インタビュー03

夢の実現に向けて
失敗を恐れずに行動を。

ボビー ビモリさん(旅行業 ネパール在住)

世界を舞台に活躍する人材を育てる東洋大学。日本を飛び立ったその卒業生たちは、今どんな舞台に立っているのだろうか。ここでは、海外で働く卒業生たちのインタビューを連載。国境を越えて活躍する彼らの軌跡や思いを追うとともに、後輩へのメッセージも紹介する。

カトマンズに旅行会社の支店をオープン

 私はもともとネパールの出身で、留学生として来日し、そのまま日本の旅行会社に就職しました。日本国内で長く勤務した後、ネパールの首都カトマンズに支店を作るために帰国しました。帰国後は一から支店を作り上げたのですが、ネパール人はのんびりした人が多いので開店作業がなかなか進まなくて(笑)。作業員を説得したり自分でペンキを塗ったりと、何かと大変でした。今の私の仕事は、マーケティング、営業、商品企画、販売、日本人観光客へのサポートサービスなど。忙しい毎日ですが、旅行業務すべてを一貫して手がけられるので大きなやりがいを感じています。

 日本に興味を持ったきっかけは、ネパールで日本製品が人気だったこと、連続ドラマ『おしん』が流行っていたことです。高い技術力と『おしん』のような文化が共存するところに惹かれて、いつか日本に行きたいと思い日本語の勉強を始めました。願いがかなったのは25歳のとき。最初は日本語学校を卒業したら帰るつもりだったのが、夢中で勉強し働いているうちに、気づけば18年が経っていました。

日本で学んだことをネパールに還元したい

東、西、南の三方をインドに、北方を中国チベット自治区に接するネパール連邦民主共和国。
ヒマラヤ登山の玄関口として、毎年多くの観光客が訪れる。

 将来はネパールの地域発展に貢献したいという考えから、東洋大学の国際地域学科で学びました。大学在学当時、新聞の取材に「10年後には日本の会社をネパールに持って帰りたい」と答えたのを覚えています。その夢をかなえるためにも、卒業後はどうしても旅行会社に就職したかった。観光はネパールを代表する産業の一つですから、必ず地域発展に役立つはずだと思ったんです。あれから13年、周囲のおかげでついに支店を開くことができました。

 最初に会社から支店開設を打診されたときは、嬉しくて本当に夢のようでした。でも日本は自由と平和の国で、治安がよく生活も便利、加えて周囲はいい人ばかり。住み続けたい気持ちもありましたが、日本で学んだことをネパールに還元するのが自分の役目ではないかと思い直しました。約束や時間を守る、言ったことはやる、自分から行動する……今は、日本の人々から学んだこうした姿勢を支店のスタッフや地域の人々に伝えています。今後はネパールの観光産業全体へ広げていきたいですね。

海外を経験し、多くのことを吸収して

 もう一つ伝えたいのは、皆で力を合わせることの大切さ。日本では、住民が協力して地域を掃除したり、皆で政治に意見したりしています。東日本大震災では、被災された人々の少ない食糧を進んで分け合う姿を見て、その優しさに心を打たれました。日本のように皆で力を合わせ助け合うという姿勢を学ぶことができればネパールも、今よりも良い地域、良い国にしていけるはずです。

 今後の目標は、日本で学んだ姿勢を普及させること、やはり地震の多いネパールに日本流の災害対策を普及させること、立ち上げた支店を成長させること、そして日本とネパールの学生交流に貢献することです。嬉しいことに、最近は東洋大学の先生や学生がネパールを訪れる機会が増えていて、私も現地の大学生との交流会を企画させてもらっています。学生の皆さんには、若いうちに海外を体験してほしいと思います。たくさんの人と出会い、会話し、いろいろなことを吸収すれば人生は開けていきます。夢を持ち、その実現に向けて失敗を恐れず行動してください。

(株)エイチ・アイ・エス ネパール・カトマンズ支店 支店長
BOBBY BIMOLI(ボビー ビモリ)
1971年生まれ、ネパール出身。2003年、東洋大学国際地域学部国際地域学科卒業。25歳で来日し、日本語学校を経て東洋大学に入学。卒業後、旅行会社「マップツアー」(現在はエイチ・アイ・エスと合併)に入社。2013年、同社のカトマンズ支店オープンのためネパールに帰国。現在、同店で運営や日本人観光客のサポートサービスに携わるほか、東洋大学生のネパール訪問時に現地の大学生と交流の機会を設けるなど、両国の架け橋として活躍中。
BOBBY BIMOLI(ボビー ビモリ)