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情報を分析し現実を考える
“データリテラシー”は
これからの社会に必須の教養

フォト上西充子さん

情報を鵜呑みにせず、出典をたどる

田中 本日は、働き方改革関連法案における「裁量労働制の拡大」の問題点を指摘する意見陳述を国会で行い、多くのメディアにも登場された本学キャリアデザイン学部教授の上西充子先生をお迎えしました。ニュースでも度々取り上げられましたが、政府側の答弁に使用されたデータが適切ではないというご指摘でしたね。

上西 データの元をたどったらおかしかったんです。自分なりに見えてきたことを文章化して長妻昭議員(立憲民主党)に見せたところ、厚生労働省へのヒアリングに同行することを依頼されました。そこで、聞きたいことを箇条書きにして担当者に疑問をぶつけ、やりとりするなかで真相が見えてきた。結果的に「裁量労働制の拡大」の撤回につながりました。

田中 「裁量労働制の拡大」は長時間労働を助長するという指摘が多いなか、やはりあのデータには無理がありました。

上西 比べてはいけないものを比べていました。「何か良いデータはないか」と聞かれても、厚生労働省は「ご要望にはお応えできません」と言えばよかったのに、それができなかった。

田中 日本の官僚は優秀と言われていますが、何のための優秀さかと思うと残念です。

上西 労働法制に関しては、厚生労働省の中だけでは決められない構造もありました。議事録も公開されない産業競争力会議や規制改革会議により官邸主導で決められてしまって、閣議決定により方向性が決められたあとで厚生労働省におろされてくる、そういう仕組みを考えなおす必要があると思います。
 何かを決める際には公開性が大事です。今回私たちが問題点を指摘することができたのは、調査結果も労働政策審議会の議事録も公開されていたからです。もしも密室で行われていたら真相がわからなかった。実際は、官邸主導で行われる政策はクローズドの場合が多い。官僚がおかしな方向に引きずられないためには、公開性を確保し、ジャーナリズムが役割を果たすことが重要です。我々国民も「公正さ」を支えなくてはいけない。そのためには、情報を鵜呑みにせず、出典をたどることが大切だと思います。

田中 上西先生はデータの専門家としての訓練はどのように受けられたのでしょうか。

上西 2003年のキャリアデザイン学部創設以前は、厚生労働省の調査研究機関である労働政策研究・研修機構で実際に調査に携わっていました。今回もこの経験が大変役に立ちました。

田中 若い頃から調査やデータに関心を持っていらしたのですか。

上西 実は教育に関心があり、東京大学の教育学部に入りました。中学の頃に感じた「何で学校の先生の言うことを聞かなければならないんだろう?」という問題意識から自分なりに教育を考えたいと思ったのですが、大学の教育学は現実に即していないと感じました。そこで、経済学部への編入を決意。それからは、教育と経済、社会政策の境界領域に問題意識を持ち続けています。

甘く見られない人間にならないといけない

田中 情報を鵜呑みにせず、出典をたどる。この姿勢は教育現場でもとても大事です。文学であれ、歴史であれ、出典をたどるのは基本中の基本ですよね。

上西 私も常々学生に「コピペはだめよ」と言っています。単に情報を引き写したのでは勉強にはなりません。調査の現物を見たり、確かな情報と確かでない情報を見比べたりするなかで、自分なりのものの見方をつくっていけるように指導しています。キャリアデザイン学部では1年生の後期に調査の基礎を必修で学び、2年生では質的調査と量的調査が選択必修になっています。調査というものは使いようで、人をだますことも簡単にできてしまう。社会に出てそういうものにだまされないようにするために、調査に関する知識は大学生にとってすごく重要なリテラシーだと思います。

田中 今までは情報リテラシーという言葉はよく使われてきましたが、データリテラシーというのはあまり一般的ではなかったと思います。現実には、新聞記事1つ取っても背後にはいろいろなデータがある。私もインターネットからデータを持ってきたりしていますが、よく考えて見れば怖いことですよね。

上西 「この項目が一番割合が高かった」といっても、誰に対してどういう聞き方で聞いているのかで結果は大きく変わってきます。例えば、「就職活動の際に何を重視しましたか?」という問いで「仕事の内容」「やりがい」などが上位に挙げられたりしますが、そもそもの選択肢に「労働条件」がなかったりすることもあるわけです。選択肢が違っていたら結果も違ったものになる。

