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近藤 二郎(こんどう・じろう) 早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

古代エジプトの天文学

近藤 二郎/早稲田大学文学学術院教授

はじめに

 私たちが現在使用している星座は、後2世紀にエジプトのアレクサンドリアで活躍したギリシア人天文学者、クラウディオス・プトレマイオス(後90年~後168年頃)が、古代ギリシアの星座をまとめた「プトレマイオスの48星座」に由来しています。これらの星座は、メソポタミアや古代ギリシア起源のものと考えられていますが、星座の起源については諸説が存在しています。古代エジプトにも固有の星座が存在していました。

1.古代エジプト固有の星座

PL.1 第1中間期のイディの木棺の蓋の牛の前脚。

 古代エジプト人は、周極星を中心とする北天の星々をイケム・セク(滅びない星々)と呼び、これに対して、南天の星々はイケム・ウレジュ(疲れを知らない星々)と呼んでいました。北天の星々が、天の北極を中心として反時計回りに円を描くように移動していくのに対して、南の天の赤道付近の星々は、東の地平線に姿を見せてから西の地平線に沈むまでの間に、非常に長い距離を移動していくことから、この名前(疲れを知らない星々)で呼ばれるようになったものと思われます。

2.北天の星座、滅びない星々

PL.2 センエンムウト墓の北天図。中央のポールの先端にある牛が北斗七星を表すメスケティウである。

 古代エジプトの墓や神殿の天井には、北天の星座が描かれています。これらの星々が、イケム・セク(滅びない星々)と呼ばれるのは、地平線下に没することのない「北天の周極星」を表すものと一般に考えられています。現存する最古の北天の星座を表現したものは、第1中間期(紀元前2145年~前2025年頃)のアシュート出土のイディという人物の木棺の蓋の裏にある雄牛の前脚で描かれたメスケティウという星座です。私たちの「北斗七星」を表現したものです。この前脚の左側には、縦書きのヒエログリフがあり、「メスケティウ・エム・ペト・メヘテト(北天のメスケティウ)」と記されています。

 北天の星座の全容が描かれたものとしては、新王国第18王朝のハトシェプスト女王(前1460年頃)の高官であったセンエンムウトの墓のものが有名です。中央にあるポールの先端に足が短い牡牛が描かれ、ヒエログリフでメスケティウと記されています。この牡牛の背後には、日輪を頭に載せたサソリの女神であるセレケトが、下にはハヤブサの頭をした銛で牛を刺すアヌウという名の星座が描かれています。そして、ポールの右には、ワニを背負い、メレケトという天文観測道具とワニを手に持って立つメスのカバが、左には寝そべるライオンやワニ、人物像などが描かれています。

PL.3 セティ1世王墓の北天図。実際の星の配列とはかなり異なったものとして描かれている。

 北天図は、その後、王家の谷の王墓の天井に描かれました。中でも、第19王朝のセティ1世王墓の玄室天井のものがよく知られています。前述の第18王朝時代のセンエンムウト墓の北天図を比べてみると、ほぼ同じ図像が描かれていることはわかりますが、その位置関係は必ずしも正確に一致しているものではありません。つまり、セティ1世墓の北天図の星をたどって現在の星座と同定する作業をしてもあまり意味のないことなのです。こうしたことも、古代エジプト固有の星座が現在の私たちのどの星座にあたるかを決めることを困難にしているのです。

3.南天の星座、疲れを知らない星々

PL.4 センエンムウト墓に描かれたセプデト(シリウス星)とサフ(オリオン座の三ツ星)の図像。サフは船に乗り、長いあごひげのある男性の姿をしている。新王国第18王朝時代、テーベ西岸。

 イケム・ウレジュ(疲れを知らない星々)と呼ばれた南天の星々の中で、最も有名なものが、現在のオリオン座の三ツ星の位置にあたるサフという星座とセプデトと呼ばれたシリウス星のふたつでした。サフという名は、古王国第5王朝の最後の王ウニス(在位:前2340年~前2320年頃)のピラミッド内部に刻された「ピラミッド・テキスト」の中に早くも登場しています。サフとセプデトの図像もまた、第1中間期から中王国時代にかけての木棺の蓋に描かれていました。頭上にサフのヒエログリフを戴くことから、オリオンの三ツ星をサフの頭上にある冠と見たのです。そして、このサフと向かい合うセプデト(シリウス星)もまた、ウアス杖を持つ女神として描いたのでした。

PL.5 デンデラ神殿天体図のサフ。左手にウアス杖を、そして右手に殻竿を持ち上エジプト王の白冠を被った姿をしている。前方には黄道12宮のひとつである「おうし座」が見られる。ルーヴル美術館所蔵。

 前述のセンエンムウト墓にも、サフを表す図像として、船に乗った男性の姿が描かれています。この人物像は、左手にウアス杖を持ち右手には生命の象徴である「アンク」を握っています。また、この人物には、長いあごひげがあり、神であると考えられます。古代エジプトにおいては、長いあごひげをもつ男性像は、王か男神を表現しているからです。センエンムウト墓のサフの部分には、大きく3つの星が描かれており、オリオン座の三ツ星を表す星座であることがわかります。さらに、三ツ星の右下には、サフの乗る船の下方まで、9つのやや小さな星が縦に描かれていて、サフがオリオン座の三ツ星以外の星を含む星座であったと推定できます。

 プトレマイオス朝時代末(前1世紀ころ)に造営されたエジプトのデンデラ神殿の天体図にもサフが描かれています。このサフ像も、やはりウアス杖を握った男性として表現されていますが、ここでは細長い上エジプト王の冠である「白冠」を被っています。右手に殻竿をもち腰布に牛の尾を下げていることからも、この図像がオシリス神の姿を表現していることがわかります。

近藤 二郎(こんどう・じろう)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】

早稲田大学第一文学部卒業後、同大学院文学研究科博士課程満期退学。1976年より早稲田大学エジプト調査隊の一員としてエジプトで発掘調査に従事。1981年10月~1983年9月まで文部省アジア諸国等派遣留学生としてカイロ大学留学。専門は、エジプト学、考古学、文化財学。『ものの始まり50話』(岩波書店)、『エジプトの考古学』(同成社)、『ヒエログリフを愉しむ』(集英社)ほか。現在、早稲田大学文学学術院教授、早稲田大学エジプト学研究所所長。日本オリエント学会常務理事。