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高校生をも困らせる非正規労働者の問題
法学部法律学科 沼田 雅之 教授

研究の原点としての
外国人労働相談の相談員の経験

私は神奈川県が実施する外国人労働相談の専門相談員を委嘱されていたことがありました。通訳と専門相談員の二人一組で、外国人労働者が直面する労働問題に対応していました。対象言語がスペイン語なので、南米のスペイン語圏から来日された日系人が多く来所されました。日本は、単純労働力としての外国人の入国を認めていませんが、日系人であれば認められているからです。
来所される外国人労働者の相談内容は、大別すると三つの傾向がありました。
一つ目は、労働災害の多さです。それも、深刻なものが多くを占めていました。二つ目は、容易に失業することです。特に、リーマンショック後は顕著でした。このときには労働相談の開始時刻前から多数の相談者が列を作っており、予定時刻より早く相談をスタートさせて対応したものです。三つ目は、社会保険制度が適用されていないケースの多さです。外国人労働者であっても、雇用している会社は、日本人と同様に、雇用保険や健康保険、厚生年金といった社会保険に加入させなければなりません。しかし、来所される外国人労働者の多くは、これらの社会保険に未加入であることが多かったのです。社会保険の未加入による不利益は深刻です。労災保険に未加入の場合、労働災害に遭遇しても、満足な補償を受けられません。また雇用保険に加入していない場合には、失業すると直ちに生活上の困難に直面することになります。
言語の問題であるとか、外国人への偏見であるとか、ただでさえ弱い立場にあるこれら外国人労働者。それに拍車を掛けていたのが、外国人労働者のほとんどは非正規労働者という現実でした。
私の教育・研究の対象は、労働法や社会保障法といった「社会法」です。その中でも、非正規労働者問題に焦点を当てて研究を続けてきました。例えば、正規労働者と非正規労働者との処遇格差問題や、会社が社会保険の加入義務を尽くさなかった場合の責任の所在といった問題などです。これらの問題を教育・研究の対象としてきたのは、今思えば、外国人労働相談の相談員として向き合ってきた経験に、その原点があるのかもしれません。

「同一労働同一賃金」を
テーマにした出張講義

高校へ出張講義に出向くことがあります。そこで取り上げるテーマは、もちろん「社会法」です。高校生は、法学の知識がほとんどありません。しかし出張講義の水準は、決して簡単なものにしません。なぜなら、社会で起きているさまざまな問題は、容易に解決できるものではないからです。

ところで、2016年7月に某高校でおこなった出張講義では、「同一労働同一賃金」について取り上げました。今話題の政策テーマです。
最初に、ケース1Aさん(男性)とBさん(男性)が登場する場面設定をしました。2人は、共に同じ職場で働き、同じ業務に従事しています。しかし、時給は1100円と950円で異なります。ここで、参加した高校生に対して、「この給料の差異は、納得できる?」と尋ねました。4人ぐらいのグループで討議をしてもらい、結論と理由を述べてもらいました。全てのグループが「問題ない」と結論付けました。この辺りでは参加していた高校生も元気でした。

次に、ケース2Aさん(男性)とCさん(女性)の比較問題です。やはり2人は、共に同じ職場で働き、同じ業務に従事しています。しかし、時給は1100円と950円で異なります。もちろん、「この給料の差異は、納得できる?」と尋ねます。すると、1グループを除いた全てのグループが「納得できない」としました。その理由を尋ねると、なかなか言葉にできません。言いたいことを言葉にすること、ましてやそれを説得力ある論理的なものとすることは、大変難しいことです。高校生には、「そうやって悩むことが法学なんだよ」とした上で、「『性』というのは、自分の努力では変えることができない事柄です。それを理由に別異な取扱いをすることを、不合理な差別といいます」と説明しました。

これでは終わりません。再度、ケース3Aさん(男性)とCさん(女性)の比較問題です。2人は、共に同じ職場で働いていますが、雇用形態が異なります。Aさんは正社員でCさんはアルバイト。しかし、2人の業務内容は同じです。ただし、給与形態は異なり、Aさんは月給制で月額28万円に対し、Cさんは時給制で、どんなに働いても月額15万円ぐらいにしかなりません。
高校生は困ってしまいます。なかなかグループの結論も出せません。そこで、「これらの雇用形態は、労働者自らが選択できますよね?性差別の問題とは異なりませんか?」とヒントを与えます。当然、給料の差異を肯定する方向で議論がまとまりかけました。間髪を入れず「少し考えて下さい。本当に、雇用形態は自由意思で選択できるでしょうか?」と言って、女性労働者には非正規雇用が多いこと、そして不本意非正規の話をしました。
「不本意非正規とは、正規雇用として雇用されたいけれど、希望どおりにならないので当面非正規労働者として働いていることをいいます」。ちなみに、高校生は再度固まりました。
畳み掛けるように、ケース4ケース3をベースとして、AさんとCさんの業務はほとんど同じだけれど、Aさんはアルバイトの管理などの管理業務が加わっているという場面を設定しました。この段階で、高校生には明らかに疲労が見られます。そこで「この問題をもっと考えてみたいなと思ったら、ぜひ法政大学に入学してください!」と言って締めました。高校生は、ほっとした表情を見せました。

高校生をも困らせる
非正規労働者問題の深刻さと困難さ

正規労働者と非正規労働者との処遇格差問題は、高校生にとってはとても難しい問題です。人権・基本権のことも理解していませんし、あるべき政策論も十分には語れません。この問題は、学生にとっては大学の在学期間を通して考えるだけの価値のある問題です。それは私にとっても研究を続けるだけの価値のある大問題でもあるのです。


法学部法律学科 沼田 雅之 教授
Masayuki Numata
専門は労働法および社会保障法。1970年東京都生まれ。1994年中央大学法学部法律学科卒業。1997年法政大学大学院社会科学研究科法律学専攻修士課程修了、2000年同博士課程単位取得満期退学。2010年大阪経済法科大学法学部法律学科准教授。2016年4月より現職。最近の著書:共著として『労働者派遣と法』(日本評論社、2013年)、『ニューレクチャー労働法(第2版)』(成文堂、2016年)、『基礎から学ぶ 労働法I(I 第2版)』(エイデル研究所、2016年)。最近の論文:「労契法20条:不合理な労働条件の禁止」労働法律旬報1815号(2014年)60ページ以下、「事業主の届出義務懈怠の私法上の責任と過失相殺:労働者の確認請求不行使を中心にして」賃金と社会保障1645号(2015年)4ページ以下、「公契約規整の到達点と社会的価値実現の可能性」法学志林(法政大学)113巻3号(2016年)47ページ以下。

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