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岡室美奈子
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演劇博物館開館90周年リニューアルオープン! ~劇場としての博物館を目指して

岡室美奈子/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長

 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称エンパク)は、1928(昭和3)年に坪内逍遙の古稀とシェイクスピア全集の完訳を記念して創立され、以来、アジアで唯一の演劇専門総合博物館として、古今東西の演劇および映像資料の収集・保存・展示を行い、演劇文化の普及と発展に貢献してきました。2018年秋、エンパクは開館90周年を迎えます。そこでこのたび、90周年を記念して常設展の大幅リニューアルを行いました。

 ここでは、前半で新しい常設展の内容をお知らせし、後半ではライブ芸術である演劇を展示するとはどういうことかという根本的な問題に切り込んでみたいと思います。

演劇博物館開館90周年記念リニューアルオープン!

劇団東京乾電池 別役実 作『小さな家と五人の紳士』(2017)©Kikuko Usuyama

エンパクシネマ(2017)

 リニューアル休館中は日頃エンパクをご利用いただいているみなさまにたいへんご不便をおかけしましたが、休館中の展示室を使用した柄本明さん率いる東京乾電池の演劇公演や、前舞台を利用した野外映画上映会「エンパクシネマ」などを開催し、普段とは違った形でエンパクをお楽しみいただけたのではないかと思います。

 おかげさまで2018年3月22日に、無事リニューアルオープンの日を迎えることができました。リニューアルの最大の目玉として、日本を代表する映画女優・京マチ子氏の業績を讃え、京マチ子記念特別展示室を開設しました。ここでは、映画やテレビの資料を展示するとともに、ミニシアターを設置し、エンパクが所蔵する貴重な映画や舞台映像、テレビ作品等を常時上映しています。

 大幅に刷新した常設展では、エンパクが所蔵する百万点にもおよぶ演劇・映像資料の中から選んだ数々の名品に加えて、年表や解説パネルを充実させるとともに、舞台の記録映像など映像資料を駆使し、演劇の歴史と現在をヴィジュアルにわかりやすく展示しています。

 また、エンパクはデジタル・アーカイブの公開に早くから取り組んできましたが、近年力を入れている仮面の3Dデータを展示室内のモニターで公開し、画面上でさまざまな角度でご覧いただけるようにしました。さらに、エンパクが運営する演劇映像学連携研究拠点(文部科学省より共同利用・共同研究拠点として認定)が開発している、歌舞伎番付や浄瑠璃の丸本などのくずし字をコンピューターが現代の文字に変換する「くずし字OCR」のデモンストレーションも常設展の一部として公開していますので、ぜひご体験ください。多彩な活動を展開するエンパクの、博物館とは違う顔も知っていただければ幸いです。

早稲田大学演劇博物館 開館90周年記念 2018年度春季企画展「ニッポンのエンターテインメント 歌舞伎と文楽のエンパク玉手箱」

 ほかにも、マリー・アントワネットをテーマとした顔出しパネルを使った記念撮影コーナーを3階に設置したり、従来のお面体験コーナーを充実させたり、1階の案内パネルをわかりやすくしたりと、エンパクをこれまで以上に身近に感じていただけるよう努めました。

 3月22日には、常設展と同時に、90周年記念春季企画展「ニッポンのエンターテインメント 歌舞伎と文楽のエンパク玉手箱」をオープンしました。世界に誇るエンパクの幅広い収蔵品を、さまざまな工夫で視覚的に楽しめる展示となっています。歌舞伎・文楽の愛好者のみなさまはもちろん、これまで関心のなかった方にも楽しんでいただける展示です。常設展と併せてお楽しみください。

