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勝間 靖(かつま・やすし)/早稲田大学国際学術院教授、国立国際医療研究センター・グローバルヘルス政策研究所・グローバルヘルス外交ガバナンス研究科長 略歴はこちらから

難民の安全保障のために何が必要か?

勝間 靖/早稲田大学国際学術院教授、国立国際医療研究センター・グローバルヘルス政策研究所・グローバルヘルス外交ガバナンス研究科長

1.問題意識

 ドイツのコメディ映画『はじめてのおもてなし(Willkommen bei den Hartmanns)』を、国連UNHCR難民映画祭2017の初日の2017年9月末に、鑑賞する機会があった。ミュンヘンの郊外にある閑静な住宅街に住むハルトマン一家が一人の難民を受け入れる。引退を拒む医師である夫リチャードが反対するにもかかわらず、教師を引退した妻アンジェリカが難民の受入れを決めてしまうのだ。難民の青年ディアロの受入れを契機に、家族のなかで、コミュニティのなかで、そして国との関係で波紋が広がっていく。

「難民を受け入れることで具体的に何が起こりうるか?」という本来は深刻な話だが、コメディとして描かれているため、観客は、差別や偏見に悲しむだけでなく、ときには笑いながら、共感を深めることができた(写真1を参照)。サイモン・バーホーベン(Simon Verhoeven)監督によって2016年にドイツで制作された映画で、2017年にはドイツ・アカデミー賞観客賞、バイエルン映画祭で作品賞とプロデューサー賞を受賞している。日本でも、『はじめてのおもてなし』は、2018年1月から各地の映画館で公開される予定である。

 難民「問題」の解決として、一般的に次の方法が提言されている。(1)平和になった母国へ帰国すること、(2)一時的に避難した周辺国での定住、(3)第三国定住、の三つである。しかし、これ以外にも、そもそも難民が発生しないように、紛争や深刻な人権侵害を解決していくための国際的な協力が重要である。また、難民を、負担のかかる「問題」として扱わず、新しい活力を生み出す「機会」として捉える視点も必要になってくる。『はじめてのおもてなし』で描かれているのは、解決方法(3)「第三国定住」における課題である。

 2016年に国連総会で採択された「難民と移民に関するニューヨーク宣言」に基づき、UNHCRは「難民に関するグローバル・コンパクト」を2018年に策定できるよう主導している。こうしたなか、本稿では、「人間の安全保障」の視点から、難民の安全保障のために何が必要かを考えたい。

写真1 国連UNHCR難民映画祭2017(© Yasushi Katsuma, Tokyo/2017SEP30

2.難民を生み出す暴力と人権侵害

 さて、青年ディアロは、ボコ・ハラムによる暴力から逃れるため、ナイジェリアを出て難民となった。映画では、ドイツでの難民の受入れに焦点が絞られており、難民を生むナイジェリアの状況の説明はディアロが小学校で自分の生い立ちを説明する場面に限定される。ここでは、筆者が監修したビデオ「BBC世界の諸問題と子どもたち〜貧困・紛争・暴力にさらされる子どもの権利を考える」(丸善出版、2017)の第3巻『ボコ・ハラムに拉致された少女たち』などを参考にして、ボコ・ハラムについて少し解説しながら、解決方法(1)「平和になった母国へ帰国すること」について考えたい。

 アフリカ大陸中央部に位置するチャド湖は、チャド、ニジェール、ナイジェリア、カメルーンの4か国にまたがっている。そのチャド湖流域では、およそ2100万人の人びとが住んでいるが、とくに2013年以降、武力紛争による人道危機が悪化している。推定260万人が家を追われて強制移住させられているが、そのうち140万人が子どもである。強制移住の結果、多くの難民や国内避難民が発生している。とくに、紛争地から逃れられない国内避難民の子どもたちは、暴力、栄養不良、疾病のほか、教育の欠如に苦しめられている。ナイジェリア北部だけでも、2万人の子どもたちが家族から引き裂かれている。

 ボコ・ハラムという名の武装集団は、2009年以降にナイジェリア北部を拠点として数千人から構成された、イスラム教のスンニ派を名乗る過激派組織である。イスラム教を掲げて活動しているが、その極端で過激な解釈や、それに基づく暴力や深刻な人権侵害は、多くの穏健なイスラム教徒からは受け入れられていない。

 この武装集団の特徴の一つとして、子どもや女性を、強制徴募し、自爆テロやスパイ活動などに悪用することがある。2014年以降、86人の子どもが4か国において自爆テロに使われた。もう一つの特徴は、宗教に基づかない世俗教育と、キリスト教徒とを敵視することである。ナイジェリアでは、人口の約5割を占めるイスラム教徒が主に北部に、約4割のキリスト教徒は主に南部に住んでいるほか、全国的に伝統的な固有の宗教がある。

