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近藤 二郎(こんどう・じろう)/早稲田大学文学学術院教授・早稲田大学エジプト学研究所所長 略歴はこちらから

未知の岩窟墓を求めて

近藤 二郎/早稲田大学文学学術院教授・早稲田大学エジプト学研究所所長

ウセルハト墓の再調査

 早稲田大学エジプト学研究所は、2007年12月からエジプト・アラブ共和国ルクソール市西岸のアル=コーカ地区にて、新王国第18王朝アメンヘテプ3世(在位:前1388~前1351年頃)時代の高官ウセルハトの墓(第47号墓)の再調査に着手しました。ウセルハトの墓は、1902~03年にかけて、クルナ村の有力者(Omda)が発掘調査をおこない、それをツタンカーメンの発見で知られるハワード・カーターが、エジプト考古局の年報に発掘の概要を発見された王妃ティイの美しいレリーフとともに記しています。その後、墓にあったこのレリーフは、何者かの手によって国外に持ち出され、現在は、ベルギー、ブリュッセルにある王立美術歴史博物館に収蔵・展示されています。また、ウセルハト墓の正確な位置も、行方不明になり、100年以上が経過していました。ウセルハト墓の発掘調査を以前から希望していたのですが、それが実現したのは、墓の周辺部にあった住宅がすべて撤去・移転が終了した2007年のことでした。

図1太陽神アトゥムを礼拝するウセルハト(右)

 調査を開始して2年目の2008年12月から2009年1月にかけて行われた第2次調査で、ウセルハト墓の入口上部を再発見することに成功しました。太陽神アトゥム神を礼拝する墓の所有者ウセルハトの姿(図1)などが描かれていました。さらに2011年冬には、王妃ティイのレリーフが剥がされた痕跡の残る前室奥壁を検出することができました。しかし、ウセルハト墓を覆う砂礫は膨大で、墓のクリーニング作業は予想外に時間を費やすことになります。

「ビール醸造長」のコンスウエムヘブ墓の発見

図2コンスウエムヘブ墓の発見(2013年12月末)

 2012年12月から2013年1月にかけての第6次調査で、南側の砂礫の崩落を防ぐための擁壁を建設したことで、2013年12月に開始した第7次調査では、ウセルハト墓の前庭部の発掘を本格的に行うことができました。そして、2013年12月末にウセルハト墓の前庭部南側で未知の墓(KHT01)が発見されました。この墓(KHT01)は、未完成の岩窟墓で装飾もありませんでした。この墓に入って調べてみると、南側に、もうひとつ小さな岩窟墓が(KHT02)見つかりました(図2)。内部の装飾は驚くべきほど鮮やかで、昨日描かれたような保存状態でした。墓に描かれた壁画などから、新王国第19・20王朝時代の墓と推定されます。

図3コンスウエムヘブ墓

 墓に記されたヒエログリフを読むことで、墓の所有者は、「ムウト(神殿)のビール醸造長」、「ムウトの工房の長」の称号のあるコンスウエムヘブという人物であることが判明しました。また、コンスウエムヘブの家族の名前も、妻が「ムウト女神の歌い手」の称号を持つムウトエムヘブという女性で、娘はアセトカーという名前で、この3人の彫像が墓の中に作られていました。墓に描かれたコンスウエムヘブの家族は、それぞれムウト神殿に関連していて、アシャケトという彼の息子もムウト女神の「ウアブ神官」という称号をもっており、アシャケトは父であるコンスウエムヘブ墓の近くに彼の墓(第174号墓)が存在していることが判明しています。現在、天井も含めて鮮やかな彩壁画の保存・修復作業をおこなうために専門家の協力を得て作業を進めています。コンスウエム墓の前室南側には、埋葬室に続くと思われる竪坑(シャフト)が見つかっていて、今後の調査が待たれる状況です。コンスウエウヘブの墓内部の壁画は、非常に美しい保存状態が良好なものでした(図3)が、墓の北側のKHT01墓と接する部分は、損傷が激しく、早急に修復作業が必要なものとなっています。そのため、私たちは2016年度の調査で、厚い堆積に覆われているコンスウエムヘブ墓の元来の入口の発掘を目指す調査を開始しました。

「王の書記」コンスウの墓の発見

図4発見されたコンスウ墓(天井部分)

 2016年10月上旬から発掘を開始しました。途中、10日間ほどの一時帰国による中断がありましたが、2017年1月末まで4ヶ月近くの発掘調査をおこなうことができました。2016年度に大学の特別研究期間をいただいていたことで、長期の発掘調査が可能となりました。10月、11月上旬のルクソールは、気温も高く夜でも30℃もあり、野外での調査は大変な作業でしたが、エジプト人作業員を70人ほど使って来る日も来る日も砂礫の除去作業を実施しました。その結果、膨大な量の砂礫を除去することができ、目標としていたコンスウエムヘブ墓の元来の入口も発掘することができました。これにより、今後は墓入口からの出入りが可能となり、コンスウエムヘブ墓の保存・修復作業が一層し易いものとなります。

 そして、この発掘調査中の2017年1月初めにウセルハト墓の前庭部北側で新たに「王の書記」の称号をもつコンスウという人物の岩窟墓を発見しました(図4)。この墓もコンスウエムヘブ墓と同様に未知の墓であり、時期もコンスウエムヘブ墓と同様の新王国第19王朝後半のものと思われます。

 このように、これまでの発掘調査で100年以上も行方不明であったウセルハト墓が再発見され、付近から未知の岩窟墓が2基発見されるなど、私たちの発掘調査地域は魅力に満ちたものです。エジプト学が誕生してから約200年になりますが、ほとんどの岩窟墓が発見しつくされていると思われる現在にあっても、このように称号や名前の判明する岩窟墓が未だに存在しているということは極めて重要なものです。さらに、コンスウエムヘブ墓の付近にも未知の岩窟墓が存在する可能性があり、近い将来、この地区で3基目の岩窟墓が発見されることが期待されています。私たちの発掘調査によって、エジプト新王国時代の岩窟墓研究にとって新たな資料が提供され続けています。

近藤 二郎(こんどう・じろう)/早稲田大学文学学術院教授・早稲田大学エジプト学研究所所長

早稲田大学第一文学部卒業後、同大学院文学研究科博士課程満期退学。1976年より早稲田大学エジプト調査隊の一員としてエジプトで発掘調査に従事。1981年10月~1983年9月まで文部省アジア諸国等派遣留学生としてカイロ大学留学。専門は、エジプト学、考古学、文化財学。『ものの始まり50話』(岩波書店)、『エジプトの考古学』(同成社)、『ヒエログリフを愉しむ』(集英社)、ほか。現在、早稲田大学文学学術院教授、早稲田大学エジプト学研究所所長。一般社団法人・日本オリエント学会会長。

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