國母和宏(こくぼ・かずひろ) 1988年8月16日北海道石狩市生まれ、17歳。162cm。登別大谷高校在校中。16歳だった昨シーズン、タンダダーレン大会で史上最年少表彰台となる3位に入賞。ワールドカップ・ハーフパイプ総合3位と日本の男子選手最高位を記録。今シーズンもすでにワールドカップで2勝をあげている。
スキー/スノーボード 男子ハーフパイプ・國母和宏選手
今シーズン3戦目のワールドカップ・サースフェー大会(10/21・スイス)で優勝し、トリノ冬季オリンピック内定選手となった國母和宏選手に、スノーボードを始めたキッカケから普段の練習時の様子、今の心境やトリノ冬季オリンピックに向けての抱負を聞いた。
――先日、W杯で初優勝した國母選手は、17歳の現役高校生です。先輩の中井孝治選手らと「七人の侍」というチームを組んでいます。結成のいきさつを教えてください。
「真駒内にパイプのコースがあって、そこでずっと10年近く滑っていました。そのうち、年の近い連中みんなでつるむようになって、ここ3、4年ぐらいでチームを作るかという話になって、自然にできました」
――國母選手がそもそも真駒内でスノーボードを始めたのは何歳ごろからですか。
「真駒内で練習を始めたのは6年前ぐらいで、その前にもっと家から近いところで、みんなとは知り合っていました」
――それから、もう10年以上の付き合いになるのですね。先輩とは、あの技のコツを教えてくれとか教えてやるぜとか、おまえのスノボはダメだなとか、部活動のような関係性はあるのですか。
「ありますね。ほぼけなし合いです。(笑)ほめるのは本当に10回に1回ぐらいで、あとの9回はけなしていますね。例えば滑り方のクセだとか、昔から知っているので『ここは昔と変わっていないな』とか、新しい技を練習している時には『ダメだなあ』とかいろいろです」
――逆にけなされる時はどんなけなされ方をしますか。
「ダサい滑りをした時です。でも、僕はけなされてもあまり気にしないですね。教えられる時も、悪いことを言われる時も、人の意見はまったく聞きません」
――来年開催されるトリノ冬季オリンピックでの活躍が期待されています。そんな國母選手にとって、オリンピックとはどんな存在でしょうか。
「日本の大会だとテレビやニュースで親戚の方などに見てもらえますが、海外の大会ではW杯でもあまり見てもらえません。それがオリンピックになると、おばあちゃんから遠い親戚まで、ふだん見てもらえない部分を見てもらえる、そんな大会ですね」
――そういう意味では決めたい、出たいという気持ちが強かったのですね。オリンピックではどうしたいという目標や希望はありますか。
「出るだけでは満足できないし、結果が出ないとそれなりに悔しいと思うので、やはりメダルはねらっていきたいです」
――座右の銘といいますか、何か好きな言葉はありますか。
「特にはないのですが、滑ってスランプの時など、『できないことはない』『やればできる』、そういうことは常に思っています」
――できないとあきらめてしまう人もたくさんいると思いますが、やればできるとなぜ思えるのでしょうか。
「どこからその自信が来ているのか自分でもわかりませんが、いつもそう思っています。将来の夢はスノーボードを続けて、それで生活ができるようになっていきたいですね」
(JOC企画スポーツラジオ番組「MY OLYMPIC」より抜粋)

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JOC企画スポーツラジオ番組「 MY OLYMPIC」。 |
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