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ティモシー・スール (Timothy Seul)(ティモシー・スール)/早稲田大学国際学術院教授 略歴はこちらから

台頭する権威主義的ポピュリズム
ドナルド・トランプ氏はなぜ大統領になれたのか

ティモシー・スール (Timothy Seul)/早稲田大学国際学術院教授

 ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ合衆国大統領に選ばれた理由は、さまざまな角度から考察することができますが、恐らく最も分かりやすい理由は、過去数十年間に及ぶ新自由主義政策の失敗――すなわち、規制緩和と緊縮財政――でしょう。結果として、これらの政策の推進者に富が集中してしまったからです。富が少数派の手に集中していることを示す統計情報は、広く出回っています。例えば、「上位8人の億万長者が、世界人口の下位半分と同額の資産を持っている」という事実は有名です。端的に言って、新自由主義的経済政策庇護下のグローバル化礼賛は、勝ち組と負け組が存在するという事実を隠蔽(いんぺい)したのです。負け組が、その不満を代弁してくれる指導者を見いだすのは、時間の問題でした。マルクスによる変革のための処方箋はまとはずれでしたが、「資本主義は恐慌を繰り返す、ゆえに資本主義は人々の永遠の忠誠を得ることはできない」という彼の指摘は、今日の状況にも当てはまります。ここに「資本主義が生み出したぐちゃぐちゃを一掃するため、政治的装置を利用しよう」と主張するリーダーが登場する土壌が生まれるのです。

 ヒラリー・クリントン氏は、数多くの問題を抱えていましたが、大統領選出への最大の障害になったと考えられるのは恐らく何よりも、彼女が新自由主義的な世界観の体現者である、という事実です。バーニー・サンダース氏であればトランプ氏に勝てたかどうかは分かりませんが、いずれにせよ、極端にポピュリスト的なトランプ氏のメッセージのほうが、クリントン氏の「状況は全般にそこまで悪くない」という見方よりも、はるかに支持者に響いたことは確かです。その意味で、民主党全国委員会(DNC)がサンダース氏を選挙戦から降ろしたことは致命的な誤りだったと言えるでしょう。文化的・経済的なエリート主義に染まっていたDNCは、多数のアメリカ国民の苦悩に対して無関心であるかのように見えました。サンダース氏の選挙戦から得られた教訓は、企業のほうを向いている新自由主義者たちから民主党が距離を置くこと──例えば富の再分配のような進歩的な政策は、国民の大きな支持を得られる、ということです。

 イギリスの欧州連合離脱やトランプ氏のアメリカ大統領選出に見られる権威主義的ポピュリズムの台頭に伴って、不満の矛先が外国からの移民や難民に向けられつつあることは、ひどいことですが驚くべきことではありません。これらの人々は一般的に、自分たちの権利を代表するプラットホームを持っていないために、「経済的な変化や人口統計上の変化から生じた不安に乗じて何らかの目的を達成したい」と考えるリーダーからすれば、スケープゴートにしやすくなります。皮肉なのは、米国のような国の労働者が職を失った主な理由は当然、北米自由貿易協定(NAFTA)や移民の流入ではないということです(少なくとも第一の理由ではありません)。むしろ、技術の進歩や、あるいはトランプ氏のような経営者が安い労働力やリソースを求めて海外へ進出したことによって、アメリカ国内の雇用が失われていると考えるほうが自然です。また、移民や難民が近隣へやって来たためにアメリカ国内の安全が損なわれている、というわけでもありません。トランプ氏のような人物は、難しい国内問題に取り組むよりも、「外部」の人間をスケープゴートにするほうが簡単にごまかせると知っています。難しい国内問題とは、例えば、米国在住者が日常的な銃犯罪によって殺される確率は、移民や難民の中に隠れているテロリストによって殺される確率の約70倍にも達するという事実です。

 トランプ氏の台頭は、米国内での人口統計上の変化と関連していることも否定できません。すでに現在では、トランプ氏がいわゆる「バーサー・ムーブメント」(バラク・オバマ氏は米国生まれではなく、大統領の資格を持たないとする運動)から政界へデビューしたことは周知の事実です。またトランプ氏による閣僚の人選には、女性やマイノリティーへの敵意が反映されていました。すでに報道されている通り、選挙戦時のトランプ氏は、米国の都市部と農村部を分断することに成功しました。米国農村部の白人は、伝統的に、連邦政府への中央集権化に懐疑的な姿勢を取っています。そして当然ながら、連邦政府機関のほとんどは、地域内の都市部にあり、移民人口もそこへ集中しています。農村部の白人の多くは政治的にも経済的にも孤立しているため、トランプ氏が直接語りかけたとき、彼らは耳を傾けたのです。統計情報からも、トランプ氏が農村部の票でクリントン氏に圧勝した事実は明らかです。トランプ氏のレイシズムとミソジニー(女性蔑視)に対して、自分自身や子供の将来に不安を感じる国民は、まったく道理にかなった抵抗の声をあげています。しかし残念ながら、トランプ氏の政策は、彼らの苦痛を和らげることはなさそうです。

