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都甲 幸治(とこう・こうじ)早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

アメリカ文学って英語だけなの?

都甲 幸治/早稲田大学文学学術院教授

 アメリカ合衆国の文学と聞いて、どんな作品が思い浮かぶでしょうか。マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』ですか。あるいは、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』でしょうか。J・D・サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』という人もいるでしょうね。

 これらの作品の共通点はなんでしょうか。そうです。英語で書かれていることです。アメリカ合衆国の作品なんだから、英語で書かれているのは当たり前じゃないか、とあなたは思うかもしれません。でも、それは見た目ほど当たり前のことじゃないんです。

 現在のアメリカ合衆国となっている領域には、たくさんのネイティヴ・アメリカンが暮らしていました。彼らは多様な言語や文化、神話を持っていたし、彼らの口承詩は、アメリカ文学史の冒頭にしっかりと収録されています。その後、北米大陸はイギリス、フランス、スペインなどの欧米列強の植民地となりました。アメリカ合衆国でイギリス領だったのは東海岸の沿岸地域ぐらいで、広大な内陸部や南部はもともと、フランス領やスペイン領、あるいはメキシコ領だったのです。

 しかも移民の国というぐらいですから、世界中の地域からやってきた人々が自分たちの言語と文化を携えてアメリカ合衆国に移住してきました。ヨーロッパ地域だけではありません。日本や中国、朝鮮半島などの東アジア、中東やアフリカ地域の人々もいまだに流入し続けています。そしてもちろん、中南米からの移民は数知れません。

 ならばこう問いを立てるべきでしょう。歴史的経緯から、アメリカ合衆国では非常に多くの数の言語が話され、多様な文化が共存してきた。けれどもなぜ、アメリカ合衆国の言語は英語だけのように見えるのだろうか。そしてまた、どうしてアメリカ合衆国の文学といえば、英語で書かれているものとみんなが思い込んでいるのだろうか。

 私がこうした疑問を抱くようになったのは、ジュノ・ディアスの書いた『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(新潮社)を翻訳したのがきっかけでした。カリブ海に浮かぶ島国であるドミニカ共和国からアメリカ合衆国に移民してきた家族の物語である本書は、英語に大量のスペイン語が混ざっています。しかもそのスペイン語には英語訳がありません。すなわち、英語しか知らない読者にとっては、理解できない穴が作品の中にいくつも空いているのです。それにもかかわらず、本書はアメリカ合衆国を代表する文学賞であるピューリツァー賞を受賞し、百万部以上のベストセラーにもなりました。

 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』がこれほどまでに評価された事実は、アメリカ社会における重要な変化を示しています。2010年の国政調査でヒスパニック系の人口は5000万を越え、スペイン本国やコロンビアも抜き去りました。まさにアメリカ合衆国はメキシコに続いて、世界二位のヒスパニック系国家になったのです。それまでマイノリティとして見えない存在でいた彼らは、自分たちの文化的アイデンティティを主張し始めました。そしてアメリカ合衆国は英語の国、という建前が崩れ始めたのです。

 これまで、アングロサクソンの白人が書いた文学以外は、マイノリティ文学だと見なされていました。ユダヤ系の文学も黒人文学もそうです。そして政治的な視点は鋭いが、水準にはばらつきがある、といった偏見に晒されることもありました。しかしながら、こうした見方は徐々に過去のものになりつつある、と言えるでしょう。英語と並行して多言語が響く文学テクストを書く優れた作家たちが次々に現れたことも状況を変化させています。ボスニア語の作家でもあるアレクサンダル・ヘモン、ナイジェリアのイボ語交じりの文章を書くチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、主に中国を舞台とした作品で知られるイーユン・リーなど、アメリカ合衆国以外で生れた作家たちによって、現代アメリカ文学は活性化し続けているのです。こうした状況について、私は『21世紀の世界文学30冊を読む』、そして『生き延びるための世界文学』(ともに新潮社)という二冊の本で語りました。

 ここまで、アメリカ合衆国の文学は英語で書かれているとは限らない、と述べてきました。実は日本文学にも同じことが当てはまります。日本文学は日本語文学のことだけではないのです。日本列島にはアイヌの人々も暮らしていますし、非常な言語的多様性を誇る沖縄諸島もあります。それだけではありません。中国語や韓国語、さらにはポルトガル語をはじめとする西欧語が母語の人々も日本にはたくさんいます。彼らは様々な言語で、日本における体験を物語っているのです。あるいは、カズオ・イシグロやカレン・テイ・ヤマシタなど、日本の血筋を引く優れた作家が世界中にいます。こうした様々な人々の書く作品を日本文学として捉え直すことで、私たちの持つ日本文学観も大いに拡がるでしょう。

都甲 幸治(とこう・こうじ)/早稲田大学文学学術院教授

【略歴】
1969年、福岡県に生まれる。翻訳家、アメリカ文学者、早稲田大学教授。著書に、『偽アメリカ文学の誕生』(水声社)、『21世紀の世界文学30冊を読む』(新潮社)、『生き延びるための世界文学』(新潮社)、『狂喜の読み屋』(共和国)、訳書に、J・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』、同『こうしてお前は彼女にフラれる』、D・デリーロ『天使エスメラルダ』(いずれも共訳、新潮社)、C・ブコウスキー『勝手に生きろ!』(河出文庫)など。

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