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柏﨑 諒
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「藪野健展―記憶の扉を開けて」に寄せて

柏﨑 諒/早稲田大学會津八一記念博物館 助手

 早稲田大学會津八一記念博物館は2018年5月に20周年を迎えました。これもひとえにご来館者や当館に御尽力をいただいた皆さまのおかげと深く御礼申し上げる次第です。この度、創立20周年を記念して「AIZU MUSEUM創立20周年記念・藪野健展-記憶の扉を開けて」を開催いたします。

 藪野健氏の作品は早稲田大学の各所に展示され、キャンパスではデッサンを描く姿を見かけることができます。藪野氏は在学生・卒業生にとって最も親しい画家といえるでしょう。2014年に早稲田大学栄誉フェロー、2018年には早稲田大学芸術功労者として顕彰されています。

 藪野氏は日本藝術院会員、二紀会副理事長等としてわが国の洋画界を牽引しておられますが、油絵を始められたのは20歳の頃からです。早稲田大学大学院修士課程美術史専攻修了後、マドリードの名門校サン・フェルナンド美術学校に留学します。留学中の「考え方や見方を根底から揺さぶられる」体験を経て、歴史への情念の「昏(くら)さ」と記憶の「深さ」を、現実の都市と実在しない都市の建築的表象化を通じて探求する独自の画境を開かれました。また、早稲田大学では芸術学校、理工学部等で長年教鞭を取られ(2010–13年理工学術院教授、2011–12年會津八一記念博物館館長)、本学の創成期から現在に至るキャンパスの風景を多数描かれています。本展では「記憶の都市」を描いた油彩や早稲田大学のキャンパスを描いたデッサンなど、「藪野ブルー」と評される作品を中心に展示いたします。ここでは、本展出品作をいくつか紹介いたします。

死んだ町 1974–75 作家蔵

死んだ町

 藪野氏は1971年にスペイン留学から帰国した後の数年間は、自身が絵を描く意味を考えるがゆえ、絵を描かなかったそうです。それは、留学中の体験が強烈であったためといいます。その後描きはじめたのは、実際の町を再現するのではなく、スペインで出会ったいくつかの町で感じた死の世界にいるような感覚と、自身の記憶の世界を融合した記憶の死の町でした。藪野氏は後に死の世界にいるような感覚がスペイン戦争に関係するものであったと回想しています。また、藪野氏は自身の原風景が、空襲で焼けた名古屋であったと述べています。幼少期に見た焼け跡の風景とスペイン戦争の記憶とが結びつき、描かれたのが死の町だったのでしょう。

 本作には藪野ブルーはまだ現れていませんが、ここには「記憶の都市」の源流があると言えるでしょう。

建築家の部屋 1977 早稲田大学

建築家の部屋

 藪野氏が画家になった大きなきっかけのひとつに早稲田大学在学中の3人の先生との出会いがあったと言います。その3人の先生とは文学部仏教美術史の安藤更生教授、理工学部建築学科の今井兼次教授、政治経済学部坂崎乙郎教授です。本作は、その中で今井兼次先生へのオマージュと言える作品です。本作に描かれるのは、早稲田大学図書館(現2号館會津八一記念博物館)をはじめとして、演劇博物館、桃華楽堂、日本二十六聖人記念館や大隈講堂の初期プランなど今井兼次自身が設計した建築、あるいはサクラダ・ファミリアやアントニ・ガウディ、アレクセイ・シュセフ、ラグナル・エストベリの肖像、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂のキアラ像(シモーネ・マルティーニ作)といった今井兼次が尊敬し、愛した建築、建築家、美術品などです。

 また、本作は藪野ブルーが現れる初期の作品で、色彩や記憶といった現在の藪野芸術を形作る特徴を備えています。

1922年の早稲田大学 早稲田大学會津八一記念博物館

1922年の早稲田大学

 藪野作品には、先に紹介した2点の油彩だけではなく、日本や世界中の風景を描いたデッサンも多数あります。中でも、早稲田大学會津八一記念博物館では500点以上の早稲田風景を描いたデッサンを所蔵しています。本展覧会では、「早稲田風景今昔」と題して、藪野氏の描く早稲田風景を22点展示しています。

 本作は早稲田大学の前身である東京専門学校の創立40周年頃の早稲田を描いたものです。1920年の大学令によって正式な大学に昇格した直後のキャンパスで、洋風の瀟洒な建物が並んでいます。旧大講堂やグリーンハウス、商学部校舎、恩賜記念館といった建物が描かれ、現在のキャンパスとは異なった雰囲気が広がっていたことがうかがえます。藪野氏の早稲田風景を見れば往時のキャンパスを容易に思い浮かべることができるでしょう。

11号館商学部 2006年 早稲田大学會津八一記念博物館

早稲田大学商学部

今回の企画展で解説する執筆者

 早稲田大学は創立以来、早稲田の地にあり続けていますが、その建物は建て替えが行われ、移り変わっています。藪野氏の描く早稲田風景は建て替えによって消えゆく建物も記憶しています。藪野氏が本作の画面右下に「消えようとしている」と記すように、旧11号館商学部も2009年に新11号館に建て替えられています。旧11号館は、1935年に商学部長平沼淑郎を会長として「早稲田大学商学部校舎改築促進会」が発足し、同学部出身者たちから寄附金をつのり1938年に建設された建物です。新11号館には、旧11号館に安置されていた平沼淑郎の胸像が移され、旧11号館の正面ファサードが再現されました。

 上記で紹介した會津八一記念博物館での展示の他、小野記念講堂など、学内各所に展示される藪野作品もあわせてご覧いただければ幸いです。わたしたちは藪野氏の描く「記憶の都市」や早稲田風景を見ることで、記憶の扉を開けることができるでしょう。

柏﨑 諒(かしわざき・りょう)/早稲田大学會津八一記念博物館 助手

早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程を経て、2016年4月より現職。専門は室町時代、江戸時代の狩野派。