 国連人権高等弁務官は、ボコ・ハラムによる一般市民の殺害や拉致、戦闘行為への子どもの関与、性暴力、拷問は、「子どもの権利条約」をはじめとする国際人権法や国際人道法に違反した行為であると報告している。また、国際刑事裁判所は、人道に対する罪と戦争犯罪の申立てに対して、受理許容性を判断するための予備的な検討を行なっている。

写真2 チャウピュで壊されたロヒンギャ民族の小学校(© Yasushi Katsuma, Kyaukpyu/2015MAR18

 東アジアにおいても、こうした暴力や深刻な人権侵害による難民が発生している。たとえば、ミャンマーにおけるロヒンギャ民族の難民化は深刻である。西部のラカイン州などに住むロヒンギャ民族の多くは、国籍を与えられず、市民権を剥奪されてきた。さらに、近年には、これまで住んできた土地を追われるような暴力が顕著となってきた(写真2を参照)。つまり、解決方法(1)「平和になった母国へ帰国すること」が望ましいのは確かであるが、その国における暴力や深刻な人権侵害の構造を変えることは容易でなく、難民が帰国できる条件はすぐには整備できないのである。

3.周辺国からの難民を受け入れるヨルダン

 ヨルダンは伝統的に難民へ寛容な国であり、周辺国から多くの難民を受け入れてきた。解決法(2)「一時的に避難した周辺国での定住」に寄与してきた模範的な国だともいえる。古くはパレスチナ難民を、そしてイラク難民を、さらに最近ではシリア難民を数多く受け入れてきた。しかし、近年の多くのシリア難民の流入は、とくに教育や保健医療などの社会サービス費を増大させ、ヨルダン政府の財政を圧迫している。

写真3 アンマンにあるパレスチナ難民キャンプでUNRWAが運営する保健クリニック(© Yasushi Katsuma, Amman/2017JUN19

 中東(ヨルダン、レバノン、シリア、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区)のパレスチナ難民を支援する国際機関として、国連パレスチナ難民救済事業機関(United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East: UNRWA)がある。UNRWAはおよそ500万人のパレスチナ難民の支援と法的保護のために活動している。その活動分野は多岐にわたるが、四つの人間開発目標として「知識とスキル」「長寿と健康的な生活」「適正な生活水準」「人権」を掲げている。保健は重要な活動分野の一つであり、310万人のパレスチナ難民がUNRWAの保健サービスの提供を受けている(写真3を参照)。ヨルダンに200万人以上いるパレスチナ難民の歴史は長く、難民キャンプも一見して住宅地に見えるところもある。しかし、近年のシリア人道危機によって、シリアにいたパレスチナ難民がヨルダンを含む周辺国へ再び難民として流入しているため、状況は複雑化している。

 人口が約945万人のヨルダンは、すでに200万人以上のパレスチナ難民がいるうえに、さらに70万人弱のシリア難民を受け入れている。シリアとの国境に近いヨルダン北部には、2012年7月にザータリ難民キャンプ(写真4を参照)が設置され、約8万人が支援をうけている。この他にも、いくつかの難民キャンプがあるが、大半のシリア難民は、今では生活の糧を求めて、市内に入っているのが現状である。

写真4 シリア難民を受け入れるザータリ難民キャンプ(© Yasushi Katsuma, Mafraq/2013DEC01

4.難民の安全保障へ向けて

「人間の安全保障」の視点から、難民の安全保障のために何が必要なのだろうか。難民の保護とエンパワーメント(力をつけること)の両面から考えていきたい。ここでは、難民が直面する暴力や深刻な人権侵害などの脅威そのものの軽減を保護と定義し、難民が脅威に対応できるよう強靭性を高めることをエンパワーメントと定義する。

 第1に、映画『はじめてのおもてなし』でみたドイツにおける「第三国定住」は、日本にとっても参考になるだろう。日本はもっと積極的に難民を受け入れるべきだと思うが、差別や偏見など解決して多文化共生の社会をつくると同時に、難民が仕事をして自立的な生活を過ごせるよう、保健サービスや語学を含めた教育支援も重要となる。つまり、現実主義的な難民受入れ計画が必要である。歴史を振り返ると、1975年にベトナム、ラオス、カンボジアが社会主義体制へ移行したのち、1970年代後半から1980年代をとおして、多くの難民が発生した。その一部は、いわゆるボート・ピープルとして流入し、日本は1万人以上を受け入れた。朝鮮半島の情勢を考えると、近い将来に、同様の状況が発生し得ることは想定しておいた方がよく、現実主義的な難民受入れ計画を策定することが急務だろう。

