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中川 武/早稲田大学創造理工学部建築学科教授 略歴はこちらから

アンコール遺跡の神秘への誘い―バイヨンに現地施設オープン

中川 武/早稲田大学創造理工学部建築学科教授

雨上がり満月の夜のバイヨン

 1999年9月29日に、日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA)の第1フェーズの成果である、バイヨン北経蔵保存修理工事の竣工式典が行われることになった。アンコールの9月は最も雨の多い季節であるが、諸般の事情でこの季節になってしまった。その日が近づくにつれ、毎日のように大雨である。在カ日本大使館は真剣に屋内での開催を検討して下さった。しかし、私も式典にご臨席下さる予定のモニニアット王妃を雨にさらすことがあってはと恐れたが、どうしても現場でやりたかった。この種の式典には多様な意味があるが、何よりも、長期間炎天下で共に苦労した多くの現場スタッフ達と喜びを分かち合うことにある。解体中の基壇基礎の内部に雨水が浸入することは厳禁であり、当初はこの種の作業は雨期を避けるようにしていた。しかし後半部の再構築が進み、工程の都合もあり、雨が降り始まるや否やすぐにシートでカバーされた仮屋根をクレーンで現場に吊り降ろせるように工夫して、雨期にも仕事を続けたのである。たとえ雨が来ても、修復成った私たちの仕事を皆で目の当たりにしながら祝いたいという気持ちが強かった。

バイヨン・インフォメーション・センター外観

修復風景

 いよいよ当日の朝、王妃の到着を一同整列平頭してお待ちした。車が近づき、音も無くスーッと御御脚(おみあし)が延びて王妃が降車された時、“間にあった”と強烈に安堵したことが今も甦る。式典は、当時はまだアンコール救済のための国際協力活動も初々しい気分が横溢している頃であり、浮き立つような晴れがましさの中で進行した。会場を後にされる時王妃は私と握手して下さり、“カンボジアの伝統を大切にして困難な修復の仕事をしてくれたことに対して、国民を代表してお礼を述べます”と、この上もなく優美なお声で話しかけて下さいました。後で口の悪い私の仲間が、私が王妃のお手をなかなか離そうとしなかった、と非難したことに対して、私から離すわけにはいかないだろうと強弁したものの、確かに私はしばらく夢見心地であったかもしれない。当日午後に現場で内輪のお祝いを済ませた時、豪雨がやってきた。再び“安堵”であった。夕刻には雨も上がり、夜は満月になった。当時はまだ遺跡観光のルートや時間制限の規制などもゆるやかで、高揚した気分のまま皆でバイヨンに繰り出した。あの厳しい雨は、今や大地から10mくらいの高さまで白い霧となって足元を隠している。夥しい数の巨大な尊顔たちが青白い光を浴びて宴に興じるように呼応し合っているではないか。バイヨンの群造形の力とその類稀な佇まいに秘められた高貴な思想が静かに透明に光を放っていたのかもしれない。王妃のお言葉といい、私たちのほんの少しの労苦がこのような恩寵に恵まれた。忘れられない一瞬であった。

バイヨンからアンコール遺跡全体とその奥に見えるもの

バイヨン内回廊西面バ・レリーフ(ビシュヌ神)

バイヨン中央塔南面復元予想図

 バイヨンを巡る私たちの思い出は数知れない。1997年の9月、内戦の危機の中シアヌーク国王(当時)はバイヨンに平和祈願に来られた。周囲を結界され、正面テラス上に、中心軸から南側にずれて祭壇を設営され、一心に祈っておられた国王の姿を見ながら、私は何故アンコールワットではなくバイヨンなのか等、多くの疑問が解けたような気がした。バイヨンは、仏教、ヒンズーの神々のみならず、カンボジアの土地と祖先の全ての神々を習合した、今も生きた聖地であり、カンボジアの精神的・伝統的ダイナミズムの源泉であることを、それは如実に示しているように思われたのである。先にも述べたように、私たちJSAはバイヨン北経蔵の修復から出発しそこで私たちの修復方法の基礎を築いたといってもよいと思う。しかし、それは、各々の遺跡の性格、オリジナリティ、オーセンティシティを保存することが修復の第一義であり、そのために最もふさわしい技術は、絶えざる改良と、オープン化を進めなければならないという初心を築いたということだと思う。そこで修理前の巾広い調査と技術発展のために多分野、多方面の専門家との協調を進めてきた。それらの成果がアンコール遺跡の歴史、広域的なアンコール文明の背景、巨大遠隔遺跡との比較、彫像・レリーフの分析を通したバイヨンの謎への挑戦、アンコール遺跡修復技術の基本的方法の説明、アンコールで活躍する各国隊の活動内容等が写真、図版、解説文、ビデオ等(日本語、英語、クメール語)で多角的に展示されている。アンコール遺跡を訪れた後、このバイヨン・インフォメーション・センターに立ち寄り、その後もう一度気に入った遺跡に戻る、というようなゆっくりとした時間を過ごしてアンコール遺跡の深い意味を探り、楽しんでいただきたいと私たちは願っています。

中川 武(なかがわ・たけし)/早稲田大学創造理工学部建築学科教授

1944年 富山県生まれ
1967年 早稲田大学理工学部建築学科卒業
1972年 早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了
1979年 早稲田大学理工学部助教授
1984年 早稲田大学理工学部教授
1986年 早稲田大学大学院理工学研究科博士号取得(工学博士)
2007年 早稲田大学理工学術院創造理工学部建築学科教授(現職)

専攻は比較建築史、アジア古代建築保存修復。1977年、エジプト・ミニピラミッド建設実験に参加。以来、ピラミッド調査と並行して、アジアの古代建築の調査を継続。1991年よりベトナム・フエ王宮都市の調査研究、1994年より日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA)の団長を務める。保存修復技術の国際協力により、カンボジア・サハメトレイ王国勲章、日本建築学会業績賞、早稲田大学大隈学術記念褒賞等を受賞。日本建築学会副会長、早稲田大学理工学術院教授、早稲田大学総合研究機構・ユネスコ世界遺産研究所所長。

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