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梅山 いつき(うめやま・いつき) 略歴はこちらから

「広場をつくる・広場を動かす—日本の仮設劇場の半世紀—展」開催にあたって

梅山 いつき/演劇博物館助手

 1月11日より開催している企画展「広場をつくる・広場を動かす—日本の仮設劇場の半世紀—展」は1960年代以降、今日に至るまでの仮設劇場の歴史を振り返る展示である。仮設劇場と言えば、テントのような巡業のしやすいものもあれば、2、3ヶ月を要して建設される大掛かりな特設野外劇場もある。関東では劇団唐組や新宿梁山泊、関西では維新派、劇団犯罪友の会などいくつかの代表的な野外演劇集団が現在活躍中である。では、なぜ彼らは既存の劇場ではなく、自らの手で一から演劇空間をつくりだそうとするのだろうか。

劇団唐組・紅テント外観360度パノラマ写真 ©鹿野安司
(しかのやすし・建築家・写真家 http://homepage.mac.com/shikanoyasushi

小さいが大きい宇宙

 20世紀をまたずとも、日本には古くから放浪芸や小屋掛け芝居が存在していた。また、歌舞伎の芝居小屋も江戸時代のものは現在とは異なる形態をしていたようである。失われた近世の芝居小屋を論じた名著、服部幸雄の『大いなる小屋』は、江戸時代の歌舞伎小屋を記した『戯場訓蒙図彙(しばいきんもうずい)』に言及するところからはじまる。そこに出てくる「戯場国(けじょうこく)」という語について、服部は劇場と観客、そして演劇そのものを統一する観念上の総体、一宇宙であると述べる。「舞台上で進行している芝居の時空を、観客ひとりひとりが共有しているのだという実感——すなわち舞台と観客席とが『同じ天を戴(いただ)いている』関係であることの喜びは、格別のものであったに違いない。それがすなわち、他ならぬ『戯場国(けじょうこく)』と呼ぶ一宇宙の形成であった。」江戸歌舞伎は物理的にも観念的にも舞台と観客席、芝居と観客を区別しなかった。よって当時の芝居小屋は解放感に満ちた、他では得難い体験を観客に提供していたはずである。しかしながら、時代が進むにつれて舞台と観客席は明確に区分され、演劇は劇場とともに制度化されていく。これは「見る」ことへの欲望に取り憑かれた人類が進む当然の道であり、近代演劇が描く世界は以前よりも繊細なものになったものの、「戯場国」が有していたようなスケール感は失われてしまった。

演劇センター68/71 黒色テント
©劇団黒テント

 こうした歩みを経た後、かつて客席と舞台とをつないでいた「天」を取り戻すべく、演劇空間を問いなおす動きが1960年代になって起こる。劇団状況劇場の紅テントや、演劇センター68/71の黒色テントの登場である。60年代とは、小沢昭一の放浪芸研究、広末保の「悪場所論」など、あらたな表現の拠り所を近代以前から存在する芸能へ見出そうとする動きも起こった時期でもある。当時はこうしたテント芝居以外にも、ビルの一室や喫茶店の2階といった、非劇場空間を上演場所に選ぶ集団も現われた。彼ら小劇場演劇第一世代は、既存の劇場機構にとらわれず、独自の演劇空間を創出した。彼らは「どこで芝居をうつのか」ということから考えはじめ、「誰に向けて発信するのか」という、いかにして観客に演劇を出会わせるのかという問題を追及したのであった。こうして観客、ひいては共同体を強く意識した彼らの活動は、単なる芝居の上演を超えた「運動」へと発展していく。

 80年代に入ると、第一世代の影響を受け、個性的な野外演劇集団が誕生していくが、このように約半世紀間にわたって、日本には多くの野外演劇集団が生まれ、さまざまな仮設劇場が出現してきた。しかし、現われては幻であったかのごとく消えてなくなることをモットーとするその特性ゆえ、実態がこれまで大々的に取り上げられることは少なかった。そこで、本展示では60年代以降の約半世紀間に登場した代表的な野外演劇集団を紹介。彼らがつくりだした小さいが大きい「宇宙」をときあかしたい。

関西の野外演劇状況

劇団犯罪友の会舞台写真 劇中の打ち上げ花火は見せ場のひとつ ©劇団犯罪友の会

 関西は野外演劇集団の多い地域である。70年代に東京から来演するテント劇団も迎え入れ、盛んに利用された場所は大阪市の市立天王寺公園内にあった天王寺野外音楽堂であった。当地では演劇以外にも音楽コンサート等が開催されたが、80年に閉鎖。その後は京都大学西部講堂前のグラウンドで公演する劇団が増えた。70年代から京大西部講堂は音楽、美術など実験精神あふれる表現の発信の場であり、使用をのぞむ団体同士で連絡協議会を立ち上げ、自主的な管理と運営を目指した。当時の機関紙に掲載されているプログラムを見ると、日本維新派(現・維新派)、劇団犯罪友の会、新宿梁山泊、瓜生良介等の発見の会などが上演していたことが伺える。天王寺野外音楽堂が閉鎖された後、大阪では扇町公園が野外演劇の上演地となっていたが、ここも90年代半ばに改修計画が持ち上がり、使用が困難になる。そこで市側に公有地の使用を求めるべく、武田一度が中心となって結成されたのが「関西野外演劇連絡協議会」である。協議会が市に話し合いを持ちかけた結果、当初の改修計画は変更され、上演可能な環境は残されることになり、さらに協議会と市の共催で99年より「大阪野外演劇フェスティバル」が開催されることになった。このフェスティバルは現在でも続いている。

