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NIC代表 廣田和子
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NIC廣田代表が語る、海外の大学で学ぶ意義。

「日本と欧米の学びの違い」

今回は、NICでの学びの基本となるCritical Thinking(CT:分析的思考)についてお話したいと思います。

NICでは入学と同時に、それまでの日本の教育方法とはまったく異なる欧米スタイルの表現の学びが始まります。それがCTを土台とした「常にWhy?という問いかけから始まる学び」です。これは日本ではほとんど重要視されてこなかったものです。

なぜ日本では重要視されてこなかったのか?
と考えてみると、まず思い浮かぶのが開国後に堰を切ったように流入してきた欧米の学問をとにかく吸収するために、大量の文献を翻訳し習得していくことに重きが置かれてきたことが挙げられます。ただ、それ以上に大事なポイントだと思うのは、日本の文化的な背景からくる学びの形です。

日本の文化には、茶道、武道、書道など、無心にゼロになり、頭ではなく身体で感じる、体得するという道の文化、心、精神の文化があります。職人の世界でも、わからなければ道具に聞けというように、身体で覚えるという哲学が、日本文化に流れているように思われます。欧米の学問は、紀元前400年前のソクラテスの哲学から始まったように、つねに、自己探求、真理探究、社会の真理探究につながっています。わからなければ、とことん論理的に考え抜いて表現していく。そう考えると、私たちの文化と欧米の文化は両極端のところがあります。
各々の文化の中だけで生きていくのであれば、他方の文化を気に留める必要はないかもしれません。でも、これだけグローバル化が進んだ世界で、各国とコミュニケーションを取っていくためには、日本文化の中だけに閉じこもっているわけにはいきません。日本の文化も大切にしつつ、欧米の文化もしっかりと取り込んでいくことが求められます。

そこでみなさんに考えていただきたいのが、むかしから伝わる「守破離」という、物事を習得する上での段階を三つに分けた言葉です。私も長いあいだ茶道を学んでいますが、「守」とは、師匠の教えを正確かつ忠実に守り、基本の作法、礼法、技法を身に付けること。「破」とは、その身に付けた技や形をさらに洗練させ、自分なりの個性を加えること。そして「離」とは、そのもともとの形にとらわれることなく、自らの新しい独自の道を確立させることです。これを学びに当てはめてみると、日本における学びとは「守」の段階で、欧米の学問をただひたすら習得することでとどまっていたと解釈することもできます。もちろん日本の戦後の繁栄は、欧米から良い部分を学び、そこに日本独自の改良を加えて、さらに良いものにして、世界から称賛されるモノを輸出していった経緯がありますから、そこではしっかりと「破」「離」の段階へと進んではいます。でもそれは「学び」の現場でのことではありません。

NICでは、学びの中で「守」にとどまることなく、「破」から「離」へと前進していくためには欠かせないものとしてCTを土台としています。常にWhy?と問いかけていくことで初めて、学びの中に独自の思考が生まれ、そこから創造的な知性へと進化していくのです。

これまで日本で学んできた学生が、欧米スタイルの学びの中に入っていく。そこでは、意識しなくても、文化の違いにぶつかります。そこで日本の文化を良く再認識し、そして欧米の文化の深さも知ることで、はじめてinternationalということが言えます。Internationalという言葉自体、自分は何者か、というものを踏まえて、他の国々のひとや文化を理解しあうという意味があります。真のinternationalな人間創造。文化の違う学びの中でNICが学生に求めているものの本質がそこにあります。

Archive

第1回
「心から声を出して!」
第2回
「日本と欧米の学びの違い」
第3回
「死ぬほど勉強すること」
第4回
「外に出ないと見えてこない「日本」」
第5回
NICで「勉強細胞」をONに!
第6回
目的を持つことの大切さ
第7回
自己を高めるために必須な国際経験
第8回
日本を好きになること。

NIC代表である廣田和子が留学を志す方々に向けて、海外で学ぶことで得られる貴重な経験や出会いについて、その熱い思いを毎月1回更新で掲載いたします。

NIC International College in Japan