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金 敬黙(キム ギョンムク)/早稲田大学文学学術院教授  略歴はこちらから

アジアの食文化 多様性から生まれる新たな「食」

金 敬黙/早稲田大学文学学術院教授

「アジアの食文化」って何ですか?

 アジアは広いし多様である。西はトルコから東は日本まで、北はカザフスタン、モンゴルから南はインドネシア、東チモールの島嶼(とうしょ)部まで。そんなアジアの文化は多様であり、食文化も当然、多種多様である。

 ここでは、そんなアジアの食(料理)について語り、アジアの食文化圏の特徴について考えてみよう。たとえば、北東アジアでは米が主食であり、麺料理も発達している。副食として肉類・野菜が好まれ、また、調理の際には味噌・醤油・魚醤・香辛料などさまざまな調味料が使われる。甘い、辛い、しょっぱい、酸っぱいなどの味覚に加え、香りや色合いもバラエティに富んでいる。食べ方は箸と匙を使う「北東アジア」文化圏と素手で食する「西アジア」文化圏に大別される。スプーンとフォークを使う東南アジアは、箸・匙と素手で食する文化圏の中間地帯であった。

 そう考えると、アジアの食文化はダイナミックであり、ダイバーシティに富んでいる、とも定義できる。それがアジアであり、アジアの食文化なのである。

文化と文化が出会い、新しい食文化が「発明」される

シンガポールのホーカー・センターは庶民の胃袋を支える。

 中国料理、韓国料理、タイ料理、ベトナム料理、インド料理、トルコ料理など、○○料理を○○国に由来する伝統料理として位置づける風潮があるが、それには少なからずの問題がある。なぜならば、トルコ料理とギリシャ料理の違いは曖昧だし、カレー料理で知られるインド料理も国家単位ではなく地域ごとに分類されるべきだからだ。そもそも、カレーという料理は、植民統治を行っていた英国によってつくられた概念である。そう考えると、○○国の○○料理は伝統的に存在してきた固有の食べものではなく、国民統合やシンボルづくりのために「発明」されてきたものであることがわかる。

 それは現代の日本食と日本人の食生活文化をとってみるだけでも明らかだ。たとえば、海外における日本食のイメージとして、寿司、とんかつ、ラーメン、焼肉、すき焼き、カレーライスなどがあげられる。私自身は30年ほど日本に暮らしているが、これらは海外に出かけるたびに恋しくなるメニューであり、幸いにも海外の日本食レストランにほぼ確実に存在する。要するに「日本食」として呼んでも問題にならない。けれども、このなかでいくつのものが、伝統的かつ日本固有の食べものとしてあげられるだろうか。寿司にしても、なれずしや膾(なます)は北東アジア、東南アジアに広く存在する食文化に起源があり、日本特有の寿司文化については、江戸前寿司が近代日本誕生の歴史とともに普及したことは広く知られている。

 この例を通じて言いたいことは、食をはじめとするさまざまな文化は、常に人間の暮らしや社会の進化とともに変容を繰り返しているということだ。カリフォルニア・ロールや明太子パスタの誕生にしても、日本式ラーメンやカレーライスの進化にしても、それらは食い止めるべきものでも食い止められるものでもない。むしろ積極的に推し進めるべきものであろう。

 そして、新しい進化と変容は、グローバル都市に暮らす人々によって試され、広がっていく。東京や大阪をはじめアジアのグローバル都市シンガポール、香港、北京、バンコク、ソウルでは新しいアジアの食文化が域内移住者によって展開されている。

グローバル都市空間で変容する新しいアジアの食文化

新大久保にある韓国式中華料理店でジャジャン麺を楽しむ日本人の女性。左の女性は韓国ドラマでジャジャン麺を知り、3度目の来店。右の友人女性は、この日がジャジャン麺デビュー。