演劇を展示するとは? ~劇場としての博物館を目指して

エンパク寄席(2016)©Arata Mino

 ところで、演劇を展示するとは、どういうことなのでしょうか?エンパクは演劇を展示することを使命とする特殊な博物館です。演劇はライブの芸術ですが、博物館でナマの演劇そのものを常設展示することは基本的に不可能です。写真や記録映像も演劇の「いま・ここ」を伝えることはできません。近年、博物館や美術館でダンスなどのパフォーマンスや生身の身体を使ったインスタレーションが行われる事例も増えています。エンパクでも、2015年の「Who dance? 振付のアクチュアリティ」展で、国際的に活躍するダンサーの田中泯氏に展示室と前舞台で踊っていただいたり、2016年の「落語とメディア」展で展示室内に昔の寄席を再現して落語会を開催したり、前述のように休館中の展示室で東京乾電池の演劇公演を行うなど、さまざまな企画を実現してきました。こうした取り組みは、来場者のみなさまに演劇やダンスや芸能を実際に体験していただくという点では、非常に意義深いものでしたし、これからもどんどん取り入れていきたいと思っています。しかし現状では、こうした上演は一回限りの動く展示として取り扱われるか、あくまでも関連イベントとして位置づけられるかになりがちで、演劇の常設展示とはまた別の話であるように思われます。こうした上演とは違う形で、歴史的な資料を並べるだけではない、生きたライブ芸術である演劇のダイナミズムを表現する展示は、果たして可能なのでしょうか?

 今年2月、文化庁補助事業として、国際シンポジウム「不可能への挑戦 形のないアートを保存する―博物館におけるパフォーミングアーツとメディアアーツのアーカイブと展をめぐって―」を開催しました。テキサス大学オースティン校ハリー・ランサム・センターのパフォーミング・アーツ担当キュレーター、エリック・コリアリー氏と、英国のヴィクトリア&アルバート博物館のパフォーミング・アーツ部門責任者のラモーナ・ルイジェフスキ氏、ICC(NTTインターコミュニケーション・センター)主任学芸員の畠中実氏、エンパクのデジタル・アーカイブ責任者の土屋紳一が登壇し、私が司会を務めさせていただきました。時間が足りないほど活発な議論が交わされましたが、土屋が提起し、登壇者の間で共有されたのは、演劇やダンスなどパフォーミング・アーツの展示は「ドーナツ」だという認識です。上演そのものはドーナツの穴であって、展示空間には不在です。しかし私たちは、ドーナツの部分を濃密に埋めていくことで、穴を空虚な穴ではなく、豊かで生々しく、動的な不在として来場者に感じてもらうことができるのではないでしょうか。もちろんそこには、展示する資料の質や量、展示方法などさまざまな要因がありますが、大切なのは、来場者の想像力にいかに働きかけていくかということです。さまざまな展示資料を来場者が自らの想像力で結び付け、脳内に舞台を再現する、あるいは再現にとどまらず、それぞれの脳内で個別の舞台を想像/創造していくような展示ができればと思います。考えてみれば、演劇自体も観客がいなければ成立しません。観客はただ座っているだけではなく、さまざまなセリフや情報を頭の中で組み立てなおしながら、その上演を体験していると言えます。エンパクも、来場者が観客のように、さらには演じる俳優のように動き回りながら、演劇を体験する劇場のような場所を目指すべきなのではないでしょうか。そのためには、一つの作品をめぐる紙資料や立体資料のみならず、それが成立した時代や社会、その作品を体験した人々の個別的でリアルな記憶など、従来は展示が難しいと考えられてきた資料を含め、いかにドーナツを多様かつ重層的で開かれたものにしていくかが問われていると言えるでしょう。

 こうした劇場としての博物館を目指すことは、創立にあたって、エリザベス朝時代のフォーチュン座を模した劇場型の建物を博物館として構想した坪内逍遙の意に叶っているようにも思われます。

 リニューアル後も随時常設展の改善に努めてまいりますので、春季・秋季の企画展ともども、これまで以上にご愛顧いただければ幸いです。

岡室美奈子(おかむろ・みなこ)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長。文化構想学部教授。芸術学博士(国立アイルランド大学ダブリン校)。早稲田大学大学院文学研究科芸術学(演劇)専攻博士課程単位取得退学。専門分野は、サミュエル・ベケットを中心とする現代演劇、演劇史、テレビ文化論、テレビ批評。共編著に『日本戯曲大事典』、『サミュエル・ベケット!―これからの批評』、『60年代演劇再考』など。訳書に『新訳ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』など。日本演劇学会理事、デジタル・アーカイブ学会評議員、フジテレビ番組審議会委員、ギャラクシー賞テレビ部門選奨委員、コンフィデンスアワードドラマ賞選考委員など。