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トミヤマユキコ(とみやま・ゆきこ)/早稲田大学文化構想学部助教  略歴はこちらから

「労働系女子マンガ」を研究する

トミヤマユキコ/早稲田大学文化構想学部助教
2018.5.7

 「大学でマンガに関する授業を持っている」と言うと「マンガの描き方を教えてるんですか?」と訊かれがちだ。でも、わたしはマンガ家ではない。むしろめちゃくちゃ絵が下手である。

 「描き方を教えるわけではなくて、少女マンガや成人女性向けマンガに描かれた女性の労働について分析・考察する授業なんですよ」と説明すると、不思議そうな顔をされる。まあ、そんな表情になってしまうのも無理はない。「そんなものが大学の授業として認められるのか?」と思うのも「え、少女マンガって、基本恋愛マンガでしょ? 労働関係ある?」と思うのも、よくかわるから。ごくたまに、目を爛々と輝かせお仕事マンガへの愛を語ってくれる人もいるけれど、それはかなりの少数派。

 ……というわけで、わたしは「労働系女子マンガ」という、かなりマイナーなジャンルを研究している。研究をスタートさせるきっかけとなった作品は、安野モヨコ『ハッピー・マニア』だ。主人公は、恋愛至上主義者のフリーター、重田加代子(通称・シゲカヨ)。彼女は、仕事も恋も長続きしないキャラとして描かれている。経済的にも精神的にも安定とはほど遠いひとだ。そんな状態でもどうにか暮らしていけるのは、親友のフクちゃんとルームシェアをしているから。これがひとり暮らしだったら、とっくに家賃を滞納し、部屋を追い出されているだろう。

 彼女のプロフィールをよくよく見てみると、都内の有名大学を卒業したあと、就職せずフリーターになっていることがわかる。作中に描かれた履歴書の内容から察するに、彼女が大学を卒業したのは、平成11年の3月。いわゆる就職氷河期のど真ん中だ。これがわたしの興味をひいた。もし、シゲカヨが氷河期世代じゃなかったら、フリーターじゃなかったら、ここまで刹那的に生きられただろうか。そう思って同じ安野モヨコの『働きマン』を読むと、こちらではシゲカヨとほぼ同世代の主人公・松方弘子が、就活の末、大手出版社に就職。週刊誌の編集部でバリバリ働いている。本当にもう、プライベートがズタボロになるぐらい働いているのだ。

 かたや就職氷河期にフリーターとなった女。かたや就職氷河期にも関わらず大手企業に入った女。彼女たちを、経済面から負け組/勝ち組に振り分けるのは簡単だ。でも、フリーターだからこそ勝手気ままに恋愛できた自由人シゲカヨと、仕事一筋すぎて恋人に去られてしまったバリキャリ弘子のどちらが勝ち組かなんて、即断できるものではない。

 同世代というコインの表と裏を、それとなく、しかし巧みに描き分ける安野モヨコに心底しびれた。同じ作家が描いた同世代労働系女子の仕事と恋愛が、こんなにも違うことに、えも言われぬ興奮を覚えた。マンガって、ちゃんと読んだら面白いのではないか。暇つぶしの道具なんかじゃないのではないか。安野以外の作品にも手を出すようになって、その思いはどんどん強くなっていった。

 その結果、博士課程の途中で、研究対象を変えることになった。マンガとの出会いが、人生を変えてしまったのである。その時点で、マンガで本当に研究がやれるかとか、博士号が取れるのかとか、そんなことは一切考えていなかった。我ながら無鉄砲すぎる。もうちょっと慎重になれと言いたい。

 これまで恋愛物語として読んでいたあの作品も、この作品も、労働を軸にしたとたん、まったく違う物語として立ち上がってくる。それは、わたしだけでなく、みなさんにとっても興味深いところであると思う。わかりやすいところで言うと、『ベルサイユのばら』は男社会で働く女の話であり、『美少女戦士セーラームーン』は、女だらけの職場における理想的なチームワークを描いた話と読める。そう、マンガの中の女たちは、思った以上に働いているのだ。学園モノのヒロインは未成年だしさすがに働いてないだろうと思いきや、住み込みの家政婦をやっている子がいたりするので油断ならない。本当に、マンガの中の女たちはよく働いている。

 かつて、少女マンガにおける仕事や職場は、恋愛を描くための都合のよい背景にすぎなかった。しかし今は、仕事をしっかり描かないと恋愛にも説得力が出ない。それはもちろん、現実における女たちの労働状況とリンクしている。結婚までの「腰掛け」で働くのがふつう、みたいな時代はとうに終わって、女が働くのはべつに珍しいことじゃなくなった。だから、マンガの中の女たちも当たり前のように働く。というか、もはや、仕事を通じた自己実現のみが描かれて、恋愛はほとんどナシ、みたいな作品が読者の共感を呼んでいたりするのだ。

 ウソだと思ったら、池辺葵『プリンセスメゾン』を読んでみて欲しい。居酒屋で働いて居る「沼ちゃん」は、年収300万円に届かない経済状態にありながら、マンションを買うことを人生の目標にしている。このヒロインは、白馬に乗った王子様に見そめられ、お城に連れ帰られるのを夢見たりはしない。自分で自分のお城を買うのだ。「大きい夢なんかじゃありません。自分次第で手の届く目標です。家を買うのに、自分以外の誰の心もいらないんですから」「まずは自分の人生をちゃんと自分で面倒みて、誰かと生きるのはそのあとです」……こうしたセリフと出会うたび、わたしはいち研究者としても、働く女としても、胸を熱くする。労働系女子マンガは、今この瞬間にも成長し、進化し、細分化している。これだから、労働系女子マンガ研究はやめられない。

トミヤマユキコ(とみやま・ゆきこ)/早稲田大学文化構想学部助教

1979年秋田生まれ。ライター、少女マンガ研究者。早稲田大学法学部を卒業後、大学院文学研究科を経て、文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系の助教に。ライターとしては、『小説すばる』『エル・グルメ』『ESSE』などで、日本の文学、マンガ、フードカルチャーに関する連載を持つ。著書に『パンケーキ・ノート おいしいパンケーキ案内100』(リトルモア)、『大学1年生の歩き方 先輩たちが教える転ばぬ先の12のステップ』(清田隆之との共著、左右社)がある。