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西岡 佑一郎/早稲田大学高等研究所助教  略歴はこちらから

種とは何か—哺乳類化石から種分化過程を追跡する—

西岡 佑一郎/早稲田大学高等研究所助教

種とは

 私たちヒトには、ホモ・サピエンス(Homo sapiens)という種名がつけられています。地球上の全ての生物がこのような学名(ラテン語)で呼ばれていますが、これは18世紀にカール・フォン・リンネ(Carl von Linné)が提唱した二名法という生物の分類体系に基づいています。種とは、この分類体系における一つの単位で、見た目や遺伝子が異なる、繁殖できない等の“差”をもとに識別されてきました。

種はどうして分かれるのか

 種が分かれる現象を種分化と言います。例えば、ある地域に生息している生物群集の一部が地理的に隔離されて、両地域の群集間に遺伝的な変異や形態的な違いが生じれば、異なる種が出現したことになります。種分化には様々なケースがありますが、生物多様性のホットスポットとされている東南アジアを舞台に、過去の環境変化にともなって哺乳類が種分化したことがわかってきました。

ミャンマーでの発掘調査

図1:ミャンマー中部の化石産地。化石がどこに落ちているかわからないので、草をかきわけながら探す。

 ミャンマーの哺乳類化石は、京都大学霊長類研究所とミャンマーの研究者を主体とした共同調査隊によって発掘調査が進められてきました。私は2009年から調査隊に加わり、主にイラワジ層という新第三紀の地層を対象に約1000~300万年前の哺乳類化石を採取して観察を進めてきましたが、当時の哺乳類がどのように進化してきたのか、8年経った今ようやく鍵をつかめたところです。

 ミャンマーからは非常にたくさんの哺乳類化石が見つかりますが、その発掘スタイルは一箇所に留まって掘り進める(遺跡発掘のような)調査ではなく、荒野をひたすら歩き回って、表面に顔を出している化石をピックアップする方法が中心となります(図1)。荒野と言っても、地表には枯れ草や土砂が積もっている所が多く、30℃を超える炎天下で小さな哺乳類の化石を探し出す作業は想像するよりもずっと過酷な調査となります。

ついに発見!東南アジア固有のネズミ類の化石

図2:表面採取で発見したネズミ類(2015年に新種として報告したMaxomys pliosurifer)の下顎骨化石。

 近年、グウェビンという村の近くの化石産地(約400~300万年前)から齧歯類(ネズミ類)の化石が大量に見つかりました。ネズミのようなマイクロサイズの化石を地表で見つけるためには、何もない砂山に座り込んで、じっと地面とにらめっこする他ありません。ミャンマーに何週間もいると、調査の疲れと胃に負担がかかる油っこい食事により体調を崩し、こんな時は日陰でお腹を抱えながら座りこんで“化石を探すフリ”をします。すると、そんな日に限って、ネズミやサルのような小さい化石が見つかり大発見に至ります(図2)。小さな化石は一箇所に密集していることが多く、これまでグウェビンから数百点ものネズミの化石を発掘することができました。

 ミャンマーのイラワジ層から発見された化石群集の中には、ヤマアラシ属(Hystrix)とスンダトゲネズミ属(Maxomys)の新種が含まれていました。また、ネズミ類はほぼ全て東南アジア大陸部に固有の種類であったことから、現在この地域に生息しているネズミ類の祖先グループは、少なくとも約400~300万年前までには出現していたと考えられます。従来、ミャンマーの哺乳類は南アジア(インド・パキスタン地域)から移入してきたと考えられていましたが、発見されたネズミ類の化石は、ミャンマーと南アジアの間に地理的なバリアー(標高の高い山脈など)が存在したことを示す証拠となります。

隔離されたのはネズミだけではない

図3:大量のウシ化石(角や手足の骨)を現地で観察しているところ。

 ミャンマーから見つかっているウシ科化石の分析を進めたところ、興味深いことがわかりました(図3)。後期中新世の前半(約1000~800万年前)、後期中新世末から鮮新世前半(約600~400万年前)、鮮新世後半(約400~300万年前)の3つの異なる年代の化石群集を対象にウシ科化石を分類した結果、約800万年前までは南アジアとミャンマーの種が完全に共通していたものの、600万年前にミャンマー固有の種が出現したことがわかりました。これらの種は400万年前頃まで共存していたようで、その後南アジアと共通していた種は絶滅し、ミャンマー固有の種だけになります。このように各時代の種構成の変化を追跡する事で、鮮新世の間に南アジアとミャンマーの哺乳類相(ネズミのような小型哺乳類だけではなく、大型哺乳類も含めた群集)を分断する重大なイベントが存在したことが明らかになりました。ミャンマー西部には、国境でもあるアラカン山脈や大型の河川が縦断していますが、こうした地理的なバリアーの形成が種分化をもたらした一因なのかもしれません(図4)。

図4:東南アジア大陸部の哺乳類の種分化と地理変化の関係。星印は主な化石産地。

次なる挑戦

 現在は、調査地域を隣国タイにも拡大して、同年代の哺乳類化石の発掘と分析を進めています。タイの化石哺乳類相はミャンマーのものとよく似ており、これらの地域間には動物相を分けるバリアーが存在しなかったことを示しています。タイの古哺乳動物学の研究はまだ始まったばかりですが、新しい化石を見つけるためには、共同研究者を含めた現地の人とのコミュニケーションや信頼関係の構築が必要不可欠です。化石が見つかる、見つからないに関わらず、今後もタイに通い哺乳類の化石探しを続けていきたいと願っています。

西岡 佑一郎(にしおか・ゆういちろう)/早稲田大学高等研究所助教

2008年名古屋大学理学部地球惑星科学科卒業、2013年京都大学大学院理学研究科生物科学専攻修了、博士(理学)取得。京都大学霊長類研究所研究員、大阪大学総合学術博物館研究員を経て、2016年から現職。専門は古脊椎動物学。著書:『日本のネズミ:多様性と進化(東京大学出版会)』(分担執筆)。