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井上 智洋(いのうえ・ともひろ) 早稲田大学政治経済学部助教 略歴はこちらから

国の借金は減っている
アベノミクスに増税は必要ない

井上 智洋/早稲田大学政治経済学部助教

 先の衆院選は与党の圧勝に終わり、アベノミクスが継続されることになった。2年半後に消費税率の10%への引き上げが控えているが、それまでにどれだけ景気対策を実施できるか、あるいは税率引き上げの時期をさらに延期できるかが、アベノミクスの成否を決定づける。いずれにとっても重要なのは、「景気回復と財政再建の間にトレードオフは存在しない」ということである。なぜそう言えるのかをここでは論じたい。

マネーの増大が景気回復をもたらす

 金融緩和政策、つまりマネーストック(市中に出回っているマネーの量)の増大を目指す政策は、モルヒネのように痛み=問題を誤魔化すものでなく、錬金術のように労せずに富を生み出すものでもない。人々が持つマネーが増えれば、その資産効果で消費需要も増大する。すると、失業していた人々が労働に従事するので、その分だけ実際に生産量が増大する。マネーの増大によるGDPの増大を、楽をして儲けるような非道徳的な営みであると勘違いする人が少なくないが、実際に労働量が増大するからこそ富が増大するのである。

 逆に、マネーを十分に増大させなければデフレ不況に陥る。マネーストックが増える割合、すなわち「貨幣成長率」はバブル崩壊期の1991年以前では平均9%ほどあるが、それ以降は平均2%ほどである(図1)。このような貨幣成長率の劇的な低下による恒常的な需要不足こそが「失われた20年」の主因である。したがって、大胆な金融緩和は、異常でもなくその場しのぎでもなく、むしろ貨幣経済の正常化を図るものだとさしあたりは言える。

図1 貨幣成長率の推移 データの出所:日本銀行ホームページ

 そうではあるが、とりわけ1999年以降のゼロ金利下の経済では、中央銀行である日銀が買いオペ(民間銀行の持つ国債を買い入れる政策)によって民間銀行にマネーを供給しても、民間銀行から企業への貸出が十分に行われなかった(図2)。それゆえ、マネーが市中に出回っていかず、マネーストックが増大しにくいという状態が長らく続いた。

 そこで、安倍政権と黒田日銀は、レジーム・チェンジ(政策枠組みの抜本的な転換)を図り、人々にインフレ期待と景気回復期待を抱かせる政策及びアナウンスメントを実施した。その効果については、多くの議論が必要となるので、ここではおくことにする。

 いずれにしても、企業の銀行からの借り入れが十分でない場合、代わりに政府が銀行から借り入れて財政支出を拡大すれば、マネーが市中に出回ることになる(図2)。つまり、政府が銀行に国債を購入させ借金を増やして財政支出を行えば、マネーストックは増大するのである。これに逆行するような政策、すなわち増税や財政支出の縮小などによって政府の借金を減らせば、マネーストックも縮小するので、他方で幾ら人々の期待に働きかけても景気後退は避けられない。

「統合政府」の借金は減っている

 そうはいっても、政府の借金は1000兆円を超えており、さらなる借金の増大を危惧する人は多い。ところが、実は近年「国の借金」は減少傾向にある。

 経済学では、政府と中央銀行を合わせて「統合政府」と呼ぶ(図2)。政府と中央銀行はともに公的部門であり国の機関であるはずなので、「国の借金」とは「政府の借金」ではなく「統合政府の借金」を意味していなくてはならない。

図2 マネーの流れ

 中央銀行が買いオペにより、民間銀行の保有する国債を買い入れれば、それだけ民間部門の国債は回収される。近年、日銀による国債の買い入れ額は、国債の新規発行額を上回っている。つまり、民間部門の国債保有額は減っており、「国の借金」も減っているのである。それゆえ、今のところ増税は必要ない。

 ただしこの場合、日銀による国債の買い入れが政府支出の財源となっている。これは「財政ファイナンス」と呼ばれ、財政の信頼性を損ない金利を高騰させるものと繰り返し批判されてきた。しかし、実際には、長期国債の金利ですら長期下落傾向にあり、今や0.5%を割り込んでいる。

 これだけ日本の財政危機が叫ばれている中で、長期金利が低位安定している事態は不思議でも何でもない。マーケットは、デフレやディスインフレ(低い率のインフレ)の下での財政ファイナンスに何の危険性もないことを無意識に理解しているのである。

 懸念される弊害は過度のインフレだが、2%といったインフレ率目標はそれを防ぐ役割も果たし得る。また、景気が十分回復して2%のインフレ率を超えたならば、自然に税収は増大するし、増税によって景気の過熱を抑えることもできる。したがって、インフレ率目標達成後、金利の引き上げにより政府の利払いが増えたとしても、それを超える税収増が財政再建を可能とするだろう。逆に言うと、インフレ率目標が達成され、ゼロ金利政策が解除できるようになるまでは、増税する必要はないし増税すべきでもない。

貨幣発行益を国民に配当せよ

財政ファイナンスは、「貨幣発行益」(貨幣発行によって得られる利益)を財源に政府支出を行うことを意味してもいる。そもそも政府の財源には、
(1)税金
(2)国債
(3)貨幣発行益
の3つがある。ところが、日本の政策当局はこれまで(1)と(2)のみが財源であるとの思い違いをしてきた。それゆえ、景気回復のために国債を財源とした政府支出を行い、景気回復の兆しが見えると、財政赤字を減らすために増税し、景気を後退させるということを繰り返してきた。これではいつまで経っても、デフレ不況から脱却できるわけがない。そのような思い違いを改めなければ、失われた20年は30年にも40年にもなるだろう。

 貨幣発行益を財源とした政府支出を行うことで、国の借金を増やすことなく、景気回復を図ることができる。我々は、景気回復と財政再建が両立し難いといったジレンマに陥ってなどいないのである。

 政府支出の対象としては、供給制約(人手不足)に直面している公共事業よりも、現金給付の方が適切である。例えば国民に一律1万円といったマネーを毎月支給してはどうか。私は、これを「貨幣発行益の国民配当」と呼んでおり、理想的な社会保障制度と言われる「ベーシックインカム」に発展させるべきと考えている。

井上 智洋(いのうえ・ともひろ)/早稲田大学政治経済学部助教

【略歴】

早稲田大学政治経済学部助教。慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2012年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に、『新しいJavaの教科書』、『リーディングス政治経済学への数理的アプローチ』(共著)などがある。

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