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ホーム > 文化 > 演劇博物館秋季企画展「Who Dance? 振付のアクチュアリティ」オープンに寄せて

文化

越智 雄磨(おち・ゆうま) 略歴はこちらから

演劇博物館秋季企画展「Who Dance? 振付のアクチュアリティ」オープンに寄せて

越智 雄磨/演劇博物館助手

本展示の背景

 この度、演劇博物館では初となるコンテンポラリーダンス(現代ダンス)に関する展示がオープンした。

 企画段階において、演劇博物館の限定された空間と予算で多様な様相を見せる現代のダンスを見せることを考えた時、その全てを網羅するのではなく何らかの問いを設定するべきだと考えた。漠然と浮かんできたのは「ダンスの主体は誰か?」「ダンスは誰のものなのか?」という問いである。

 ダンスは大きく分けると二つある。プロフェッショナルの踊り手が舞台上で踊るものと一般の人々が楽しみのために踊るものである。このダンスの「プロ」と「アマ」の分離の起源を断定することは難しいが、一つのメルクマールとして17世紀のフランスにおける王立舞踊アカデミーの設立を見ることができるだろう。この組織の設立を契機として、ダンスの技術は複雑高度になり舞台芸術としてのバレエが確立されていくことになったからである。ダンサーは観客と隔てられた舞台上で、名人芸的な技術と共に、その輝ける身体を提示した。現代においても、基本的に観客がプロによるダンスを見るときに期待するものは、ジャンルは何であれ、ダイナミックな動きや優美な動きなど、平均を大きく超える能力や技術を備えた身体によるパフォーマンスであると言えるだろう。

 しかし、21世紀の今、現代のダンスの一つの兆候としてダンスの「プロ」と「アマ」、「ダンサー」と「観客」の境界を曖昧なものにし、撹乱するような試みが目立って現れているように思われる。おそらく、その背景には、何が美しいダンスなのか、何が人々に必要とされているダンスなのか、といったダンスをめぐる価値基準の転換が潜んでいる。また、それに伴って振付という行為の意味も変容しつつあると考えられる。本展示では、この仮説を例証すべく、「身体」「空間」「テクノロジー」という3つの視点を設定し、それに対応して「第1部 踊る身体の多様化−誰が踊る?」「第2部 踊り場の生成−どこで踊る?」「第3部 遍在するダンス−誰もが踊る?」という3つのセクションを設け、21世紀以降に発表されたダンス作品に焦点を当てて展示することにした。以下に、各セクションの概要と問いについて述べてみたい。

第1部 踊る身体の多様化−誰が踊る?

「ボリス・シャルマッツ『子供』」2011年 パリ市立劇場
写真提供:レンヌ=ブルターニュ国立振付センター© Marc Domage

 19世紀においては、「コレオグラフィ=振付」という行為は、バレエの動きのボキャブラリーをアレンジしてダンスを創造する行為を指していた。つまり、「振り付ける」といったとき、特定の「美」の規範を備えた身体が想定されてきたと言える。しかし、現代のダンスにおいては、何が美しい身体であり、価値あるダンスであるかを測る単一の評価基準はもはや存在しないように思われる。事実、舞台上で踊る身体は実に多様である。

 その観点から、第1部では、私たちが見慣れた身体を異化し、ダンスの歴史から見れば型破りに見える身体を呈示するダンス作品を紹介することに努めた。例をあげれば、ストリートダンスを独自の表現に昇華している若手のダンサー川村美紀子、踊り手個人の歴史が滲み出るようなダンスを見せた平均年齢75歳の老人たちから成る「さいたまゴールド・シアター」、いかなるダンスのテクニックにも回収されない豊穣な動きを生み出す子供たちの身体を舞台に乗せたフランスの振付家ボリス・シャルマッツの『子供』、日々を生きることに直面した路上生活者の身体を見せるダンスカンパニー「新人Hソケリッサ!」などである。こうした例は、踊りの美しさは必ずしも技術的な巧拙に左右されるものではなく、それぞれの身体や個性は独自の魅力を放ちうることを証し立てているように思われる。またそのことから考えてみれば、現代の「振付」という行為は、単に動きやポーズを組み合わせることに留まらず、「誰の、どんな身体が踊るのか?」という人間の存在をめぐる問いかけから始まると言えるのではないだろうか。

第2部 踊り場の生成−どこで踊る?

