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川上 智子(かわかみ・ともこ)/早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール)教授 略歴はこちらから

アネロのバッグは何故売れた
ポケモンGOとの共通点“ソーシャル・クチコミ”のマーケティング

川上 智子/早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール)教授

 デジタル化の波は留まるところを知らない。2015年秋に東京で開催されたワールド・マーケティング・サミットで、マーケティングの大家フィリップ・コトラーが「デジタル化か、死か(Digitize or Die)」と参加者に呼びかけた。昨年12月には、デジタル化時代のマーケティングを『マーケティング4.0』と称する共著本も出版している。

 たとえば最近、アネロというブランドのバックがよく売れている。1988年に設立された株式会社キャロットカンパニーという大阪の会社のオリジナル・ブランドだ。アネロというブランドの誕生は10年以上前の2005年だが、近年、売上を伸ばしている要因の1つとして、ソーシャル・メディアの影響が見逃せない。

 アネロのバックは、リュックにも手提げにもなり、口金型の開口部がフルオープンになる優れた機能性を特徴としている。加えて、年齢や性別、使用シーンを問わない色柄の豊富なラインナップを揃え、デザイン性も高い。値ごろ感のある価格設定、専門店やアパレルショップ、インターネットといった幅広い販売ルートもあり、消費者にとって入手しやすい商品である。したがって、もともと老若男女をターゲットに大きな市場を狙える潜在性はあった。決してクチコミだけで偶然、売れたわけではない。

 とはいえ、ターゲット顧客に対して、良い商品を適正価格で、最適な販売チャネルで届けるという経営努力は、どの会社も普通に行っているものだ。それだけでは、アネロの躍進は十分に説明できない。今回の大ヒットの裏には、アジアからの観光者のインバウンド需要と爆買いニーズの増大という予想外の追い風に加え、消費者側のソーシャル・クチコミという、企業が直接コントロールしづらい要因も強く影響している。

 私は、こうしたソーシャル・メディア上のクチコミをソーシャル・クチコミ(Social word-of-mouth, SWOM)と称し、それが製品の購買にどう影響するかを研究している。テレビCMなどの広告に代表される企業のマーケティングによる働きかけよりも、直接、利害関係のない消費者間のクチコミの方が購買意思決定への影響が大きいことは長年知られてきた。加えて近年、Facebookのようなソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が普及したことで、クチコミの種類が多様化した。

 すなわち、知り合い同士が対面で共有し合う対人クチコミや、知らない人同士のバーチャルな電子クチコミに加えて、知人・友人同士がソーシャル・メディア上でバーチャルにクチコミを共有し合えるようになった。いわば、対人クチコミと電子クチコミの両方の良さを兼ね備えているのがソーシャル・クチコミなのである。

 たとえば、ただ機能や性能に関する情報を得るだけなら、見知らぬ人同士のバーチャルクチコミでも十分である。逆に、五感や感情に関する情報は、知人・友人の方から得た方が信頼できるかもしれない。しかし、知人・友人は自分の欲しいと思っている商品やサービスについて必ずしも詳しくない場合もある。ソーシャル・クチコミは、スピードも広がりもある一方で、情報の信頼性も高い。だから、ソーシャル・クチコミの拡散はパワフルなのだ。

 テレビCMなどの伝統的なマーケティングに頼らず、ソーシャル・クチコミで拡散され、全世代を対象にヒットしたという点では、昨年大ヒットしたポケモンGOもアネロとよく似ている。

 イングレスという先行するゲームで長年培ってきた技術、ポケモンというキャラクターの活用、拡張現実(Augmented Reality, AR)、わかりやすい操作性の良さ、コレクションや育成の楽しさ、任天堂のブランド力など、ポケモンGOの成功に寄与した要因は多々挙げられる。しかし、アネロと同様、商品力やそれを届けるマーケティング力だけで、世界規模で瞬時に広がる大ヒットになったとは考えにくい。そこにはやはり、企業がコントロールできないソーシャル・クチコミが影響している。しかも、全世界的な規模のダイナミズムである。

 今年2月、サンフランシスコにあるナイアンティック(Niantic)社を訪問し、アジア統括ディレクターの川島優志氏にお話をうかがった。同社の創業者であるジョン・ハンケ氏とともにグーグル社からスピンオフした方で、早稲田大学のOBでもある。

 その時のインタビューで印象的だったのは「ナイアンティックはゲーム会社ではない」という言葉だった。屋内で遊ぶゲームではなく、”Adventure on foot(歩く冒険)” すなわち人を屋外に連れ出すことがポケモンGOの事業目的なのだという。

 これを聞いて、アネロとポケモンGOのもう1つの共通点に気が付いた。ソーシャル・メディアの拡散だけでなく、この2つは、その流行を身近に見聞きし、観察できる機会が多かったのだ。街で見かける人々から、爆買いやスマホ歩きといった付随する社会現象まで含めて、流行のプロセスが可視化されていたからである。これは、E.ロジャースが普及理論の中で指摘した観察可能性(observability)の条件を満たしている。

 たとえソーシャル・クチコミで良い評判が拡散されても、バーチャルな現象で留まっていたなら、ここまでの規模で急速に普及することはなかったかもしれない。そう考えると、ネットとリアルの相互作用にこそ、これらのヒット現象を読み解くヒントがあるように思われる。

川上 智子(かわかみ・ともこ)/早稲田大学大学院 経営管理研究科(ビジネススクール)教授

【略歴】
1988年大阪大学文学部卒業。ミノルタカメラ株式会社(現コニカミノルタ)基礎研究所にて新製品開発・マーケティングに従事。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。関西大学商学部教授を経て、2015年4月より現職。2016年4月早稲田ブルー・オーシャン戦略研究所(WABOSI)を設立、所長に就任。ワシントン大学ビジネススクール客員研究員(フルブライト研究員)、INSEADブルーオーシャン戦略研究所客員研究員、ナンヤン理工大学アジアリサーチフェロー,Journal of Product Innovation Management 編集委員、EIASM IPDM国際会議委員、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事他を歴任。

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