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渡辺 徹也(わたなべ・てつや)/早稲田大学法学学術院教授 略歴はこちらから

パナマ文書が意味するもの

渡辺 徹也/早稲田大学法学学術院教授

 パナマ文書(panama papers)が世間を騒がせている。国際調査報道ジャーナリスト連合(The International Consortium of Investigative Journalists(ICIJ))は、日本時間5月10日未明に、パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」がタックス・ヘイブン等に設立した法人名やそれに関連した個人名等をインターネット上に公表した。実際にICIJのウェブサイトを閲覧してみると、多くの日本企業あるいは日本人と思われる名称をみることができる。この原稿執筆時の新聞報道によると、約230人の日本人と日本企業約20社が、タックス・ヘイブンにおける法人設立に関わっていたとされる。

 パナマ文書の最初には、「We do not intend to suggest or imply that any persons, companies or other entities included in the ICIJ Offshore Leaks Database have broken the law or otherwise acted improperly」として、ここに名前の上がった個人や法人等が、必ずしも違法あるいは不適切な行為をしていることを示しているわけではない、という断り書きがある。パナマ文書に記載された法人等が脱税やマネーロンダリングといった違法行為に手を染めていた場合は、もちろん然るべき法的処置がとられるべきである。また、企業がタックス・ヘイブンに法人を開設する目的は、租税回避が主たる目的でない場合もあろう。しかし、違法ではない(と思われる)行為が、ここまで世間の注目をあびるところにこそ、この問題の本質が存する。

「違法ではないが不当」

 一般に租税回避とは、脱税とは異なる行為とされてきた。また、法律が正面から税負担の軽減を認めている節税とも異なる。「違法ではないが不当」、これが租税回避の持つ重要な性質の1つであり、そのような行為が、国境を越え、組織的・計画的に、そして巧妙かつ大量に行われた場合に、法はあるいは国家はどのように対処すべきなのかが、問われているのである。

 パナマ文書が公表された5月10日から2日後に、勤務する大学で租税法の授業があったので、冒頭でこの問題を取り上げた。予想に反して多くの学生が、パナマ文書に名前の上がった個人や法人ついて、「悪いことをしている」という印象を持っていなかった。さらに、自分たちもできればそのような行為をしてみたい、すなわち合法的な租税回避を行う側に廻りたい、と考える学生の比率がおよそ8割に上った。租税回避をやられる側、黙って見ている側にはいたくないということである。租税法担当教員として、これを喜ぶべき数字と捉えるべきかどうか、少々複雑な心境である。

 あえて幾つか指摘しておくとすれば、まず、誰もがタックス・ヘイブンを利用した租税回避が行える立場になれるとは限らない。ここに格差問題が絡む。今の日本は、残念ながら、努力すれば誰もがそれなりに豊かになれる国ではなくなった。よりストレートにいえば、お金は富裕層の間を巡っているだけで、そこから下の層にはなかなか落ちてこないシステムが出来上がりつつある(その典型が現在のアメリカであろう)。この意味でパナマ文書は、租税を用いた富の再分配が上手く機能していないことをはからずも露呈してしまった。

解決のカギ――いかに情報を開示させるのか

 しかし、この問題を是正することは容易ではない。なぜなら、タックス・ヘイブンで何が行われているかを把握することが非常に困難だからである。つまり、カギになるのは、いかにタックス・ヘイブンから情報を引き出すかということになる。一方で、タックス・ヘイブンからすれば、情報の秘匿こそが自らの存在理由なのだから、ことはそう簡単ではない。たしかに、パナマ文書の公表によって、これだけ非難の対象となっているのだから、ある程度の情報開示は行ってくるだろう。しかし、どの国に対しても透明性を確保するというのではなく、例えばアメリカのような「怒らせると怖い国」だけに情報を与えるということも考えられないわけではない。情報収集については、各国間の国際協力(情報交換)が欠かせないのであり、日本政府としても、どのような形で情報を入手すべきなのかを真剣に考えておく必要がある(この点に関しては、日本とパナマの税務当局が、金融機関の口座情報等に関する自動的交換協定を結ぶ見通となったことを5月19日の新聞報道で知った)。

可視化された租税回避

 次に、パナマ文書は、これまで一般大衆にはほとんど見えていなかったことを可視化(すなわち「見える化」)した。大企業や富裕層の租税回避問題について、これまでも議論されてはいたが、観念や概念ではなく、実際に現実のデータや事実を突きつけることのインパクトの大きさが、まざまざと示されたのである。しかし、まだ見えていない部分があるかもしれない、否、おそらくあるはずだということを、我々は忘れてはならない。見えたものだけを取り上げて大騒ぎするのではなく、見えないものにも想像力を働かさねばならない。それは難しいことではあるが、パナマ文書から学ぶべきもう一つの教訓である。

パンドラの箱を開けた?

 一方で、パナマ文書の全容も、またその情報提供者の真の目的も未だ定かでないが、その情報収集の方法には、違法性の匂いがする。換言すると、そこまで踏み込まないと(ある意味、危ない橋をわたらないと)、富裕層や大企業の行う租税回避情報にアクセスできなかったという現状がある。これは課税当局にとっては深刻な問題である。パナマ文書で見えてきた情報を歓迎するだけでなく、すなわち見えているところだけに手を付けて終わりにするのではなく、まだ見えていない納税者の情報を課税庁としてどうやって入手するかについて考える必要があろう。

 しかし、このことを納税者サイドからみれば、自らの情報提供義務に関する負担が増えることを意味する。これは、租税回避を行っていない者にとっては迷惑な話である。そのような負担を当然の義務として納得してくれる納税者が多ければよいが、日本に見切りを付けて本社ごと日本から脱出する法人等が出てくることも懸念される。実はアメリカでは既にそのような問題が現実化しているのである。

 パナマ文書はいろんな意味でパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。

渡辺 徹也(わたなべ・てつや)/早稲田大学法学学術院教授

京都大学法学研究科博士課程修了、京都大学博士(法学)。滋賀大学経済学部助教授、九州大学法学研究院教授等を経て2014年4月より現職。この間 カリフォルニア大学バークレイ校ロースクール、ハーバード・ロースクールにて客員研究員、ミュンヘン大学法学部、シンガポール大学法学部、デューク大学ロースクールにて客員教授、ニューヨーク大学ロースクールにてフェロー(フルブライト・スカラー)として、研究・教育活動に従事。主要著書として『企業取引と租税回避』(中央経済社)、『企業組織再編成と課税』(弘文堂)、『ベーシック税法』(共著・有斐閣)等。所属学会として、日本税法学会(理事)、租税法学会(理事)、日本公法学会。

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