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「マスコミで活躍したい!」
学生の夢を30年支援してきた
法政大学教職員と卒業生の絆と情熱

フォト稲増龍夫さん

自主性を尊重しながら将来につなげる

田中 今回は、法政大学で第1回「自由を生き抜く実践知大賞」にて「大賞」を授与させていただいた「自主マスコミ講座(以下、自主マス)」を開設し、長年サポートされている稲増龍夫先生にいらしていただきました。まず、この「自由を生き抜く実践知大賞」について簡単にご紹介させていただきます。
 法政大学の大学憲章として「自由を生き抜く実践知」を制定しましたが、「実践知ってどういうことですか?」という声が寄せられるなど具体的にわかりにくいという声があったんです。既に多くの方が大学の中で様々な実践知をもって、教育や学習や仕事をされている。そこで、そういう方たちの実現の過程を具体的な形でお知らせするとわかりやすいとのではないかと考え、この賞を創りました。
 1988年の開設以来、30年もの間、稲増先生と職員の方が自主的にマスコミへの就職を希望する学生のサポートに全力で尽くし、大きな成果を上げられてこられました。大学の単位とは関係のない自由な形で講座を開き、学生の自主性を尊重しながら、彼らの将来につなげていこうという理想があることは外からも見えていました。マスコミ業界で活躍している卒業生をはじめとする様々な立場の方たちがボランティアで参加し、自由で意義のある場を創っています。まさに、「自由を生き抜く実践知」ここにありという取り組みで、第1回の大賞受賞者にふさわしいと考えています。

稲増 ありがとうございます。開設して30年もたったのかと思うと感慨深いものがあります。実は他の大学からも、この自主マスのシステムを取り入れたいと見学にいらっしゃる方が多いのですが、実際に見ると「うちの大学では絶対に無理だ」と言われることが多い。やはり、法政大学ならではの人と人とのつながりの蓄積があって初めて可能な実践だと痛感しています。

田中 最初はどのような形でスタートされたのですか。

稲増 私が大学に来て4年目の時に、どちらかといえばサークルに近いところから始まりました。当時マスコミをめざす学生は増えていたのですが、特別な支援体制等はなく苦戦していました。私も社会学部でメディアについて教えていることもあり、なんとか彼らを応援できないかと考えていたところ、たまたまテレビ朝日のアナウンサーの保坂正紀さんが職員の勝又さん(現自主マス事務局長)に「希望があれば教えにいく」と声を掛けてくださった。早速、受け皿のようなものを作り、学内でチラシをばらまいて行ったのが最初の講座でした。

法政大学のブランド力にもつながった

田中 1988年と言えば、ちょうどバブルの頃ですよね。

稲増 そうなんです。多くの業界は売り手市場でしたし、当時はマスコミに強くない法政大学から敢えてアナウンサーをめざすなんて現実的ではなかったのか、学生たちも半信半疑という雰囲気でした。ところが、それまで年に1人、2人しかアナウンサーが出てなかったのが、初年度に6人のアナウンサーが出た。さらに、次年度は12人でトップの早稲田大学と並び、小島奈津子さんがフジテレビに入って活躍したことで、一気に注目されるようになりました。現在も10年連続でキー局にアナウンサーを輩出しています。

田中 講座はどんな雰囲気ですか。

稲増 毎週土曜日の午後にアナウンサー、新聞・報道記者、出版、放送、広告などの分野別で講座を開いています。学生には、必ずリクルートスタイルで受講させ、一番前から座らなければ帰らされるなど、意欲を持つ人だけが集まって切磋琢磨しようという雰囲気です。また、挨拶などの礼儀作法も厳しく教えました。「挨拶がきちんとできていれば、良い仕事と巡り合う可能性が高まる。だったら何でしないの?」と、社会人としてきちんと評価される大切さを説きました。
 マスコミ就職は何か対策をやったから受かるというものでもない。型にはめた規格品を作るのではなく、学生の自発的モチベーションを促し、入社してから活躍できる人材に育ってほしいという思いで指導してきました。

田中 何よりも自主マスの講座出身者の方からのサポートが大きいですよね。

稲増 その通りです。現在、講師の7割が講座出身者。自分たちを育ててもらった恩返しをしたいというやりがいと情熱を持って支援してくれています。

田中 注目される一方で、「大学は就職予備校ではない」などといった、風当たりも強かったとか。

稲増 大学から補助金は一切受け取らず、教員も職員もボランティアでやっていましたが、場所や学生の募集、情報網といったインフラは法政大学の看板も使わせていただいていましたからね。私自身は、自分の研究領域と一致していましたし、情報リテラシーを持った若者と接することでフィールドワークに生かせる部分もありました。むしろ職員の方は、風当たりはあったと思います。