田中泯「場踊り」2015年 北海道
写真:石原淋

 空間に焦点を当てた第2部では、劇場を飛び出し、様々な場所で展開するダンスを紹介している。劇場空間とは、外界の様々なノイズをシャットアウトし、光や音響が任意にコントロールされる整えられた空間と考えることができる。しかし、劇場から踊り手が飛び出したとき、劇場とは異なり、その身体は千変万化する環境や偶発的な要因に晒されることになる。舞踊家・田中泯は2004年頃から意識的に劇場で公演を行うことを避け、原生林や河原、海辺、廃墟、田園、路上など様々な場所で踊る「場踊り」を展開している。それぞれの場所で偶発的に生じる状況、地勢、観客などの反応を身体で受け止め、その時、その場所でしか成り立たない踊りを即興的に踊っている。10月10日には、本展の理解を深めるために企画された「連続パフォーマンス講座」の一環として、演劇博物館本館で田中泯による「場踊り」が行われ、多くの観客が「今、この瞬間」を刻み続ける田中のダンスに魅了されたことを付言しておきたい。

 また都市の中のありふれた空間を踊りの場所に変容させ、観客を踊り手とする試みもある。ダンスカンパニー「コンドルズ」を率いる近藤良平は、2008年以降、毎年夏に池袋西口公園で「にゅ~盆踊り」を主導しており、毎年数千人の一般参加者を集めている。近藤による振付はウェブ上で公開されており、予め独習することもできるが、予備知識なしで通りがかった人々も参加できるように開催当日にレクチャーも行われる。かつて、ジャン=ジャック・ルソーは、民衆に必要なものは劇場ではなく、花を飾った広場であり、そこでは観客自身が俳優や踊り手となることができると述べ、またそれこそが理想のスペクタクルであると述べた。時代も背景も異なるが、ここではまさに、ルソーが思い描いていたような踊りの空間の一つの具体例が生まれているのではないか。近藤の「にゅ~盆踊り」は、地縁や伝統を共有しない現代の都市の住民が、踊りを介してコミュニケーションを取ることのできる空間を新たに創生していると言える。

『にゅ~盆踊り』コンドルズ 2015年 池袋西口公園
写真:涌井直志

 こうした現代のダンスにおける空間の拡張から「振付」という概念を捉え返すならば、現在の「振付」には、ダンスの空間を一から問い直し、さらには一般の観客の身体が介在する余白を設計することまでが含まれるべきなのかもしれない。

第3部 遍在するダンス−誰もが踊る?

 第3部では、テクノロジー、特にインターネットの出現がダンスの創造と受容にもたらした新しい局面について紹介することに努めた。YouTubeなどの動画共有サイトには、ミュージックビデオ、ストリートダンス、社交ダンス、フラッシュ・モブ、アイドルのダンスの模倣など、商業目的のものから個人によるものまで躍動する身体で溢れている。こうした消費者自身がコンテンツを生み出す「消費者生成メディア(Consumer Generated Media)」は、アマチュアによるダンスの創作意欲を刺激し、多種多様な動画を生み出している。動画の閲覧数は数百万回を記録することもあるように、観衆への影響力は大きい。このような新たな状況の出現は、身体に関わる表現者たちの意識にも変化を及ぼしている。

 たとえば、テクノポップグループPerfumeとメディアアートの分野で活躍する集団ライゾマティクスが協働することで生まれた「Perfume global site project」は、Perfumeのメンバー3人が踊る振付のデータをモーション・キャプチャによりデータ化し、楽曲のデータと共にウェブ上で無償公開した。このプロジェクトは、消費者による二次創作を著作権によって取り締まるのではなく、むしろ促進している点に特徴がある。結果として、世界中の無名のクリエイターたちの手によって創作されたCGキャラクターがPerfumeの振付を踊る動画が600以上生み出されることになった。