劇場構造から見る仮設劇場

 劇場構造には各集団の思想性が反映されているようで興味深い。劇団状況劇場の紅テントは初代から現在のものまで一貫して天井が低い。「吊り構造」という柱に杭を立てて柱上端からロープを張り、周囲に打ち込んだ杭に固定する構造だ。よってスピーディーに建てることが可能だが、杭を打つため公園や神社など環境を選ぶ。新宿梁山泊の紫テントや劇団唐組☆の青テントは鉄管フレームを組み、地面に置く方式であるため杭の打てないコンクリートでも建てることが可能である。現在の三代目紫テントは大塚聡の設計によるもので、資材の搬入を含め三日程で建てることができる。野外演劇集団はテントを用い各地を巡業しやすいタイプのものもあれば、建築資材を用い一時的に表現の発信拠点を築くタイプに分けられる。未知座小劇場は前者に属し、水族館劇場はその真逆の重量型だ。「囲み」型劇場の劇団犯罪友の会はその中庸。劇場内部にも各集団の個性があらわれている。ひな壇を組むものもあれば、地面に筵とシートを布いただけのもの、より心地よく観劇できるよう防寒シートや座布団を布いているものもある。仮設劇場の醍醐味は大掛かりな仕掛けである。紅テント以来テント芝居には欠かせないラストシーンの観音開きでは、舞台という虚構の空間に日常風景が借景となって入り込む。また、新宿梁山泊は重機を用いた仕掛けで観客を沸かせ、水族館劇場は毎公演2トンの水を用いた水落としと舞台崩しで有名だ。劇団唐ゼミ☆は若手の集団ながら、手の込んだ舞台装置と主宰の中野敦之の演出力には目をみはるものがある。

水族館劇場2010年本公演『NOMAD 恋する虜』
恒例の水落しのシーン ©鈴木遊

水族館劇場さすらい姉妹『谷間の百合』 2009年演劇博物館前にて ©鈴木遊

広場をつくる・広場を動かす

 90年代に入ると演劇界は公共の時代へと変貌し、公共劇場は創作の拠点的役割を果たすまでに成長を遂げてきている。しかしながら、今日においてなお、多くの公共劇場にとって地域と演劇を結びつけることは大きな課題である。こうした状況下において、集団性にこだわり、地域とのつながりを重視する野外演劇集団から学べることは多いのではないだろうか。例えば、年一回東京の駒込大観音(光源寺)で本公演を上演する水族館劇場は、先述の通り、3ヶ月近く境内を占拠する。大観音での上演は10年におよぶが、住職は単に劇団を応援するためだけに彼らを受け入れてきたわけではない。水族館劇場の公演を通して、光源寺という場とは人々が集う場なのだということを近隣住民に知ってもらい、将来なにか大きな災害が生じた際のセーフティー・スポットとして寺を機能させたいという思いがあるのだ。水族館劇場の公演にはいわゆる演劇ファンよりも、近隣に住む普段は演劇に親しまない観客が多い。少し早い夏祭りのように、毎年6月の本公演をこころまちにしている住民もいるほどである。

 以上述べた仮設劇場の魅力を展示では関連資料や、写真、映像を通して紹介する。会期中は演劇講座も開催予定である。2月は大学入試のため閉館となるが、3月まで約二ヶ月間開催しているので、ぜひ演劇博物館に足を運んでいただきたい。春になればまたテント芝居の季節がめぐってくる。往年の野外演劇ファンだけでなく、これまでテント芝居を体験したことのない学生のみなさんにも野外演劇の魅力を知っていただければと思う。

広場をつくる・広場を動かす—日本の仮設劇場の半世紀—展

2011年1月11日(火)~3月27日(日) 会場:演劇博物館企画展示室Ⅰ 入場無料

http://www.waseda.jp/enpaku/special/2010kasetsugekijyo.html

演劇講座

対談「仮設劇場の魅力を語る~劇場構造の観点から~」

日時:2011年1月25日(火) 18:30~20:00
会場:早稲田大学小野記念講堂(27号館小野梓記念館地下2階:定員200名)
講師:西堂行人(演劇評論家)、大塚聡(建築家)
※入場無料・事前予約不要

梅山 いつき(うめやま・いつき)/演劇博物館助手

1981年生まれ。早稲田大学文学研究科博士後期課程在籍。AICT国際演劇評論家協会会員。演劇雑誌『シアターアーツ』編集部員。