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笠原 博徳(かさはら・ひろのり) 早稲田大学理工学術院基幹理工学部情報理工学科教授 略歴はこちらから

太陽電池で動くECOコンピュータ
~世界最先端のマルチコア技術~

笠原 博徳/早稲田大学理工学術院基幹理工学部情報理工学科教授

携帯電話からスパコンまでマルチコアへ

 コンピュータの頭脳部であるプロセッサ(プログラムを実行する回路)は、携帯電話、ゲーム、デジタルテレビ、カーナビ、パーソナルコンピュータ、自動車、ロボットからスーパーコンピュータに至るまでの身の回りの全ての情報機器に組み込まれている。このプロセッサの作り方が、今大きく変化しようとしている。従来の1つ半導体チップ上に1つのプロセッサを集積する方式では、半導体の集積度向上(微細加工技術によりチップ上に集積できるトランジスタ数が増えること)に伴う計算速度の向上が困難になってしまったからである。これは、集積度向上に伴い、より多くの演算ユニット(足し算やかけ算等を行う回路)をプロセッサ中に組み込むことができるが、それらの演算ユニットを同時に動かすことができるプログラムを作れないことと、プロセッサから非常に大きな熱(消費電力)が出てしまいファンで冷たい風をあてて冷やす方式(強制空冷)では、コンピュータを動作可能な温度に冷やすことが難しくなってきてしまったためである(半導体の集積度が上がるとチップの表面温度が太陽の表面温度と同じくらいになってしまうという説明が有名)。このため、集積度向上と共に処理性能を向上させつつ消費電力(発熱)を低く抑えることができる技術として、1チップ上に複数のプロセッサ(チップに集積する際にはプロセッサコアと呼ばれる)を集積したマルチコア(図 1:8つのプロセッサコアを集積した1センチ角のチップの例)が注目を集めている。

国家プロジェクトでの産官学連携研究開発

図1 経産省・NEDOプロジェクトで早大、ルネサス、日立で開発8コア集積マルチコア

 マルチコアでは、消費電力を抑えるために、プロセッサコアは電力消費の少ない低い速度(動作周波数)で動作させるが、複数のプロセッサを同時に並列動作させることにより高速化を達成しようとしている。消費電力は、動作周波数に比例、動作電圧の自乗で大きくなるため、マルチコアでは周波数を低く抑えることにより、その動作を実現するために必要な電圧を下げ、電力を削減している。しかし、複数のプロセッサを同時に動作させるプログラムを作ることは難しい。例えば、8人の人で1つの仕事を分担して1/8の時間で終わらせるためには、1つの仕事を8つの全く別々でかつ同じ大きさの仕事に分けて、全員が休むことなく常に全力でその仕事を行わなければならない。しかし、通常の仕事を小さく分けると、一人でしかできない部分とか、他の人が行った仕事の結果を使わなくてはできない部分が生じてしまう。このようなことを考えながら、仕事を分割し、各人にその分割した仕事をお願いし、最短時間で終了することは容易ではない。

図2 音楽圧縮プログラムを自動的に分割・割当し4プロセッサで3.6倍、8プロセッサで5.8倍の速度向上に成功

 本研究室ではこのような仕事(コンピュータのプログラム)の分割、プロセッサへの割当てを自動的に行えるソフトウェア(並列化コンパイラ)の研究・開発に20年以上取り組んできた。そして、2005年から3年間の期間で行った経済産業省/NEDOの国家プロジェクト(“リアルタイム情報家電用マルチコア“プロジェクト)にて、このコンパイラ技術をうまく使えるようなマルチコアハードウェア(マルチコアチップ)を設計することによって、科学技術の計算や、デジタルテレビやワンセグで動画を表示する計算、携帯音楽プレーヤで必要な音楽の圧縮(音質を保ちながらデータを小さくする技術)の計算を自動的に分割し、プロセッサに割当て、最小の処理時間で計算することができる並列化コンパイラ技術を開発することに成功した。図2は音楽圧縮のプログラムを自動的に分割し、8つまでのプロセッサに割り当てて計算した場合の処理性能を示しており、4プロセッサで1プロセッサの場合より3.6倍、8プロセッサで5.8倍の高速化が達成できている。

図3 プロジェクト主要メンバー

 また、この並列化コンパイラは、開発したマルチコアチップのみではなく、市販されているサーバ(高価格の高速コンピュータ)やマルチコア・パーソナルコンピュータ上でも、プロセッサへのプログラムの並列化(分割・割当て)が可能で、インテル社の4コア集積のマルチコア(クアッドコアXeon)や、IBM社の2コア集積のマルチコア(Power5+)を接続した8プロセッササーバ(p550Q)上で、世界標準のコンピュータ性能評価用プログラム(SPEC CFP95及び2000)に対して、両社から販売されている並列化コンパイラを用いた場合よりも平均2倍以上の高速化を達成できるという、世界最高の処理性能を実現している。

