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コーヒーの世界を日本から変える
——猿田彦珈琲の原点は法政大学に——

組織に寄りかからない法政気質

大塚 朝之(おおつか ともゆき)

田中 今回お邪魔している2015年オープンの新店舗「アトリエ仙川」ですが、隣は最大手のスターバックス……驚きました。

大塚 実は隣の店は、俳優として伸び悩み苦しんでいたころに、コミュニケーションを求めて毎日のように通い、救われていた特別な場所なんです。当時はコーヒーが苦手で、甘いカフェモカばかり飲みながらも(笑)、そんな場所がほしい、作りたいというその時の無意識の思いが後に、スペシャルティ・コーヒーとの偶然の出会いなどとつながり、猿田彦珈琲が生まれたといっていい。
 そしてもちろん、スターバックスは僕が最もリスペクトする企業の一つです。だから、ここで成功すれば、その先もっといろいろなことができるはずと、あえてこの立地を選びました。

田中 この対談のお相手は、全米唯一の日本人コミック作家、世界トップの女性レーサーなど、自分の力で道を切り開いてきた卒業生が多いんです。大塚さんも間違いなくそのおひとりですよ。

大塚 光栄です。
 大手飲料メーカーなどとのコラボのおかげで、以前は「大手企業に勝ちたい」などと言っていた大塚は変わってしまった、とよく批判されるのですが、これは大きな誤解。そうした大企業のほうが、彼らに寄りかからない僕の変わらぬ姿勢を理解してくれている。だからこそ、僕の開発した商品が成功しているんだと思っています。

田中 「たった1杯で幸せになれるコーヒー屋」という場をつくるために工夫されていることはなんですか。

大塚 コーヒーがおいしいことはあたりまえ。大事なのはホスピタリティですね。
 日本人の素晴らしいところは、人の気持ちを察して、自己主張しすぎずに行動に移せる点です。たとえば、ホテルマンのようにカップを「正確な」位置に置けなくても、置き方がその場にふさわしければ、情緒や風情を含めてお客様に居心地のよさを与えられる。まずは、それをスタッフそれぞれが考えきって実行できるようになることが目標です。

田中 目の前のお客様に敏感になって、臨機応変に対応する。それは「おもてなし」そのものですね。

自分の甘さも見透かされた卒論指導

田中優子

田中 法政一中から一高と、生粋の法政育ち、俳優を目指されたのはこの時代ですね。

大塚 当時は中学に「演劇コンクール」という行事があって、僕は芝居が好きでもないのになぜか3年間かかわり(笑)、最後は自分で脚本を書いて上演した。そうしたら、先生をはじめ周りのみんなが俳優になれと。

田中 隠れた才能を発揮してしまったわけですか。

大塚 自分でも向いていると思うところがあり、同級生の母親が経営するプロダクションに入りました。それから本格的に演技の勉強、 マネージャーさんがとても厳しくて、生意気だった僕はいつもケンカしていましたが、今になってみるとそのころの言葉が見にしみます。そして、二十歳前に真剣勝負の仕事の「現場」、を経験させてもらったことは、分野の違う今の仕事にも確実に生きています。

田中 俳優は大塚さんにとって、確かに最初の大きな一歩だったわけですね。

大塚 ただ、東京生まれの僕にはハングリー精神が足りなくて、最後は「まあ、どっちでもいいか」と考えてしまう甘さがあった。やっとそこから卒業できたのは、俳優をあきらめ、自分で借金をして事業を立ち上げてからのことです。
 実は、大学のゼミでお世話になった哲学科の安孫子信教授は、卒論指導の開口一番、「大塚、お前は大学を辞めろ」と。そのときは驚きましたが、先生は僕の甘さを見抜いていらして、俳優を続けるつもりならきちんと決断しろということだったんですよね。

田中 なるほど。法政には、手取り足取り教えて学生を引っ張ろうとはせず、自分からやるように仕向ける教員が、圧倒的に多いんです。引っ張ってもらえない学生は、自分で考えて結果を出すことを迫られる。
 安孫子先生は私もよく存じ上げていますが、その典型だと思います。

大塚 僕はヤワだったので(笑)、卒論を書いて卒業する道を選びましたが、その過程でいただいた指導がまた素晴らしかった。
 いま、店のミッションステートメントとして、けっこう哲学的なことも書いているんですけど、そのベースになっているのはこのときの論文を書いた経験です。

大塚 朝之(おおつか ともゆき) 田中優子

信じること、ワクワクすることも法政で

田中 いまや、商売だからお金を稼げばいいというわけではなく、企業として何を目指すのかをはっきりさせ、それを人に伝えるミッション・ステートメントが求められている。猿田彦珈琲の場合、それはどんな内容なのでしょうか。

大塚 ミッションを遂行するにあたってサポートするためのワードのひとつとして、最初に掲げているのは「信じる」、むろんこれが一番難しい。
 コーヒーの世界では、スターバックスのような大手だけが勝ち残る構造ではなく、僕らのような中小の業者もやり方次第で対等以上に勝負でき、豆の生産者も公平に潤うような仕組みができあがっているんですが、これはコーヒーハンターのジョージ・ハウエルという個人の信念の力によるところが非常に大きい。

田中 いったん大きくなった企業が勝ち続け、いずれ硬直化して行き詰まる、その循環をどう乗り越えるか。現代のどの業界にも共通する課題ですが、コーヒーについては答を出した人がいるんですね。

大塚 ただもちろん、強く信じれば結果が出るという乱暴な話ではありません。その繊細で難しい部分を、法政の先生たちは中・高・大学と、自ら体現しつつ丁寧に教えてくださった。

田中 その言葉を教員に聞かせたいですね。
 心の奥ではそれが大事だと思っていても、たとえばとにかく英語力をつけるとか、他の教育の形があるんじゃないかと、ついよそに目を向けてしまう、そういう教員が多い のが実情ですから。

大塚 自分たちがワクワクし続け、お客様をわくわくさせ続けることも、うちのミッションなのですが、これも法政が源です。
 大学の卒業式で、「若い」を動詞にすると「湧く」になる、つまり新しいものが湧き出る状態が若さなのだという話を聞き、感動したんです。「ワクワク」も、たぶん語源は「湧く」ですよね
 実は母が、うちの会社を見てワクワクしてくれているらしい。俳優としてアカデミー賞をとって恩返ししようという野望は崩れ去りましたが(笑)、これでやっと両親に認めてもらえたかなという気がしています。

田中 今日は、だれにとっても素敵なメッセージをいただきました。ありがとうございました。

大塚 朝之(おおつか ともゆき) 田中優子


猿田彦珈琲株式会社 代表取締役
大塚 朝之(おおつか ともゆき)
1981年東京都生まれ。2004年3月文学部哲学科卒業。
15歳から俳優をしながらアルバイト生活を送り、25歳からは「炭火焙煎珈琲工房『南蛮屋』」下高井戸店で働き始める。半年後、コーヒーマイスターの資格を取得。2011年東京・恵比寿に「猿田彦珈琲」を開店。14年には大手飲料メーカーの缶コーヒーを監修。2015年2月、2号店となる「アトリエ仙川」をオープン。

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