 第2に、難民が「平和になった母国へ帰国すること」ができるよう、暴力や深刻な人権侵害を含む紛争を抱えた国への平和構築支援が重要である。日本は、国際平和協力の推進のため、これまで国連平和維持活動(Peace Keeping Operations: PKO)に積極的に貢献してきたほか、政府開発援助の重点課題の一つとして、平和構築を支援してきた。政府開発援助の実施機関である国際協力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)は、平和構築のための重点課題として、「社会資本の復興に対する支援」「経済活動の復興に対する支援」「国家の統治機能の回復に対する支援」「治安の安定化に対する支援」の四つを掲げている。解決が難しい問題が多いが、難民が直面する暴力や深刻な人権侵害などの脅威そのものを軽減しようとするような、保護につながる活動を今後も拡充していく必要がある。

 第3に、難民が「一時的に避難した周辺国での定住」ができるよう、ヨルダンのような難民受入れ国への支援が重要である。日本は、UNHCRやUNRWAへの資金協力をとおして難民の支援と法的保護に貢献してきた。このほか、日本のNGOが難民救済を含めた人道支援により積極的に取り組めるように、ジャパン・プラットフォームの仕組みをつくってある。最近の特筆すべきこととして、ミャンマーのラカイン州で発生した暴力とそれによるロヒンギャ民族のバングラデシュへの流入に対応して、2017年9月に、日本政府は、国際機関をとおしたミャンマーとバングラデシュでの人道支援を決めた。こうした動きは高く評価できる。

 最後に、難民のエンパワーメントのための具体策として、一つの試みを紹介したい。日本では全国的に普及している母子健康手帳であるが、国際的にはあまり一般的でなかった。しかし、インドネシア人医師が関心をもったことを契機に、JICAは1993年からインドネシア版の母子健康手帳の作成を支援することになった。その結果、2006年にはインドネシア全国すべての州で導入されたのである。そして、インドネシアでの経験が、2007年の研修をとおして、さらにパレスチナやアフガニスタンへと伝えられていった。

写真5 母子健康手帳とその電子化(© Yasushi Katsuma, Anman/2017JUN19

 パレスチナでは、2008年に、日本政府からの無償資金協力に基づき、JICAと国連児童基金(United Nations Children's Fund: UNICEF)との協力により、アラビア語版の母子健康手帳が導入された。その後、UNRWAの事業として、周辺国のパレスチナ難民にも普及していったのである。それが、近年、スマートフォンで使えるように電子化されたことは注目される(写真5を参照)。また、これとは別に、パレスチナ難民には生活習慣病で苦しむ者が多いことから、UNRWAは、生活習慣病対策手帳を作成したところである。これを将来に電子化することができれば、母子健康手帳と生活習慣病対策手帳を含め、母子だけでなく難民全員を対象とするような、電子版の難民健康手帳という構想も現実味を帯びてくるのではないだろうか。移住することになっても、さらに国境を越えることがあっても、自分の健康データを自分で管理して持ち運ぶことができる。したがって、電子版の難民健康手帳は、どこにいても難民の安全保障を向上させることができるツールとして潜在能力が高いと思われる。

勝間 靖(かつま・やすし)/早稲田大学国際学術院教授、国立国際医療研究センター・グローバルヘルス政策研究所・グローバルヘルス外交ガバナンス研究科長

 国連開発計画(UNDP)で『人間開発報告書』諮問委員、国際開発学会で副会長、国際人権法学会で理事、国連システム元国際公務員日本協会で執行委員、公益財団法人ジョイセフで理事、特定非営利活動法人ジーエルエム・インスティチュートで理事を務める。

 英国プロジェクトのボランティアとしてホンジュラスで活動、海外コンサルティング企業協会の研究員として東南アジア・ロシア極東地域・南米で開発調査、国連児童基金(UNICEF)の職員としてメキシコ・アフガニスタン・パキスタン・東京で勤務した後、現職。

 関西学院高等部在学中にインターナショナル・フェローシップ交換留学生として米国ペンシルバニア州で高校卒業。カリフォルニア大学サンディエゴ校留学を経て、国際基督教大学で教養学士号、大阪大学で法学士号と法学修士号、ウィスコンシン大学マディソン校で博士号を取得。

 最近の研究関心として、持続可能な開発目標、人間開発、子どもの安全保障、グローバルヘルス外交・ガバナンス、アジアにおける人権などがある。

 編著書として、『テキスト国際開発論~貧困をなくすミレニアム開発目標へのアプローチ』(ミネルヴァ書房、2012)と『アジアの人権ガバナンス』(勁草書房、2011)、共編著書として『国際社会を学ぶ』(晃洋書房、2012)と『国際緊急人道支援』(ナカニシヤ出版、2008)がある。また、DVD全3巻から構成される『BBC世界の諸問題と子どもたち〜貧困・紛争・暴力にさらされる子どもの権利を考える』(丸善出版、2017)を監修した。

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