インタビュー02

今の自分を作ったのは
なりたいものへの強い憧れ。

鶴巻 崇さん(建築家・イギリス在住)

世界を舞台に活躍する人材を育てる東洋大学。日本を飛び立ったその卒業生たちは、今どんな舞台に立っているのだろうか。ここでは、海外で働く卒業生たちのインタビューを連載。国境を越えて活躍する彼らの軌跡や思いを追うとともに、後輩へのメッセージも紹介する。

「クリエイティブ」を追い求めてロンドンへ

ガーデンブリッジ完成予想図(南岸からの全景)

 今、私はロンドンの建築設計事務所でデザインや設計の仕事をしています。メインプロジェクトとして取り組んでいるのは、新しくテームズ川に架かる「ガーデン・ブリッジ」の実施設計。これは橋の上に樹木が生い茂る庭を作るという世界初の試みで、ロンドンでも大きな話題になっています。前例のないデザインで、建築物として完成させるのはかなり難易度が高いですが、私は大学を出た当初からこうした独創的なものに憧れ続けてきました。

 日本の建設会社を辞めてロンドンに渡ったのも、もっと革新的なデザインに取り組みたいという理由からです。当時、私は30代半ばで結婚もしていたのですが、先の保証もないのに「とにかく行こう!」と(笑)。ロンドンで建築関係の大学を出て、最初に入ったデザイン事務所を基点に一からキャリアを積み直しました。苦労しながらも、先進的なデザインの建築物に関わったりアーティストとして活動したりと、憧れてきたことが一つずつ現実になり、今は本当に楽しいです。

きっかけは大学時代のゼミとヨーロッパ旅行

ガーデンブリッジ完成予想図(近景)

 振り返ってみれば、今の私が建築デザインの世界にいるのは、大学時代にゼミの担当教授だった内田祥士先生(現・東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授)のおかげです。当時、私は少林寺拳法部に所属していて、当初はあまり設計課題に力を注いでいなかったのですが、先生から建築の思想やその奥深さを学んだことで「建築への取り組みは生涯をかけるに値する」と思うようになりました。博識なのはもちろん、抽象的な概念を言葉で表すのも巧みで……今でも、あの講義を受けに大学に戻りたいぐらいです。

 大学時代と言えば、4年生のときに行ったヨーロッパ旅行も大きなきっかけになりました。バックパッカーのような形でスペインから入ってノルウェーまで北上し、ヨーロッパの国々はなんて面白いんだろうと。それまで外国にまったく興味がなかった私が、なぜか「ここだ!」と思ったんですね。ここに戻って来なきゃという思いが、のちにロンドンに渡る選択につながりました。学生時代のこの二つの経験がなければ、今の私もなかったでしょう。

将来はここで得たものを日本社会に

 ここロンドンは人種のるつぼで、 専門職にも外国籍の人がたくさんいます。今の事務所にも外国籍の人が多数在籍しており、多様性があって楽しい半面、それぞれ文化も性格も違うので対応の仕方に悩むことも少なからずあります。結局は、日本人としてではなく、自分個人として正しいスタンスや態度をとることが大事ですね。自分らしさを中心に据えながら、人に合わせて柔軟に対応していく……正解がなく難しいことですが、これが多様な国の人と仕事をする上での秘訣かなと思います。

 また、以前の事務所では、ヨーロッパを始め北米、南米、中東、中国、東南アジアのプロジェクトに関わり、様々な国々の慣習に接しました。また アップル新本社の設計で働くことで、グローバル企業の精神にも学ぶ機会を得ることができました。これらは、今後、様々な文化の中で仕事をして行く 上でとても大切な糧になると思います。

 私は大学時代に建築とヨーロッパに魅了され、クリエイティブなデザインを追い求めてここまで進んできました。今後の夢は、ここで得たものを日本に持ち帰って、日本社会に何かしら還元できるような建築を実現することです。学生の皆さんも、ぜひ自分がなりたいと思うものへの憧れを強く持ってください。例え途中で目的から少しずれても、突き詰めてやっていけば後で必ず武器になります。時間をかけて、好きなものをとことん追求してください。

ヘザウィック・スタジオ シニアデザイナー
鶴巻 崇(つるまき・たかし)
1970年生まれ、千葉県出身。1995年、東洋大学工学部建築学科卒業。日本で建設会社の設計部に勤務したのち、ロンドン大学バートレット建築校にて修士課程を修了。ロンドンのデザイン事務所、設計事務所などを経て、現在は建築設計事務所「ヘザウィック・スタジオ」でシニアデザイナーを務める。主な参加プロジェクトに、インペリアル・カレッジ校舎(ロンドン)、アップル本社(カリフォルニア)、シェイク・ザイード国立博物館(アブダビ)など。