田中 法政大学のブランド力にもつながりました。

稲増 おかげさまで、高校生や受験生、予備校にも広く知られるようになり、「自主マスコミ講座があるから法政大学を志望した」と言われるようになりました。ありがたい限りです。

組織ではないからこそうまくいった

田中 もしも「自主マスコミ講座」が大学内の組織だったら、ここまで自由にはできなかったはずです。

稲増 おっしゃる通り、組織じゃないからうまくいった部分は大きい。毎回の講座も、事前に完璧なプログラムができているわけではなく、朝思いついたことを試しにやることもありますし、講座生の評判が悪かったら、すぐにやめます。よくも悪くも柔軟性があるというか、その日の講師の得意分野を尊重して「外に出て秋をテーマに取材をして番組を作る」や「話題の人物に模擬記者会見をやる」などといったこともしています。そして、就活直前になれば、みんなでESを添削しあったり、面接練習をしたりします。適切な情報交換をしながら、お互いに励ましあって支えていく仲間と親身にアドバイスをくれる先輩の存在。これこそが自主マスの最大の宝ですし、さらには、卒業後に中途採用の道を考える際にも卒業生のネットワークに助けられています。

田中 稲増先生や職員の方が定年退職された後のことが心配です。

稲増 マスコミに就職した法政大学卒業生の団体「マスコミオレンジ会」は、メンバーの半分以上が自主マス出身者です。将来は、そこを母体に運営してもらおうと思っています。

田中 ジャーナリズムやメディアの世界は、どんどん変わっています。

稲増 新しいメディアに興味のある子たちで自主的に勉強会を開くなどの対応はしていますが、まだまだ難しい部分もあり、自主マスも過渡期にあると感じています。ただ、メディアが変わろうが、文章、映像などのコンテンツの重要性は増大していきますし、であれば、制作能力は必要だし、とりあえずは既存のマスコミで経験を積むことは有意義だと思っています。

田中 自主マスの取り組みは、学生の将来に必要な能力をどうやって育てるのかという重要なものを残してくださったと同時に、大きな教育組織ではできない教育があることも示唆されました。他の大学関係者にも良い刺激となり、新たな動きにつながって欲しいと思っています。

稲増 マスコミ就職以外にも、海外ボランティアや弁護士など、学生がめざす進路にふさわしい多様な組織が自主的にできあがり、その自由な活動を大学がエンカレッジする仕組みがあればいいなと思います。

田中 そういう形になれば理想です。私は江戸時代の研究をしていますが、自主マスの取り組みは、私塾や寺子屋のあり方と共通する部分が大きいと感じました。家の仕事をそのまま継ぐことが多かった江戸時代には自由がなかったかというと決してそうではなく、身分を離れて一緒に学ぶ私塾などの教育現場にはある種の自由がありました。そこでは、まず素読(そどく)といって「論語」などの書物を、声を出して読んで覚える段階があり、次に覚えた言葉について講義を受ける段階、最後に会読(かいどく)といって議論をする段階がある。ここでは、身分や年齢に関係なく完全に自由、平等の立場でお互いに激しい議論を戦わせますが、そのなかで人が育つんです。社会のしがらみから外れた場所で、立身出世とは関係なく学びたいから学ぶ。そこではそれぞれが「自由」を獲得していたと思うんです。
 今回、稲増先生からお話を伺い、教育組織のなかでこうした空間の必要性を改めて感じました。本日はありがとうございました。

稲増 ありがとうございました。


法政大学社会学部教授 稲増 龍夫(いなます たつお)
1952年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒、東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。1993年より法政大学社会学部教授。専門は社会心理学、特にメディア文化論、ポストモダン社会論、現代若者論などが主たるフィールド。研究のみならず、番組企画、商品開発、マーケティングのプロジェクトにも多数参加。 著書には『パンドラのメディア—テレビは時代をどう変えたのか』(筑摩書房)、『アイドル工学』(筑摩書房)、『フリッパーズ・テレビ—TV文化の近未来形』(筑摩書房)、『就活は最強の教育プログラムである』(中央公論新社)など多数。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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