 トランプ氏の台頭を考察するにあたって興味深いもう一つの視点は、このメディア漬けの環境、すなわち「メディアスケープ」です。共和党の予備選挙の過程には、実にさまざまなフィールドを持った候補がいて、深い政策議論を交わすことが困難だったため、トランプ氏は個別の問題についての知識不足を隠しおおせたのです──このことは彼にとって思わぬ幸運でした。このような環境ではだいたいにおいて、声の一番大きい人物が勝ち抜きます。トランプ氏はテレビやその他のメディアの仕組みを熟知していたので、まさにぴったりのタイミングで登場したと言えるでしょう。メディア漬けの環境は、人々の恐怖心に飛び込んでゆくデマゴーグの叫び声がひたすら拡大し、さらには、恐怖をあおるような発言を査定するための基礎となるべき事実を、その基礎ごと溶かしてしまいます。民主主義が民衆扇動へと堕落してゆく傾向性は、時代をさかのぼれば、ソクラテスやプラトンなどの思想家も懸念していたことが分かります。スピード感や心地よいキャッチフレーズが何よりも重視される環境――特にアメリカのような国――では、リアリティー番組の司会者が大統領に選ばれるのは時間の問題でした。彼の舞台が、「セレブリティ・アプレンティス」が収録されたトランプ・タワーからホワイト・ハウス大統領執務室へと移っただけです。エンタメ化した今日のニュース・メディアが、トランプ氏による電波ジャックを手助けしたのです。スピード感や心地よいキャッチフレーズに効く解毒薬は、哲学と手を携えた粘り強い思考なのですが、今日のほとんどの人には、そのようなものを扱う暇も興味もありません。

 哲学者アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは、「膨大な情報が押し寄せてくる中で世界を的確に理解するためには、情報の重要度と優先順位を認識しなければならない」と言っています。これこそが、民主主義社会におけるメディアの不可欠な役割です。メディアには、政治家に説明責任を果たさせるだけでなく、重要な問題をめぐるディスカッションを深化させる役割もあります。党派的敵対性から独立した、ディスカッションを深めようという意思のあるメディアが必要です。そのような意思のないメディアは、この混沌とした状況をさらに増幅させるだけです。この混沌とした環境においてこそ、トランプ氏はメディアの電波にタダ乗りできたのです。

 政治家が、自らを攻撃するメディアを「偏向している」「歪曲している」などと非難し、政治家自身が犠牲者であるかのように振る舞うことを「メディア・ベイティング」と呼びますが、このメディア・ベイティングは、民主的手続きにおけるメディアののびのびとした活動を腐食させます。アメリカでは、極端なメディア・ベイティングもよくあることです。トランプ氏は、メディアを絶え間なく攻撃することで、トランプ氏自身を「四面楚歌で危機に瀕している」かのように演出しています。その不幸な結果として、政治理論の専門家マイケル・A・ワインスタインが指摘するように、メディアは次第にこれから、重要な問題についてディスカッションを深化させるという責任を、回避するようになるでしょう。しかしこの傾向自体も、トランプ氏が大統領候補になるはるか以前から見られてきたことです。

 今学期の初めに私は、授業でのディスカッションを通じて、「冷笑」と「批判」の決定的な違いを1年生に伝えたいと思います。冷笑は優越感に浸るために誰かをあざ笑うこと、対して批判は議論を深めるために、本質的なやり方で理想に挑戦をすること、を意味します。公的なディベートの場においては、ハンナ・アレントなどの思想家たちが指摘したように、批判を増やし、冷笑を減らすべきだというのはあたりまえのことです。そしてもう一つ、私が学生に伝えたいのは、よい政治にとって重要なことは、対立の外側に歩み寄りを作り出すことだ、ということです。政治には、相互性が欠如しているという意味で、対立が付きものです。だからこそプラトンやマルクスなどの思想家たちは、政治のない社会を作ることこそが理想だと考えたのです。けれどもそんな理想などない、この複雑な環境下で、私たちは共有できる何かを探ってゆかねばなりません。どのようなリーダーやメディアが、共有できる何かを決める手助けをしてくれるでしょうか? また私たち自身は、民主的手続きに不可欠なディスカッションに耳を傾け、前向きに関与してゆく準備はできているでしょうか?

ティモシー・スール (Timothy Seul)(ティモシー・スール)/早稲田大学国際学術院教授

パデュー大学で学位取得後、1997年に政治哲学の博士課程を修了。2001年、早稲田大学政治経済学部に着任。2004年、国際教養学部。近著に『英語で政治経済学(ポリティカル・エコノミー)しませんか』(有斐閣ブックス)、『Nietzsche's Intimacy: The Free Spirit and Its Voice』(早稲田グローバル・フォーラム)などがある。

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