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菊地 栄治(きくち・えいじ)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授  略歴はこちらから

多忙化に翻弄される中学校教育
-対話的関係を取り戻す-

菊地 栄治/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

届かない教育現場の声…

 15年も前のことである。筆者が国立教育政策研究所に勤務していたこともあり、教育政策決定のプロセスについてどうしても腑に落ちないことがあった。それは、教育政策を決める際になぜもっと教育現場の声に耳を傾けないのだろうかという素朴な疑問である。「事件は現場で起きている」にもかかわらず、遠くにいる人たちによって決められる不条理と不合理…。ちょうど、スジの悪い学力論争が「確かな学力」というゴールへと回収され、教員人事管理の面では目標管理方式という時代遅れのシステムが導入された時期と符合する。「できないこと」の意味や「弱さ」の価値がますます軽んじられる時代の足音が不気味に響いていた。公教育そのものの危機を感じ、共同研究者の方々にご協力をお願いし、全国公立中学校校長・教員調査を自主的に企画・実施した。案の定、教育現場の現実をふまえない教育改革が猛烈なスピードで実施されることへの批判的意見や違和感が浮かび上がった。一般教員のみならず校長においても同様であった。あれから15年のときを経た2017年。2002年と同じ方法で、再度全国調査を企画・実施させていただいた。校長と教員の双方の視線をたどり、いまの中学校教育の現実をできるだけ正確に世の中にお伝えすることを願いつつデータを分析する中で、予想以上に厳しい中学校の現状が明らかになった。

教職の多忙化

 まず浮き彫りになったのは、深刻な多忙化である。教職は、教えること以外の職務を抱えると同時に、「感情労働」(顧客の期待にそった形で自身の感情操作を求められるストレスに満ちた対人労働)という性質をもつ。多忙化は労働時間の増加以上の困難さを教員に突き付け、かつ、それが児童・生徒とのかかわり方にも影響を及ぼす。勤務時間(平日)について言えば、15年前の平均10時間44分よりも43分長くなり、11時間27分に及んだ。学級担任教員の場合にはさらに長く、11時間46分となる。情報管理徹底等のため「持ち帰り仕事」の時間は15分程度短くなったが、これを差し引いても毎日約30分の増加である。結果として、睡眠時間はついに5時間台に突入し、家事・子育ての時間も約10分削られた。高校教員の多忙化も進んでいるが、「12時間以上勤務」の割合(約半数)が示すように、中学校教員の過重労働は危機的状況にある(図1)。休日の部活動指導を含めれば、月平均で約95時間の超過勤務をしている計算になる。「教員をやめたくなるくらい忙しい」という気持ちや部活動の負担感もさらに広がっている。高齢化も関係しているが、「健康に自信がない」という回答も27.6%から38.6%へと大幅に増えた。

長時間労働がもたらすもの

 限界を超えて課される長時間労働は、教員の心身の健康を蝕むだけではない。当然のことながら、生徒の学びの環境にとっても百害あって一利なしである。とくに、丁寧に生徒の声を聴くことを難しくさせてしまう。たとえば、勤務時間が長くなると、生徒の「困り感」をアンケートでたずねたり、不登校の対応を教職員全体で話し合ったり、地元の小学校の教員と定期的に話し合ったりできにくくなる。よほど注意深くなければ、同僚のしんどさに心を寄せる余裕もなくしていく。異質な他者とのかかわりや対話的関係もじわじわと失われていくのである。「効用」や「効率性」を過度に意識した改革がかえって本来担うべき公教育の機能を阻害してしまっている。

事務量の増大と「マッチョな教員文化」

 では、この長時間労働の背景にあるものは何か。統計的解析によると、最大要因は二つ。学校運営に直接かかわらない一般事務量の増大と部活動指導の長時間化である。一般事務について言えば、中学校のほとんどは依然として事務職員1名で切り盛りしている中で、年々事務量を増やされている。過度の文書主義等から脱却するとともに、必要な仕事かどうかをきちんと判断できる現場の裁量を増大させることが必要である。部活動に関しては、外部講師への委託や過熱化防止施策等が考えられるが、他方で熱心な教員が自ら部活動指導に自己没入する傾向が「過熱化」を下支えしている点にも留意したい。加えて、気になる傾向がある。それは、教師や生徒の能力に応じた処遇や排除を認めることに肯定的な教員ほど部活動指導時間が長いという有意な傾向である。運動部の男性教員に多く、いわば「マッチョな教員文化」が蔓延しつつあることも強調しておきたい(図2)。

本質を見据えた働き方改革を

 多忙化に翻弄されている中学校教育の現実を前に、「働き方改革」なるものが始動しようとしている。もちろん、教職に限らず、労働基準法等に違反する状態をまずもって改めることは至極当然である。加えて、公教育の厳しい現実が、1990年代後半以降政治主導で進められてきた改革(新自由主義・新保守主義と官僚主義の「共犯」)によってもたらされてきたことを深く認識しなければならない。上から下への一元的改革から脱却し、開かれた専門職としての教職の実質的自律性と対話的関係を取り戻していくことが現状の打開に欠かせない。比較的若い教員層に見られる諦めのムードを払拭し、中学校教育がより豊かに変容するために、まなざしを転換する必要がある。対話的関係を取り戻し、息苦しさをつくり出している構造そのものを変えていかなければならない。現象の本質を見据えた対応を期待したい。

菊地 栄治(きくち・えいじ)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

愛媛県生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、国立教育政策研究所総括研究官を経て、2005年より早稲田大学教育・総合科学学術院助教授。2009年より同教授。日本の教育改革を批判的に捉え直し、個々の学校や自治体等とのコラボレーションを通して、もうひとつの教育社会づくりを試みる。日本教育社会学会理事などを歴任。主な著書等として、『希望をつむぐ高校-生徒の現実と向き合う学校改革-』(岩波書店)、『学校のポリティクス』(共著:岩波書店)、『持続可能な教育社会を創る』(共編著:せせらぎ出版)、『進化する高校 深化する学び』(編著:学事出版)、『高校教育改革の総合的研究』(編著:多賀出版)、デジタル版imidas【教育】【青少年と社会】、など。

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