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真に幸福な社会を目指す「ジェンダー経済学」
経済学的な政策提言により社会問題の解決を図る
経済学部経済学科 原伸子教授

金原 瑞人 撮影:岩永憲俊 原 伸子教授

マーケット化できない経済学

「介護や育児などの家事労働はどのくらいの価値を持つのか。ジェンダー経済学は、マーケット化できない経済学であり、社会活動の一つなのです」と話すのは、本学付置研究所・大原社会問題研究所の所長、原伸子経済学部教授。福祉国家と家族の視点からジェンダー経済学を見つめます。

ジェンダーとは男女の社会的「性差」のことで、この用語は、女性の社会や政治、経済面での地位向上と性差別をなくすことを求める「フェミニズム運動」から生まれたものです。ジェンダー経済学とは、男女の性差によって生じている社会問題を解消するために、その現象を経済学的な視点から直視し、理論化していくアプローチです。

家事は本当に女性の仕事?
国家福祉と生産性を比較して考える

経済学は従来、市場取引を対象としていました。しかし今、育児や介護などのケアの問題が、少子高齢化のもとで注目されています。なぜなら、ケア労働は「感情労働」の性格を持っており、貨幣価値に換算し、数値化することは難しいためです。家事の社会化によって、料理・掃除・洗濯などは市場化が可能ですが、ケア労働はコスト・ベネフィットの計算に合いません。となると、社会のうちの誰かが育児や介護をしなければならず、誰がそれを担うのかと考えたとき、男性は家の外で働き、家での育児や介護は女性が行う方が効率良く、女性の社会進出は経済的生産性が悪いと信じられてきました。しかし、それは事実でしょうか?

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日本と同じように家族主義の国ドイツでは、2007年から男性の育児休業(パパ・クォータ)制度と所得補償を大胆に取り入れた家族政策を導入しました。その結果、2006年までは、男性の育児休業取得率は5%だったのが、今は約30%にもなっています。公共政策の力で、「男性も育児を行う」というパラダイム転換に成功したのです。企業や社会が男性の育児に対する考えに柔軟になりました。そんなにも多くの男性が育児休暇を取ったら、経済が回らなくなるのでは、と考えるかもしれませんが、ドイツや、ドイツがお手本としたスウェーデンの国民一人あたりの労働生産性をみると日本よりも高い水準にあります。また、スウェーデンでは男女ともに、子どもが8歳になるまで、短時間労働を組み合わせて、480労働日(約1年10カ月に相当)の育児休暇をとることができるほか、休暇中の手当や復職できる権利の保障もされています。

では女性への家族政策はというと、日本ではシングルマザーは半数以上が貧困家庭ですが、北欧の家族政策は充実していて、2014年度の「母親にやさしい国」(※)の上位は、フィンランド(1位)、ノルウェー(2位)、スウェーデン(3位)と北欧が占めています。どの国も国民一人あたりの生産性も高い国ばかり。この事実は、男女間格差を是正することが生産性を向上させるということを証明しています。

個性的な作品が報告発表される「創作ゼミ」大原社会問題研究所が所蔵する3冊の『資本論』初版本のうち、マルクスのクーゲルマン宛の自筆の署名入りのもの。ハードカバーの表紙をめくると左側にマルクスの献辞と署名がある

ジェンダーは政策を、
政策は世界を変える

国や社会の仕組みによってもジェンダーのあり方はさまざまに違います。男女が真に平等で、生活者が幸福な社会を実現するには、国の政策にジェンダーの視点を取り入れていくことが必要です。既に世界の約50カ国以上で、ジェンダー予算という制度があります。この制度は、あらゆる予算の策定に女性が同席し、予算全般に対して女性視点のジェンダー理論を適用するという制度です。働く世代が健全なワーク・ライフ・バランスを保ちながら、安心して暮らせる福祉国家を実現するにはジェンダーの視点が必要なのです。

本学大学院経済学研究科でも2006年にジェンダー経済学の講義を設けました。経済学の「主流」ではありませんが、ワーク・ライフ・バランスなどの政策の背景には全て経済学の視点が使われています。経済理論は政策を、ひいては世界を変えてゆく力を持っているのです。

歴史は「今を考える方法」として重要

学生たちには、社会を生き抜くために必要な視点を身につけてほしいと考えています。経済的な政策は長期的な観点で考える必要があり、男女平等な社会による生産性の向上も短期的には考えられません。ですから、歴史的な視点で物事を見る目を養う必要があるのです。歴史は動かない対象ではなく、過去と現在をつなげ、ダイナミックに未来を考える方法にとって、とても重要です。

社会問題解決のための調査・研究を行う大原社会問題研究所

最後に原教授が所長を務める大原社会問題研究所についてご紹介します。研究所の名前にも冠されている大原孫三郎の「社会問題の解決にはその根本的な調査・研究が必要」という信念のもと、1919年に同研究所を設立。1949年に法政大学の付置研究所となりました。現在は多摩キャンパスに施設を置きながら、労働問題などを中心に、学内外や国外の研究者たちが研究プロジェクトを立ち上げ共同研究を行っています。また、日本各地にある大原関連の研究所や美術館などと大原ネットワークを構築。世界に100冊しか現存しないといわれている『資本論』の初版(マルクス著・自筆の署名入りを含む)3冊など、世界的に貴重な書籍を保存しています。

(※)子どもの貧困の国際組織「セーブ・チルドレン」が毎年「母の日」に公表するランキング。日本は32位。

経済学部経済学科 原 伸子(はら のぶこ)教授
1974年佐賀大学経済学部卒業。1980年九州大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1982年法政大学経済学部助教授、1989 年より現職。ソ連科学アカデミー東洋学研究所交換研究員、ベルリン自由大学政治学 部客員研究員、ケンブリッジ大学経済学部客員研究員・クレアホールフェロー(現在はラ イフメンバー)を兼務。2012年から大原社会問題研究所所長。
『福祉国家と家族』『市場とジェンダー』(ともに編著)『ジェンダーの政治経済学』(単著・近刊)などの著書がある

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