 このマルチコアチップと、各社のマルチコア用の並列プログラムを自動的に作る並列化コンパイラの研究・開発は、本学白井克彦総長の支援の下、中核的な仕事をしてくれた本学科木村啓二准教授と笠原・木村研の助手・博士、修士、学部4年生を含めた学生と共に、チップと基板を実際に開発した日立とルネサステクノロジの皆さん(図3は2008年7月4日にLSIオブザイヤーで準グランプリを受賞した時の主要メンバの皆さんとの写真)と、標準的なアーキテクチャ(構成法)と各社のマルチコアで動くための方式(API:アプリケーション・プログラム・インターフェイス)を議論して戴いた富士通、東芝、松下、NECの皆様との密接な協力により達成できたものである。

クールアースはクール・マルチコアチップから

 今回のプロジェクトでは、処理性能だけでなく、電力の大幅低減も目指した。たとえば携帯電話の中のプロセッサを冷やすためにファンを付けたのではうるさくて話せなくなってしまう。このため今回のチップでは自然に空気で冷える3W以下の消費電力でのマルチコアの開発を目指した。このようなクール(熱くない)マルチコアチップは、スーパーコンピュータの電力消費が数年後の数千万W、10年後には数億Wにも達してしまい、危惧されていている1台のスーパーコンピュータに1つの発電所が必要になってしまうような状況を避けるためにも重要となる。

 このため、並列化コンパイラは、各プロセッサに仕事を割り当てた後、あまり仕事の無いプロセッサは、そのプロセッサの電源を瞬時に遮断して止めたり、動作速度(周波数)を1/2、1/4、1/8に遅くする、あるいはゼロにして休憩させる、さらに電圧も1.4V, 1.2V, 1.0Vと制御できるようにした。

 これにより、並列化コンパイラによるマルチコアの電力制御に世界で初めて成功し、図4に示すようなデジタルテレビやワンセグで必要となる動画像を表示する計算を8プロセッサで行う際の電力を、5.7Wから1.5Wと74%も削減したり、音楽圧縮のプログラムの消費電力を5.7Wから0.7Wに88%も削減することに成功した。

 熱い(電力消費の大きい)チップを冷やすためには、空冷や水冷のために電力をさらに消費してしまうため、今回のようなクールチップは、2008年4月10日の総合科学技術会議でも紹介されたように、現在日本が目指しているクールアース(地球)の実現のためにも貢献できると考えている。

図4 8コアのマルチコア上で動画像表示計算の電力を74%削減

 さらに、今回開発したマルチコアチップは低電力で動作可能なため、図5に示すように、開発チップをソーラーパネル(太陽電池)で動かすこともできるようになった。

図5 太陽電池で動くコンピュータ

 将来的には、このマルチコアの進化形を用いて、太陽電池で充電して動く高機能携帯電話や、より安全で快適な省エネ走行のできる自動車、静かで小さいデスクトップ・スーパーコンピュータ、太陽光で動く食料生産ロボット等々を作ることができればと考えている。

笠原 博徳(かさはら・ひろのり)/早稲田大学理工学術院基幹理工学部情報理工学科教授

URL:http://www.kasahara.cs.waseda.ac.jp/
笠原のページはhttp://www.kasahara.cs.waseda.ac.jp/kasahara.ja.html

【略歴】

1976年早稲田大学高等学院、80年同大学理工学部電気工学科、85年同大学院博士課程了(工学博士)。86年 早稲田大学理工学部専任講師、 97年教授、現在情報理工学科教授、アドバンストチップマルチプロセッサ特別研究所所長。85年カリフォルニア大学バークレー、89―90年イリノイ大学スーパーコンピューティング研究開発センター客員研究員。主な著書“並列処理技術”。87年国際自動制御連盟若手著者賞、97年情報処理学会坂井記念特別研究賞、05年半導体理工学研究センター産学共同研究賞、08年LSIオブザイヤー準グランプリ受賞。経済産業省・NEDO“並列化コンパイラ”、”情報家電用マルチコア“等の国家プロジェクトリーダ、グリーンIT技術評価委員、コンピュータ戦略WG委員長、内閣府総合科学技術会議情報通信PT 研究開発基盤・ソフトウェア・セキュリティ領域委員、文部科学省地球シミュレータ中間評価委員会委員、情報処理学会アーキテクチャ研究会委員長、IEEE(国際電気電子学会)コンピュータソサイエティ日本委員長、ACM(国際コンピュータ学会)スーパーコンピュータ国際会議副プログラム委員長等国内外学会、省庁等200以上の委員歴任。査読つき論文166件、招待講演75件、その他学会論文発表294件等。