 二つ目に紹介したい例は、ベルギーのダンスカンパニー「ローザス」によるプロ ジェクト「Re:Rosas!」である。これは、同カンパニーのデビュー作であり、現在に至るまで再演が繰り返されているコンテンポラリーダンスの傑作『ローザス・ダンス・ローザス』の振付の教則ビデオをウェブ上で公開し、それを閲覧した人々が思い思いに模倣して撮影したダンスの動画をローザスに返送することができるプロジェクトである。演劇博物館では、7月24日から26日の3日間に渡り、ローザスのメンバーである池田扶美代さんを招いたダンス・ワークショップを開催し、一般から参加した96人によるダンスの記録動画をローザスに送った。現在この動画は、世界中から寄せられた動画と共に、ローザスの公式サイト上で閲覧することができる。なお、本展示においては、この動画を創作するに至ったワークショップのドキュメンタリー動画も見ることができる。

 これらの事例は、同一の振付が地理的、時間的な制約を超えて、国や文化を超えて大多数の人間によって共有される状況が出現していることを物語っている。

みんなのダンス時代?

 以上に見てきたように、ダンスにおける身体の多様化やダンスの空間の拡張は、振付を不特定多数の人間に伝達することのできるウェブの出現によって加速され、誰もがどこでも踊り、容易に見せ合い、ダンスの愉悦を享受し合うことのできる環境が出現していると考えられる。プロフェッショナルによるダンスや舞台芸術の文脈に置かれてきたダンスも、この影響からは無縁ではいられない。かつて観客席に座り、観客の立場にいた人々の踊りへの欲求や身体感覚を強く揺さぶることが、現代の振付家の一つの課題となっており、先鋭的な振付家はすでに、それぞれの方法によってそれを具体化していると言える。あるいは、ダンスという芸術は観客や一般の人々のある意味で抑圧されてきた身体を解放することで、その生命を更新しようとしているのかもしれない。

 人々の身体や空間に対する認識の変化、人々が身体感覚を通じて関係を結ぶ新たな方法の出現、誰もがダンサーになりうる時代の到来などを検証するパースペクティヴを、企画者としては上述した3部構成を通して提案したつもりである。だが、ここで、紹介した例は一部にすぎない。ぜひ展示場に足を運んで頂き、ダンスの現在を皆さまの目と身体で確かめて頂ければ幸いである。

【展示情報】
2015年度 秋季企画展 Who Dance? 振付のアクチュアリティ
会期:
2015年10月1日(木)~2016年1月31日(日)
休館日:
10月21日、11月6日、11月18日、12月16日、2015年12月23日~2016年1月5日、1月10日~12日
会場:
演劇博物館2階企画展示室
入場無料
【今後の展示関連イベント(事前申込制)】
連続パフォーマンス講座 第2回 コンタクト・ゴンゾ「訓練されていない素人のための振付コンセプト001/002」
日時:
2015年10月1日(木)~2016年1月31日(日)
場所:
早稲田大学小野記念講堂
※事前申込制/先着順 参加無料(申し込みフォーム:http://www.waseda.jp/enpaku/ex/3678/
連続パフォーマンス講座 第3回 ロジェ・ベルナット「春の祭典」
日時:
2016年12月12日(土)1回目14時、2回目17時
場所:
早稲田大学学生会館B201(予定)
※事前申込制/先着順 参加無料(11月12日より演劇博物館ホームページより申込受付予定)
日仏ダンス会議「思考と身体のパ・ド・ドゥ」
出演:
ジュリー・ペラン(パリ第八大学准教授)、パトリック・ドゥ・ヴォス(東京大学教授)他
日時:
2016年1月16日(土)15時~18時(予定)
場所:
大隈記念講堂小講堂
※事前申込制/先着順 参加無料

越智 雄磨(おち・ゆうま)/演劇博物館助手

専門:フランスを中心としたコンテンポラリーダンスの歴史、文化政策、美学研究。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了、パリ第8大学芸術学修士課程修了。日本学術振興会特別研究員、パリ第8大学客員研究員を経て現職。
論文:「ジェローム・ベル《The Show Must Go On》分析」(2011)、「共存のためのコレオグラフィ : グザヴィエ・ル・ロワ振付作品における「関係性」の問題について」(2014)など。

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