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熊野 宏昭(くまの・ひろあき)早稲田大学人間科学学術院教授、早稲田大学応用脳科学研究所所長 略歴はこちらから

「心の省エネ」を実現し、「個の力」を高める
“マインドフルネス”療法とは?

熊野 宏昭/早稲田大学人間科学学術院教授、早稲田大学応用脳科学研究所所長

 マインドフルネスとは、2600年も前にブッダが提唱した、悩みや苦しみから自由になるための心の持ち方を指しているが、近年、行動医学や臨床心理学の分野で広く注目されるようになり、様々な介入法の中でも活用されてきている。そのように説明すると、「きっとストレスを解消するリラクセーションのような状態ではないか」と思われる読者もいると思うが、図1に示すように、実はそうではなく、「心ここにあらずの状態」の対極として「目覚めの状態」と表現した方がしっくりくる。

図1:マインドフルネスとは

 それでは、心ここにあらずの状態とはどんな状態か。例えば、今日、通学や通勤のために最寄の駅から電車に乗ったり自動車を運転した方も多いと思うが、その途中のことを覚えているだろうか。どの道を通ったか? その途中で見た風景はどんなだったか? どんな天気だったか? 風の動きは? 自分の身体の感覚は? などなど正確に思い出せる人はほとんどいないだろう。つまり、われわれは、いつも何かを考えており、「そちらの世界」に行ってしまって、「今、ここ」との接触を失っていることが多いのである。

 ところで、それの何がまずいのか。「通学や通勤に使う時間は無駄の最たるものなので、他のことを考えて何が悪い」という声も聞こえて来そうである。しかし、誰かと話している際に、ボーっとしているように思えたら、「おい」と声をかけて、「今、ここ」に戻って来てもらわないだろうか。あるいは、気持ちいい天気の中ハイキングに出かけたけれど、歩きながら仕事のことばかり考えているとしたら、あなたはどこにいるのだろうか。そもそもわれわれが現実の中で生きているのは、「今、ここ」しかないはずなのに、そこがお留守になって記憶も残らないとしたら、生きていると言えるのだろうか。

 上記の例で、「おい」と声をかけられて「われに返った」際の心の状態をマインドフルネスと呼ぶのであるが、われわれの日常生活を眺めてみると、実は、むしろ「今、ここ」にいないことの方がデフォルトと言ってよい。なぜそうなのかが、言葉の働きに関する基礎研究によって明らかになってきている。われわれが言葉で何かを聞いたり、読んだりした時、あるいは自分一人で考えた時でも、その内容が心の中に浮かんでくる。例えば、「レモン」という言葉を読むと、読者の心の中には、黄色い、つやつやした、丸くて一部とがった「レモン」が浮かぶだろう(図2)。これを「言葉と対象の双方向性」と呼ぶのだが、つまり言葉には「バーチャルな現実」を作り出す力があるのである。

図2:言葉が作り出す『バーチャルな現実』

 つまり、あることないこと考えると、それがバーチャルな現実として、われわれを取り囲んでしまい、われわれはその「バーチャルな風船」から外に出れなくなってしまう。そして、現実を理解しようとする際にも、その風船の中心から外を眺めているので、どこまでが思考の世界でどこからが現実かを区別することはとても難しく、そうなると、例えば気分が落ちている時に、「私には何の取りえもないな」「だって、何やってもうまくいかないし」「誰も話しかけてもくれないし」などと考えると、そういった自分が見えてしまい、さらに気分が沈んだり必要な行動が取れなくなってしまう。それでもレモンはどこにもなく、「あることないこと」の少なくとも「ないこと」は現実ではない。

 それではどうすれば、このバーチャルな現実から抜け出し、「今、ここ」のリアルな現実と触れ合えるのだろうか。言葉を使うわれわれにとって、「今、ここ」にいないことがデフォルトであるとしても、ハッと気づいてわれに返る瞬間は誰にでもあるし、リアルな現実と触れ合っていると感じる瞬間もあるだろう。もしそういった「瞬間」が誰にでもあるとしたら、それを練習することによって増やし、自由に選択できる心の状態にできるというのが、マインドフルネスを実践する基本的な立場である。これまで説明してきたことから、そのためには、言葉や思考の働きを相対化し、そこから離れる術を持つことが鍵になることを理解してもらえるだろう。

 そのためには、まずは思考と現実の区別に目を向けてもらうことが役に立つ。例えば、上記の例であれば、気が重くなってきた際に、「私には何の取りえもないな、と考えた」「だって、何やってもうまくいかないし、と考えた」といった具合に、自分に向かってしばらくつぶやいてみる。これを3分もやれば、とりあえずは「思考の泥沼」から抜け出せるだろう。次に、考えを途中で切り上げて、今この瞬間に注意を向けなおす練習も役に立つ。例えば、掃除をしている時に、心配事ばかり考えてしまうとしたら、意識的に考えることを切り上げて、掃除機を持っている手の感覚や掃除機の操作に注意を向けなおすようにしてみる。ただ、ここでは、最初から無理矢理考えないようにするのではないということにも留意する必要がある。例えば、不安になることは考えないぞと思うと、一時的にはうまくいったように思えても、後で倍返しになって、ますます気になってしまうだろう。

 そこで3つ目に、「注意の分割」の訓練をお勧めしたい。われわれが何か考えたり、行動したりするためには心のキャパシティが必要なので、予めそのキャパシティを使っておくことで、思考が浮かびにくい心の状態を実現していく。具体的には、5~6個の生活音を用意しておいて、その全ての音を同時にはっきりと聞き取る練習になるが、NHK「きょうの健康」に私が出演した回(2014年5月12日~14日)のホームページなどに、より詳しい解説と音源がある。この方法は、余分な思考を浮かびにくくするのと同時に、目の前の現実を幅広くありのままに感じ取ることも可能にするもので、「目の高さを高くして」偏りなく現実を把握する力を高める方法とも、聖徳太子が10人の話を同時に聞いたという心の状態を目指す方法とも言えるだろう。

 結局、マインドフルネスの実践は何をもたらすのか。一つには、考えなくてもよいことをグルグルと考えて、自作自演で不安になったり落ち込んだり、周りの人を巻き込んだり、そして途方もない時間と労力を使っている毎日から抜け出して、「心の省エネ」が実現できる。そして、可能な限り幅広く客観的な視野を得ることによって、この激動の時代に、現実とその中で生きる自分を見失わないでいる「個の力」を高めていけるだろう。

熊野 宏昭(くまの・ひろあき)/早稲田大学人間科学学術院教授、早稲田大学応用脳科学研究所所長

【略歴】
1985年、東京大学医学部卒。
1995年、東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野 助手。
2000年、東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学 助教授・准教授。
2009年、早稲田大学人間科学学術院 教授、早稲田大学応用脳科学研究所 所長を兼任。

主な著書:新世代の認知行動療法/日本評論社、マインドフルネスそしてACTへ/星和書店、ストレスに負けない生活/ちくま新書、ほか。

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