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橋本 一径(はしもと・かずみち)/早稲田大学文学学術院准教授  略歴はこちらから

写真という西洋のアクシデント――新しい写真史の構築に向けて

橋本 一径/早稲田大学文学学術院准教授

写真を初めて見る人に、それはどのようなものに見えただろうか

 写真は私たちの日常にあまりにも深く浸透しすぎていて、それがなかった時代を想像することすら難しい。家族や友人の姿が写真に写し出されるのを生まれて初めて目にした19世紀の人々の驚きは、いかほどのものだったであろうか。

 幸いにもその様子を垣間見せてくれる史料が、私たちのもとには残されている。19世紀後半のベルギーで労働者としてつつましく暮らしていたガスパール・マルネット(Gaspard Marnette)の残した手記である。

 20歳になってから1903年に亡くなるまでの日常が記載された、2000ページ以上に及ぶこの手記の中には、マルネットが両親のポートレートを写真館で初めて撮影してもらった際の顛末も記されている。年老いた両親の姿を写真に残しておきたいという願いを長年温めてきたマルネットは、1877年4月、計画を実行に移すために、両親を馬車に乗せて都会の写真館を訪れる。写真撮影がまだ高価で、誰でも気軽に行えるものではなかった時代である。無事に仕上がった写真を目にした家族たちの様子を、マルネットは以下のように記している。

〔ポートレートは〕とてもよくできていた。頭巾か帽子をかぶって、絹のスカーフを顔に巻いた母の類似は、特に驚くべきものだった。〔…〕隣人を一人か二人呼んでポートレートを見せた。あら、すごいわ! 確かにガスパール(Gaspard)とマリー・バスタン(Marie Bastin)のポートレートね! 家は喜びに包まれ、涙がでるほどの感動だった。この肖像写真は非常によく似ていたので、甥っ子で1歳4ヶ月になるジャン=ルイ・フレカン(Jean-Louis Fraikin)は、指をさしながら「ばあちゃん、じいちゃん」と言った。

René Leboutte, L’archiviste des rumeurs. Chronique de Gaspard Marnette, armurier, Vottem 1857-1903, Liège, Editions du Musée de la vie wallonne, 1991, p. 60.

 家族の写真を初めて目にした人たちの「涙がでるほどの感動」も、現代の私たちには興味深いものだが、ここで注目しておきたいのは、マルネットが両親のポートレート写真に対して、「類似」や「似ている」といった形容をしていることである。マルネットにとって両親の写真は、彼らに「似ている」ものだったのだ。

写真は被写体に「似ている」?

 このようなマルネットの反応は、今日の私たちが家族や友人の写真を目にしたときのそれとは、少し異なってはいないだろうか。自分の両親の写真を見て、私たちはそれが父や母に「似ている」と言うだろうか。たとえそれが自分の生まれる前の、若い日の父や母の写真であったとしても、そこに父や母の姿を認めることができれば、私たちはそれを「似ている」などとは決して言わないに違いない。むしろ単に「お父さん、お母さん」だと言うのではないだろうか。つまり写真を前にしての今日の私たちの反応は、マルネットよりも、1歳4ヶ月になるという彼の甥のそれに近いのだ。

「アニミズム」としての写真

 いったい写真は、被写体に「似ている」のだろうか、そうではないのだろうか? マルネットが両親の写真を「似ている」と言った理由を推測するのは容易だ。彼は写真を似顔絵のようなものだと考えていたのである。似顔絵が描かれた人物に文字通り「似ている」のは、今日の私たちにとっても同じことだろう。

 では写真と似顔絵を分け隔てるのは何だろうか? 確かに写真は似顔絵と比べると、より実物に「似ている」のかもしれない。だが二次元の小さなイメージにすぎない写真は、決して被写体そのものではなく、あくまで被写体に「似ている」ものにすぎないのではないだろうか? それなのに私たちは、1歳4ヶ月のジャン=ルイと同じように、写真をあたかも被写体そのものであるかのように見なし、時には「お父さん、お母さん」と実際に口に出して、話しかけさえすらすることもあるのだ。

 生命を宿すはずのない事物を、あたかも生きているかのように扱う行為を、19世紀の人類学は「アニミズム」と名指して、それを「幼稚」で「原始的」な行為に分類してきた。幼いジャン=ルイのように、肖像写真に被写体そのものの生きた姿を見出してしまう私たちは、19世紀の人類学者たちの目からすれば、「アニミズム」の実践者に他ならないだろう。写真とは、現代人が無意識的に実践する「アニミズム」である。

写真というアクシデント

 この「アニミズム」を、イメージの根本的な原理と見なすのが、『イメージ人類学』(平凡社、2014年)の著者ハンス・ベルティンク(Hans Belting)である。ベルティンクによれば、根源的なイメージとは、たとえば中東のアイン・ガザルで発掘された紀元前7世紀の立像である(図版)。死者を象ったと思わしきこの立像は、しかし死者の姿とは似ても似つかない。このような「似ていない」像に「生命を吹き込み(animate)」、あたかも死者の蘇りであるかのように見ることを可能にするのが、イメージの持つ根源的な力に他ならない。

 しかしベルティンクによれば、西洋はこの「アニミズム」を否定するような、別のイメージ原理を生み出してしまった。「ミメーシス(模倣)」がそれである。すなわち西洋は古代ギリシア以来、対象に「似ている」イメージを生み出すことに執心し、現実と見分けのつかないイメージの制作を目指してきた。イメージが現実と区別できなくなれば、もはやそこに「生命を吹き込む」必要はない。ベルティンクからすれば、3D映像やヴァーチャルリアリティは、ミメーシス文化の必然的な帰結である。

 写真もまた、このようなミメーシス文化に連なるものであることは確かだ。絵画以上に現実に「似た」イメージを生み出すために、西洋が発明したものが写真だからである。ところが写真は、「現実そのもの」だと言うには、あまりにも中途半端だった。写真は二次元で小さく、そもそも静止したままだ。そんな現実とはかけ離れたイメージに、人々が「現実そのもの」を見出すようになってしまったときに、写真はミメーシス文化の中にアニミズムを回帰させる。つまり写真とは、ミメーシス文化が生み落としてしまった事故であり、言わば欠陥品である。

 このような古代ギリシア以来のミメーシス文化の中に、写真史を位置づけ直す仕事に取り組んでいる。それはフィルムからデジタルへと変化しても変わらない写真の魅力を見出すことにもつながるだろう。

橋本 一径(はしもと・かずみち)/早稲田大学文学学術院准教授

1974年生まれ。ナント大学理工学部DEA(修士)課程修了/東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。愛知工科大学講師等を経て2012年より現職。専門は表象文化論、イメージ論。著書に『指紋論 心霊主義から生体認証まで』(青土社、2010)、訳書にジョルジュ・ディディ=ユベルマン『イメージ、それでもなお』(平凡社、2006)、ピエール・ルジャンドル『同一性の謎 知ることと主体の闇』(以文社、2012)など。論文に「稲妻写真論」「火災写真論」「三脚写真論」(いずれも『photographers’ gallery press』収録)など。

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