 「東京は日本の首都でありながらも、もはや日本ではない」といったらそれは言いすぎだろうか。東京都が公表した都に在住する外国人人口(平成29年7月1日現在)は、すでに50万人以上である。交通アクセスが便利な都心の駅周辺には自然とエスニック・タウンが発展する。日本語学校があり、宗教施設やエスニック料理店が集まってくるからだ。かつては、コリアタウン、新・中華街、リトル・ヤンゴンなどと呼ばれていた新大久保、池袋、高田馬場などの街並みも、さまざまな人種と文化が混ざる複合型アジア・タウンへと変容して久しい。

 たとえば、韓国には「ジャジャン麺」という、在韓華僑によって開発された料理がある。多くの韓国人にとってのソウルフードであり、韓流ドラマを通じて日本人にも広く知られるようになった。この麺は中国由来の炸醤麺(ジャージャン麺)とは見た目も味も若干異なる。今では東京の新宿や新大久保でも簡単に楽しむことができるが、韓国式ジャジャン麺店の厨房には日本人でも中華系でも、そして韓国系でもない東南アジア系のスタッフが働く姿を見かける。これはアジア・タウン化した東京の特徴を表す風景の一つであり、エスニック料理店の日常になりつつある。

 また、タイ料理の一つとして知られている酸味と辛味が絶妙なバランスをとるトムヤム・スープ。それにラーメンの麺が合体したトムヤム・ラーメンが高田馬場で生まれた。カップ麺として日本の食品会社から商品化され、国境を自由に超えられる状態にまで進化した。かつては移住者によって個人経営が一般的であったエスニック料理店が、今では大手企業の資本出資によるチェーン店として増えつつある。日本に暮らす「現地人向け」から日本人向けにアレンジされながら、味も見た目も少しずつ日本の風土に微調整される。このプロセスのなかで、アジアの食文化はグローバル都市を中心にごく普通の日常で生産され、消費される。駅周辺に点在するエスニック・タウンは文化ステーションとしての役割を果たすのだ。

文化ステーションとしての大学の役割

 都会のキャンパス街にはアジアからの留学生やアジアの食文化を消費する若者たちであふれる。私が勤める早稲田大学の場合、5,000人程度の留学生が学び、日本人学生と交流を深めることで、日本の学生たちと留学生たちの感性も互いに変化する。異文化を学ぶ基礎要素として3Fs(fashion, food and festival)がしばしば取り上げられる。留学生が増えれば増えるほど、学食も売店のお弁当も、そして大学周辺の飲食店のメニューも多様化する。早稲田大学から高田馬場駅までの約2キロの距離を歩くことを「馬場歩き」、そして大学周辺での飲食を「ワセメシ」と言う。4年間「馬場歩き」を続けながら「ワセメシ」を堪能することは、食を通じたアジア文化の学びでもある。グローバル都市にある大学で学ぶ魅力は、決してキャンパスのなかに限られない。

 しかし、現状に甘んじるわけにはいかない。2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会に向け、外国人観光客に対するさまざまな変革が官民レベルで施されている。その一方で、大学周辺にはどれだけイスラム教にやさしいハラール・メニューや食物アレルギーなどに対応した食品表示がなされているのだろうか。大学という空間は、さまざまな文化が交流し、新しい文化を発信する文化ステーションとしての責務と役割を担っている。日本におけるアジアの食文化がキャンパス・タウンやエスニック・タウンを軸に発信しつづける姿を楽しみにしたい。

【参考文献】
  • 石毛直道『世界の食べもの―食の文化地理』講談社学術文庫、2013年。
  • 西江雅之『食べる』青土社、2013年。
  • 平野健一郎『国際文化論』東京大学出版会、2000年。

金 敬黙(キム ギョンムク)/早稲田大学文学学術院教授

現代アジアにおける政治、社会、文化面をトランスナショナルな関係から主に分析。NGOや市民社会の研究と活動に関わる。東京生まれの韓国人。東京とソウルで育つ。東京大学大学院総合文化研究科修了。博士(東京大学、2006年)。著書に『越境するNGOネットワーク』(明石書店、2008年)、金敬黙編『NGOの源流をたずねて』(めこん、2011年)、風間・加治・金編『教養としてのジェンダーと平和』(法律文化社、2016年)、その他多数がある。

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