の精神を大切にする法政大学には、どこか自立をサポートするような気配があり、そこで過ごした時間は僕にとってとても重要な時間だったのかもしれません。

「爲末大学」を通してものごとを根底から考える楽しさを共有

現役時代から、練習や競技の合間を縫ってよく本を読んでいました。覚えることは得意ではないのですが、考えることは好きでした。最近は大学の授業も「自ら考える」ことを重視した内容になっているようですが、本を読むことはまさに考えることだと思っています。本はその著者が考えた形跡であり、そこに自分の考えを対比することで、新たな発見につながります。そのため、引退したら自ら考えて学び続けて活動できるフレームをかたち作れたらいいなと思い、「為末大が学ぶ」というコンセプトで2012年8月に「爲末大学」を始動させました。実際にプロジェクトを立ち上げてみて感じたことは、「こんなにも根底からものごとを考えることに興味を持っている人がいるんだ」といった、考える場の需要の大きさです。

為末 大

爲末大学と並行していま取り組んでいるのが、「R.project」という民間企業の経営陣として携わる、地方の廃校や企業の保養所をリユースして、スポーツの合宿施設として活用する事業です。このプロジェクトを通して見えてきたことは、日本のみならず海外の選手が合宿のために地方を訪れることで、そこには新たな雇用が生まれ、食材などが消費されるということ。そしてそれは地元への貢献につながるとともに、地方の魅力に気付くきっかけになると思っています。さらにこれは、現役時代から僕のテーマでもあった、「日本が抱える課題をスポーツで解決したい」という思いを具現化したものでもあります。

「世界には日本も含まれている」という発想を持とう

いまグローバル人材の育成(注)について大学でも重要視されているようですが、僕自身海外での生活を経験してみてぜひ若い皆さんに伝えたいことは、「世界という言葉には日本も含まれている」と意識することです。これまで、「グローバル化=西洋化」だと考えられていました。しかし、いまはBRICs(ブリックス)と呼ばれるインドや中国といった国々の台頭が象徴するように、世界のバランスは大きく変化しています。そのため、日本も世界の一部だということを改めて認識し、「特定の国VS日本」という考え方を無くすことがグローバル化への第一歩ではないでしょうか。世界を見渡すと、いろいろな考えを持った人がいて、さまざまな宗教があり、文化がある。自分なりの考えを持ちながら、相手の考えとぶつかった時、いかに「折り合う」ことができるかが大切です。

為末 大

では、世界の人たちと「折り合う」能力を身につけるためにはどうしたらよいか。僕は自身の経験から、ディベートの重要性に注目しています。現役時代、アメリカの大会参加中に各国の選手たちが、自分に有利なコースを獲得するために選手同士による活発な議論を交わす場面において、その場の雰囲気に押され、何も発言できずにもどかしい思いをした覚えがあります。例えば大学生に「ドーピングはなぜ良くない?」と質問した際、回答に困る場面によく遭遇します。ドーピングが良くないということは認識しているのですが、その理由までは追及していないのでしょう。これから日本が世界の一員でいるためには、世界のルールを理解し、世界標準というルールを作る際に、いかに自らの考えを相手に伝えることができるか。そのためにまず自分の頭で考え、それを言葉にする訓練をディベートによって鍛えることが重要ではないでしょうか。爲末大学ではこれからも自ら考え、意見を交わす楽しさを共有する場にしたいと考えています。

(注)法政大学は平成24年度文部科学省「グローバル人材育成推進事業」に採択されました。

目的はもっと大きなところにあると考え、次の選択肢も視野に

為末 大

現役時代、僕のモチベーションになっていたのは、「陸上で世界をアッと驚かせたい」という思いでした。日本の陸上は世界には通用しないという風潮を打破できれば世界はアッと驚くんじゃないか。そのインパクトが次の選手のモチベーションを生み、応援してくれる人に勇気を与える。そんな僕のロールモデルとなったのはメジャーリーグで数々の記録を樹立した野茂英雄選手でした。

いま自らの進路に悩んでいる若い人たちも多いと思いますが、そんな時はより奥に存在する目的を見つけるといいと思います。僕にとって、陸上で勝つことが目標ではなく、世界にサプライズを与えることが目的でした。陸上はそれを実現するための手段。だから、世界を目指すため、100メート、200メートルを諦め、400メートル障害という種目を選びました。それは僕が世界に行くにはハードルしかないと考えた結果です。

まさにいま就職活動中の大学生の皆さんにとって、目指している会社は、果たして目的でしょうか。僕はそうではないと思います。自分のもっと先にある目的を達成するための手段であると考えてほしいと思います。そのため、例えば大手に入らなければとか、この業界でなければという固定の価値観に支配され、その価値観ゆえに悩んでいることが多いのではと思っています。だとすれば、自分のモチベーションを維持できるような目的が見つかりさえすれば、他の会社や業界、つまり他の手段にも目が行くようになると思います。

為末 大

僕がかつて選択してきたように、自分が目的だと思っていることの多くは手段であり、目的はもっと大きなところにある。そのための手段は無数にあり、いま目の前の手段を例え閉ざされても次があるという気持ちで、自らの進路を考えてほしいというのが、僕の経験から皆さんに送るメッセージです。


社団法人アスリート・ソサエティ 代表理事 為末 大(ためすえ だい) 
2002年/経済学部卒
「侍ハードラー」の異名で知られ、いまだに破られていない男子400mハードルの日本記録保持者。2001年世界選手権で日本人初の銅メダルを獲得。さらに2005年ヘルシンキ世界選手権で銅メダル。初めて日本人が世界大会トラック種目で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3大会に出場。2012年6月、大阪で行われた日本陸上競技選手権大会を最後に25年の選手生活に終止符を打った。
2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」を設立、現在代表理事を務めている。東日本大震災発生後、自身の公式サイトを通じて「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びかけるなど、幅広く活動している。主な著書に「走りながら考える」「走る哲学」など。

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