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由尾 瞳(よしお・ひとみ)/早稲田大学文学学術院准教授  略歴はこちらから

英訳される日本文学

由尾 瞳/早稲田大学文学学術院准教授

『Monkey Business: New Writing from Japan』Vol.1-7

 2012年から2016年まで、アメリカ合衆国のマイアミ市にあるフロリダ国際大学で、アメリカ人の大学生や大学院生を相手に日本文学を教えていた。従来アメリカにおける日本文学の授業というと、古典文学から始まり近代文学を経て戦後までを幅広くカバーするというのが一般的だが、アニメや漫画などをきっかけとして日本文化に傾倒した学生が一番興味を持ってくれるのはやはり現代文学である。そんな中で、現代の日本を代表する作家たちの作品に触れるという貴重な場を与えてくれたのが、現代日本文学に特化したユニークな文芸雑誌『Monkey Business: New Writing from Japan』だった。

 それまで授業で読んでいた古典的作品とは打って変わって、斬新で鮮やかな表紙の雑誌を実際に手に取った時の学生 の顔が忘れられない。目次に出てくる作家の名前は知らないものばかりだけれど、パラパラとめくる学生の目は興味にあふれていていた。雑誌への取り組み方は自由にし、中から好きな作品を選んで発表させるという形態をとったが、「村上春樹」の名前に惹かれてインタビューを選んだ学生、川上弘美や古川日出男や川上未映子の短編小説をじっくり読んだ学生、俳句や詩にチャレンジした学生、または普段読んでいる漫画とは一味違ったグラフィックノベルを選んだ学生など、本当に様々だった。日本の古典文学を勉強していると浮かび上がってくる「伝統的日本」のイメージを、良い意味で崩し再構築するような体験になったのではないかと思う。

 2016年の秋からは早稲田大学で教えるようになり、現在は「Contemporary Japanese Fiction in English Translation」という授業を教えている。『New Yorker』『Granta』『Paris Review』などの大手の雑誌に加えて、『Words Without Borders』などのウェブ上の雑誌や『Monkey Business』などの小さな文芸雑誌も紹介し、翻訳作品と掲載雑誌とを組み合わせて勉強するという試みである。日本の大学生にとっても、日本文化がどのように海外に紹介され、受け入れられているのかというのは興味があるようで、日本の文学作品が外国の作家や読者にどのように読まれているのかを、海外で行われた作家同士の対談や朗読などの動画を通じて体験させる。日本文化の価値を世界的な視野から捉えなおすきっかけになればという想いをこめた授業である。

 また、掲載雑誌に注目しながら原文と訳文とを丁寧に読み較べると、原文だけを読んでいたら気づかなかったことが浮かび上がってくる。学生はかなり細かいところまで注意して読み、細かいニュアンスの違いなどを指摘してくれる。例えば『New Yorker』に掲載された数少ない日本人作家である小川洋子。もとはフランス語に訳されて英語圏に入ってきた作家であるが、編集者の手が入ることで有名な 『New Yorker』に載った初期の代表作である「Pregnancy Diary」(原題「妊娠カレンダー」)を読んでみると、複雑な家族構成が多面的に描かれる原文に対して、英訳ではいくつかのシーンが削除され、姉妹の関係にフォーカスがあたる構造になっている。姉の妊娠を妹が日記形式でつづり、毒入りと信じるグレープフルーツのジャムをひたすら姉に作って食べさせるという話だが、家族関係が抽象化されたおかげで妹の動機は曖昧になり、行動の不可解さが強調されることによって、姉と妹をダブル(分身)として読む可能性がより色濃く浮かび上がってくる。英訳の編集過程によって別の解釈を可能にする新たなテキストに変わる、という面白い議論になった。

 翻訳ということを考えるにあたって、作家と翻訳家との関係も奥が深い。私はここ数年間にわたって川上未映子さんの小説や詩を中心に翻訳しているが、本当にいろいろなことを勉強させてもらった。最初はドキドキしながらメールを送り、雲の上の存在という感覚だったが、ある時トロントで行われた文芸フェスティバルに招待してもらい、本人と一週間ほど共に過ごした。それからは海外のイベントに一緒に参加したり、日本に帰国した際にお会いしたりと、だんだん近い存在になっていき、「次はどの作品を訳そうか」「ぜひこの雑誌にチャレンジしよう!」などと、気軽に相談できるようになった。やはり同じ作家の作品をいくつも訳していくと、作品を横断した作品世界というものが見えてくる。研究でも同じで、最近はもう作家論というアプローチは流行らなくなったが、一人の作家に深く踏み込むからこそ見えてくるものというのは確実にあり、それなりに価値はあると思う。

トロントで開催された International Festival of Authors (IFOA) にて

作家の川上未映子さんと、ブルックリンにて

『Monkey Business』発刊イベントに集まった観客の様子、ブルックリンにて

2017年の4月から、早稲田大学文化構想学部で新しくGlobal Studies in Japanese Cultures Program (略称: JCulP、国際日本文化論プログラム)が始まった。日本文化について、あえて英語で学ぶということを目的とした英語学位プログラムである。ここでは日本を外から見る視点を育むという「transcultural」なアプローチを取っており、文学、思想、映画、ポップカルチャー、歴史、美術史など、領域横断的に幅広く勉強することができる。日本学生と海外学生が共に学ぶ教室の中で、日本文学を古典から現代文学まで、日本語と英語の両方を使いながら読み、話し合い、多元的な枠組みの中で学生たちと考えていくのがこれから楽しみだ。

 英語で日本文学を教える際の最大のチャレンジは、翻訳された作品を探すことだ。例えば『源氏物語』のように、すでに有名な古典的作品だと複数の訳が存在することもあるが、訳されていない作品はあまりにも多すぎる。良い翻訳が存在する作品が繰り返し読まれ、授業で取り扱われ、その中から世界の中での「日本文学」がカノン化されていくというのが現状だ。そんな中で、新しい作品や作家を紹介しようとする翻訳者達の陰の努力は、単に日本の文学を海外の読者に広めるということだけでなく、常に変動している「世界文学」という枠の中に、多様性のある、生きた「日本文学」を位置づけ続けていくという、非常に意義のある行為なのだと信じている。

由尾 瞳(よしお・ひとみ)/早稲田大学文学学術院准教授

2001年 イェール大学卒業(英文学専攻)
2005年 東京大学大学院英語英米文学研究室修士課程修了(イギリス文学専攻)
2012年 コロンビア大学大学院東アジア研究科博士課程修了(日本文学専攻)
2012-2016年 フロリダ国際大学助教授

2016年秋から現職。

専門分野:日本近代文学、ジェンダー研究、翻訳、比較文学
研究テーマ:日本における女流文学の歴史、女性の成長物語、モダニズム文学、西洋文学の受容史・翻訳史、など

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