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文化

岡室 美奈子
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テレビの見る夢――大テレビドラマ博覧会開催にあたって

岡室 美奈子/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長

 2014年9月30日、『岸辺のアルバム』などで知られる名プロデューサー・大山勝美氏から一本の電話があった。「演劇博物館でテレビドラマ展をやりませんか?」大山氏が急逝するわずか5日前のことだった。早稲田大学演劇博物館主催「テレビの見る夢――大テレビドラマ博覧会」の企画は、その「遺言」から始まった。それから二年半以上の時間がかかったが、ようやく本展と、大山氏とも関わりの深い「早稲田大学芸術功労者顕彰記念 山田太一展」を同時開催できるはこびとなった。

『あまちゃん』台本 NHK、2013 個人蔵

 これまで博物館の展覧会で日本のテレビドラマの通史が本格的に取り上げられたことはほとんどなかった。その理由は様々だろう。ひとつには、テレビドラマが映画のような芸術作品としては認知されにくく、長らく消耗品として捉えられてきたという事実がある。実際、初期のドラマは録画技術を持たなかったため生放送だったし、VTRが導入されてからもテープが高額であったために一度録画したテープに上書きされるのが当たり前で、名作ドラマも含めて多くの番組が残存していない。また、著作権の壁をどう乗り越えるかという実際的な問題もあったはずだ。加えて、テレビ批評が映画や演劇のそれに比べて圧倒的に少なく、客観的評価基準を持ちにくいという事情もあったかもしれない。

 しかし、宮藤官九郎脚本による『マンハッタンラブストーリー』で森下愛子演じる脚本家が「テレビは娯楽の王様よ!」と宣言するとおり、テレビは常に私たちを愉しませ、私たちの生活に大きな影響を与えてきた。中でもドラマはごく自然に私たちの日常に入り込み、世代ごとに共通記憶を形成してきた重要なメディアである。テレビはそれぞれの時代のありようを生き生きと活写するだけでなく、むしろ時代の気分を醸成してきたと言えるだろう。脚本家や演出家やプロデューサーをはじめとするテレビドラマの作り手たちは、テレビという日常的なメディアがもつ表現の可能性を様々なかたちで探究し、独自の文化を構築してきたのである。本展では、そんなテレビドラマの魅力を、映像はもちろん、スチル、台本等、諸資料の展示という形で発信したいと思う。

『七人の刑事』台本 TBS、1967 個人蔵

 では、ドラマの魅力とはどこにあるのだろうか。ストーリー展開なのか、配役なのか、テーマなのか……。私たちは、日本のドラマの魅力は、ジェットコースター的にストーリーが目まぐるしく展開する海外のドラマとは異なり、むしろストーリーに回収されない細部にあると考えている。ドラマの神様は細部に宿る。たとえば、『ロングバケーション』でヒロインの南が二階の窓でキャッチしたスーパーボール、『すいか』で逃亡犯の馬場ちゃんが「ハピネス三茶」で見つけた食べ残しの梅干、『木更津キャッツアイ』で余命宣告を受けた主人公・ぶっさんを囲んでだらだらと続くいつもの雑談、『カーネーション』で身近な人たちが戦死した後に糸子の自転車から零れ落ちた赤い花びら、『泣くな、はらちゃん』で転んだ越前さんにはらちゃんがそっと差しかけてくれる傘、『あまちゃん』の「海死ね」の落書きや「御すんぱいねぐ」の電報、『カルテット』のレモンをかけてしまった唐揚……。こうしたものは、ストーリーの効率的な展開だけを考えれば必ずしも必要ないのかもしれない。けれど、それぞれのこまやかな、そして豊かな表現は私たちの記憶にくっきりと刻み込まれ、思い出すたびにドラマっていいなぁと思わせてくれるのだ。

 そのような視点から心に残るドラマを振り返ってみたとき、「日常性」や「日常会話」がキーワードとして浮上することは間違いない。もちろんその表現の仕方は単純ではない。石井ふく子や橋田壽賀子らが築いてきた、日本のテレビドラマのお家芸とも言うべきホームドラマの歴史が存在する一方、七〇年代後半以降の山田太一や向田邦子のドラマでは、日常の小さな裂け目から家族の断絶や人間の業といった非日常が顔を覗かせ、家族神話の崩壊と再生が描かれた。八〇年代後半以降のバブル経済を背景とするトレンディードラマに溢れていたのは、華やかな主人公たちが繰り広げる他愛のない会話だった。現在のドラマ界を支える坂元裕二や岡田惠和は、その影響下に脚本家としてのキャリアをスタートさせており、日常会話からドラマを構築していく作家たちである。九〇年代には北川悦吏子が、バブル崩壊後の等身大の恋愛をこまやかな日常会話を通して描いた。ゼロ年代以降の木皿泉や宮藤官九郎のドラマでは、しばしば、普通であることの尊さを描くために逆説的に幽霊の登場など非日常的手法が採られる。こうしたドラマに共通するのは、人の心の機微をこまやかに伝える、会話の、セリフの巧みさだ。それを表現する優れた脚本を、演出や演技やスタッフワークが支えてきたのである。

『円盤来たる』(NHK、1959)和田勉スクラップブック、表紙デザイン・ワダエミ 個人蔵

 大山氏や山田太一氏、今野勉氏、和田勉氏ら日本のテレビドラマを支えてきた名匠たちの文章を読んで思うのは、ドラマは、テレビというメディア自体が見る夢だということだ。ドラマの作り手たちは、さまざまな家族や恋愛や仕事のあり方、社会問題や未来へのヴィジョンを、フィクションという夢のかたちにして、私たちの日常に送り届けてくれる。私たちもまた、テレビが見る夢を自分たちの生活の中で共有し、束の間の夢を見る。そして自らの生活や人生を重ねてきたのではなかったか。

 その意味で、テレビドラマの歴史を振り返ることは、ドラマと結びついた個々の記憶を紐解くことにほかならない。家族と一緒に笑ったとか、あの時恋をしていたとか、独りぼっちで泣きながら見たとか……。だから私たちは、私たちの心に刻まれたかけがえのないドラマの数々を展示したいと思う。言わば、きわめて主観的なドラマ史である。「なぜあのドラマが取り上げられてないの?」「この選択はどうなの?」といった異論反論もあるかもしれないけれど、皆様のドラマをめぐる記憶とどこかで交差し、一緒に盛り上がれることを心から願っている。

 パソコンはおろか携帯電話でドラマを視聴する方法が一般化しつつあり、ネットドラマも人気を博してキー局とのコラボも実現し始めた現在、テレビとは何か、ドラマとは何かが改めて問われ始めている。二つの展覧会が、テレビドラマの魅力を再発見するだけでなく、ドラマのあかるい未来に希望を託すものとなれば幸いである。

岡室 美奈子(おかむろ・みなこ)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長。文化構想学部教授。博士(芸術学、国立アイルランド大学ダブリン校)。早稲田大学大学院文学研究科芸術学(演劇)専攻博士課程単位取得退学。専門分野は、サミュエル・ベケットを中心とする現代演劇、演劇史、テレビ文化論、テレビ批評。共編著に『サミュエル・ベケット!―これからの批評』、『60年代演劇再考』など。日本演劇学会理事、フジテレビ番組審議会委員、ギャラクシー賞テレビ部門選考委員、コンフィデンス・ドラマアワード選考委員など。

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