田中 選択肢にないものを考えるという訓練も必要かもしれません。

上西 その通りです。特に就職活動の際にはその感覚が重要です。就職活動では自己分析、企業分析、業界分析、エントリーシート対策、面接対策をやるようにと言われていますが、そこで見落とされているのが、募集要項で労働条件を確認することです。学生はアルバイトの時は時給、シフトなどを確認するのに、就活では労働条件を吟味しない。私たちも見方を教えていない。そこで、「募集要項の見方」というページを、法政の就活生に配付する就活手帳に昨年度から入れてもらうことにしました。また、共著で『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』という本を出しました。
 就職支援の業者は学生の支援をするけれども、結局は企業が顧客。企業にとってあまり開示したくない労働条件に関わることに学生の目を向けさせたくない。例えば、労働条件の中に初任給25万円とあっても残業代込みということがあります。これは固定残業代制といって必ずしも違法ではないのですが、初任給の中の残業代はいくらで何時間分なのかは明記していないといけません。しかし、そんなこと学生は知りません。初任給が高い会社だと思って最終面接までいったところで「残業代は入っているけれど、いいよね?」と言われたら、「はい」と答えてしまう。そうならないように、大学としてのキャリア支援は、人材ビジネスが教えないこともしっかり伝えていかなくてはならないと思います。

田中 そこまでは意識が及びませんでした。大事なことですね。

上西 アルバイトに関しても、今年度は、大学の教育支援課でアルバイトの労働条件の確認やトラブル対処のための保護者向けビデオを作成する予定です。特に学習塾でのアルバイトなどは休めない、辞められないと問題になっていますが、事前に就活中やテスト前は休むことなど要望をきちんと伝え、そのうえで労働条件の合意をして初めて労働契約が成立するものです。そこを知らないと、学生はいいように使われてしまう。

田中 今は人手不足だから要望は受け入れてもらえそうな気もしますが、知らないと甘く見られてしまうんですね。甘く見られない人間にならないといけない。

適応と抵抗の両方が必要

上西 私は法政大学憲章にある「自由を生き抜く実践知」という言葉がとても好きです。知識と行動力と気概があって初めて、人に支配されないで自分が生きたいように生きることができるということですよね。そのためにはアルバイトもいいけれども、学びの時間が必要。学びのなかから、きちんと情報を分析して、自分の意見を表現できるようになってほしい。きちんとしたインプットとアウトプットの両方が必要です。そういう基礎さえあれば、社会に出てからもいくらでも応用が利きます。

田中 私の考える能動的な学びもそういうイメージです。データを押さえて、見えてくる現実についても想像がおよばなくてはいけない。考えてみると、データを読むためには、あらゆる能力が求められますよね。
 近年、データジャーナリズムという言葉が出てきました。全世界のジャーナリスト達が文章を含めたあらゆるデータを集め分析しながら論理的に整合性をつくっていくことを指しますが、これからの時代は皆がそういうことをできるようにならないと生き抜いていけません。基礎的なデータリテラシーは学部に関係なく必須の教養だと強く思いました。

上西 そうですね。統計学までいかなくていいので、基本的な図表の見方とか、アンケート調査の実施方法などについては知っておいてほしい。たとえば、都心で聞いたか地方で聞いたかで結果は変わってくるといった常識的な感覚を身につけることが必要です。世の中にたくさんのデータがあふれているなか、信頼ができる情報を見分ける目をもってほしいですね。

田中 今回の件でデータは生活に直結すると、痛感しました。

上西 卒業後、職場の労働環境に疑問をもったら、我慢して従うのではなく、企業の中から仕組みを変えていける人材になってほしいと思っています。社会に役立つ人間になると同時に、社会がおかしな方向に行ったら自分から変えていける人間になってほしい。未来を生き抜くには、こうした適応と抵抗の両方が必要だと考えています。

田中 本日はありがとうございました。


法政大学キャリアデザイン学部教授 上西 充子(うえにし みつこ)
1965年奈良県生まれ。東京大学教育学部卒業後、同経済学部に学士入学し卒業。同大学院経済学研究科第二種博士課程満期退学。特殊法人日本労働研究機構(現在は独立行政法人労働政策研究・研修機構)に入職し、研究員として企業での職業能力開発や公共職業訓練、フリーター問題などに関する調査研究に従事。2003年キャリアデザイン学部設立に伴い、同学部の専任講師、2013年よりキャリアデザイン学部教授に就任、現在に至る。大学院キャリアデザイン学研究科の授業も担当。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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